番外編:タヌキ、畑を耕し種を撒く
こちらは狸の暗躍パートです。
「お前、政治はできるか?」
ベッドに横たわる彼、シリル・ガーネット・アンカーソンの布団の上にのっかった小動物が、無造作に問いかけた。
だがその無害そうな姿が見せかけだけの魔獣であると、彼は知っている。
心して答えなければ、亜竜のように食い散らかされてしまうだろうことも。
だって、攻め込んできた『勇者』を撃退したその現場に、彼はいたのだ。
『魔王』の侍従として。
それがどうして、こんなところ……盾としてすら役立たずの人間の所に。
「なぁ、お前、中央貴族筆頭の家の出だって聞いたぞ。政治できるか?」
「わかりません。……私は、養子なんです。魔王様の御世話をするようにと、」
十年の務めが終わったなら、ガーネット家の再興を後押ししよう。
それが彼に与えられた約束だった。
中央十貴族において下位のガーネット家は、五年前に幼い彼を残してすべて死に絶えたゆえに、再興は彼にとっては念願だったといえる。
だが、つい先ごろの勇者の襲撃が、それが口先だけのものと彼に教えた。
魔王の側近として、あの場にいた彼は、そこで死にかけた。
もし目の前の魔獣が現れることがなければ、魔王とともに彼も死んでいた。
魔王の傍で仕えるということは、そういうものだと、義父は彼に教えなかった。
……そういうことがあったのだと、彼は魔獣に伝えた。
隠し立てしていても何もならないだろうと思ったこともある。
だが、
「よし、お前、政治できるようになれ」
「は?」
所詮は……と苦々しさを噛みしめて説明した彼に、魔獣は唐突に言い放った。
「政治がデキる奴が必要だ。お前、侍従より宰相になれ」
「え?」
小さな魔獣が何を言い出したのか、彼にはまるきりわからない。
話題が飛び過ぎている。
「宰相、は、義父が。義父が退いても、義兄がなります。そういう……」
「違う違う。お前が、今の魔王の宰相に『成る』んだ」
「……」
「お前が死んでもいいと思って、魔王の傍に送り込んだ義理の親父と、お前を必死で庇ってた魔王。どっちがいい?」
蝋燭の明かりに照らされて、くるくると黒い目が、彼を見つめる。
獣の目なんて、覗き込むもんじゃない。そこには、底なんて無い。
「なり、ます。私は、当代の魔王様の宰相に、なります」
催眠術でもかけられたかのような、うわ言じみた返事に、シリル自身が驚いた。
「よく言った! んじゃあ、政治のセンセイを探さないとな! んで、政治を学べるように配置を転換して時間を作るぞ! 俺と魔王はしばらく外で大暴れしてくるから、その間に心当たりを探してくれ。魔王についていかないのは、怪我の療養を俺に言いつけられて役を解かれたからってことにすりゃあいい」
しかし、大喜びする魔獣の様子を見ていると……この選択は正しいのだと、シリルは思った。
思ってしまった。