城内に蠢く 4
ヒトの体も水抜きでは三日もはもたない。
いくら訓練を積もうとも、多少それが伸びるだけで、克服などできるはずがない。
もしこれが遠征などであれば「彼ら」も水をもっていたはずだったが、城内の仕事であれば檻を見て飲み食いはできる。
なにより身軽にあるために、「彼ら」はこと城内においては最低限の装備しか持っていなかった。
何が災いするかわからないといったって、こんな災い、予想する方が無理というものだ。
わずかに携えていた、乾きをおさえるための品も、身体ごと包まれているうちにスライムの湿気でびったびたにされた……そんなもの、口にしようと思えるだろうか。
乾きが収まった、と思った瞬間身体が溶けているなんて、無いとはいえない。
兵舎の地下室に閉じ込められた二人の密偵は、消耗を防ぐためにじっと動かず、なにもしゃべらずにいることしかできなかった。
二晩が過ぎた朝、片方……仲間内では六番と呼ばれている、灯りを塞いで囚われた男がリザードマンの兵二人に連れ出された。
残る十八番と呼ばれる女は、六番が小さな班の班長ゆえに出されたのだろうと思った。
下っ端よりも、その上のものが情報を持っているのは当然の事。
いくらかして戻ってきた六番に、水に飢えた様子は見られなかったため、十八番は「売ったな」と思った。
そして自分が連れ出されるときには、いらなくなったから殺されるのだと。
ところが「彼女」は水と、僅かではあるが食事を与えられた。
もちろん監視下ではあったが、水で顔や手足を洗うこともゆるされた。
だというのに、何も訊かれることはなかった。話しかけられることすら。
着替えはなかったは、食事と水を与えられた上、しばしまどろむことさえできたのだから上等だ。
眠りからさめたころ、また地下室へと戻され、顔を合わせた六番の表情に、十八番は悟る。
この男は、私がしゃべったと思っている……。
だがそれならば、六番だってそうだろう。
むしろ六番がしゃべったからこそ、私はなにもされなかった……。
十八番のその考えは、またしてもスライムに包まれ、よりによって捕らわれた天井裏で解放されたときに強固になり、そして……
「しゃべったな、お前たち」
スライムがきえたあと、現れた同輩たちによって運ばれた先、ラヴラス夫人の前で「彼女」自身にも襲い掛かってきた。
冷ややかな同輩たちの目。
怒りに満ちたラヴラス夫人の目は、六番十八番の区別なく向けられている。
何の怪我もなく、ただ連れていかれ、解放された。
そんなことがあるものかと、その目たちが語る。
「わ、私はなにも!」
「私もです!」
焦り、しかしその焦りが疑惑を深めてしまうのをわかっていながらも、落ち着くことはできない。
同輩たちであればまだ、弁明を聞いてもらえる望みはあるが、雇い主であるラヴラス夫人は決して「彼ら」を信じてはくれないだろう……と、二人は絶望した。
二人とまとめてはいるが、二人ともが互いを疑っているのだから、正味の所は一人ずつだ。
六番と十八番は、それぞれで孤立した。
そしてそれは六番と十八番に留まるものではなかった。
「彼ら」が戻った日の、人手の薄さを突くようにして、四番と二十五番が攫われた。
同じようにスライムに呑まれた「彼ら」を、やはり誰も取り戻せなかった。
三日後、同じように戻された四番と二十五番は、正気を失ったかのように怯え切っており、「何も知りません」を繰り返すばかり。
その点で、また六番と十八番の疑いが深まり、しかし四番と二十五番が信じられたかといえば、傷一つないことでまた信じられることはなく……。
そしてまた捕らわれる者が出て、三日。
「何もしゃべっていません! 何も教えていません!」
嘆きの叫びは誰にも届かない。
二十三番の番号を与えられた男の周囲は、無人でもなければ、牢に閉じ込められているわけでもない。
むしろ一族に囲まれている。
解放された者たちは一様に沈黙を守ったことを主張するが、決して信じてはならないとラヴラス夫人からのお達しだ……。
上位の六番が最初にとらわれたのは、「彼ら」にとってはかなりの痛手だった。
六番がしゃべっていたなら、他が沈黙を守っても「彼ら」の知っていることは露見している。
そして六番の沈黙の主張は、信用できない……。
◇◇◇
「疑いを持つものは、何があっても疑うのですよ。元々信用の無い相手ならなおさらに」
難儀な性質ではありましょうが、それあってこそ成り立つ役目というものもありますからね……。
次にまた捕らえた二人の密偵を部屋に入れるとき、一緒に綿毛を吹きこんでウツギはそう笑った。
さすがにウツギの綿毛は優秀で、魔力探知以外にも、盗聴などできるようになっている。
もっとも、今回は相手方が警戒して黙り込んでいるせいか、今のところ情報らしいものは拾えていない。
だが、これの本命の役割は、魔力探知によって対象の体調を知ること。
これで「渇きに殺されないよう」見張ることができる。
逆にいえばギリギリのラインを攻めることもできる。
拷問はしないといいながらも、放置による拷問をしている。
それでいて、聞きだすことは何もないのだから……。
「実質、どう転んでも成功ってやつじゃないか、これ」
白湯を飲みながらレオンシオが呟いた。
ここは兵舎一階。ウツギの執務室。
ふふ、と小さく笑って、ウツギは口に指をやって、声を出さないように「しー」と。
これらには、帳簿方面から上位五貴族の目をそらさせる目的もあった。
ラヴラス夫人の諜報は、いわば上位五貴族の目と耳。
そこに異常が生じるなら、影響は全体におよぶだろうことを彼らはよくよくわかっていた。
こちらの動きがとらえきれなくなるのだから、そちらに注意が行く。
その上で、彼らがその耳目にばかり頼らなくなるだろうことも織り込み済み。
ラヴラス家がつかっている者たちより精度も練度も落ちるだろうが、耳目を務める者は用意できるだろう。
だが、他家のプライドを踏みにじる行いに、表立って走る家はないだろう、とも。
そういう風にする、と我らの魔獣様がいうのだ、とウツギは再び沈黙を促す仕草をした。
密偵たちは完全に行き詰っているといっていいだろう。
密偵同士で信じたとしても、ラヴラス夫人は信じない。
情報を手繰る彼女は、ひどく疑り深いので。
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