城内に蠢く 3
大きな体内に二人の密偵を閉じ込めて、タヌキは『魔王』の私室に戻ってきた。
呼吸できるように鼻から上だけを覆わずにいるスライム……もし色がついていて、はっきりと視認することができたら、逆にこのシュールな光景が恐怖の光景になるかもしれない。
これを捕まえるための、囮のぬいぐるみだったかと『魔王』は得心する。
それなら、逆にぬいぐるみであることを問われるのは避けなければ。
「ネズミを捕まえたぞ。これからこいつらを兵舎に入れに行くから、付いてきてくれ」
思えば、スライムに変身したタヌキがするすると、ベッドの柱やら物陰やらを伝って天井裏へと消えて行ったのを見送ったのが早朝の事。
そのまま『魔王』は何事も無かったかのように置きだして身支度を整え、ぬいぐるみを抱いて仕事に向かったのだが、予告通り夕飯前よりずいぶん早く、こうしてタヌキは戻ってきた。
「檻に入れても良かったんだけど、舌噛みそうだしさ、そーゆーことできないようにした」
腹ん中でスプラッタはカンベン。
タヌキのつかう単語は相変わらずわかりにくいのだが、文脈からして血まみれということであるようだった。
「では、兵舎まで参りましょう。……見せるのも、目的ですね?」
「おう。シチューヒキマワシノウエ、ってやつだ」
また知らない言葉が出てきたが、『魔王』はかまわず私室のドアを開いた。
たぷん、たぷんとスライムが揺れて、しかし中の人影が少しも揺れないことに、これは中で固めているなと『魔王』は気づいた。
なるほど、檻の中に入れただけよりも中身を保てる。
姿勢を固定するばかりではなく、自害を防げるレベルで動きを止めているのだろう。
よくよく見れば口も大きく開けさせられている。
鼻から下だけを覆うのは、そこだけなら出していても静かにさせていられるからだ。
そういった視点で見れば、スライムの檻は実に理に適っている造りだろう。
ただしこれは取りこんだものをどう扱うか、考えられるスライムでなければどうしようもないのだが。
そんなものを従えて歩いていく『魔王』を見る人々の目が丸くならないはずがない。
実際には『魔王』の私室から兵舎まで、それほど距離は無い……はずなのだが、次々にやってくる兵たちの目がどうにも気になって、『魔王』はずいぶんと長く感じた。
……もっとも、それは運ばれている二人が感じている長さに比べれば短いものだろうが。
◇◇◇
密偵たちを兵舎地下の隠し部屋にほいほいと放り込み、出入り口の例の壁を塞いでからタヌキは元の姿に戻った。
中に入れられていた者たちは、拘束からまだ体が固まっているのか、それとも恐怖に委縮しているのか、床に転がされてもまだスライムの中での姿勢でいた。
「よし!」
フンス、と息をついたタヌキにようやくその場にいた者たちは緊張を解いた。
兵舎の住人たち、とくに地階に住むスクァーマたち、そして他の住人の代表であるウツギたち四人がそこにいた。
タヌキの行動だけ見ているとわけがわからないのだが、全体で見れば「身近に隠れていた、どの勢力の者とも知れない密偵を捕らえた」ということである。
それを城内に見せつけつつここまで来たということは、その二人を寄越した派遣元への圧に他ならない。
「タヌキ様、あれらをどうなさいますか?」
口火を切ったのは『魔王』だった、
魔法陣のあった隠し部屋は広く、空気穴もあるらしいから息が詰まることも無いだろう。
元々は『勇者』役たちが転移してきたあと、期を見て出てくるまで潜む部屋であったからかもしれない。
「とりあえずは何もしねぇ。閉じ込めとくだけ」
「何も……? 尋問は?」
いっそ呑気な答えに、『魔王』より先にレオンシオが前のめりに問い直し、ウツギに止められる。
「あの手の奴らの口が堅いってのは知ってるだろ? 拷問とかめんどくせえしなぁ」
ひくひくとタヌキは鼻をうごめかした。
ああいうのって専門家じゃねぇと上手くできないって話じゃねぇか、とも。
その言い草に苦笑する者はいても、否定する者はいなかった。
実際、拷問は作業として見れば面倒くさい。
やみくもに痛めつけるでなく、殺してはいけないし、しゃべれないようにしてもいけない、壊しすぎてもいけない。
それでいて向こうがしゃべったことが、こちらの聞きたいことに合せたものかを見抜かなければならない。
助かりたいがために……なんてことを考えれば、疑いにきりがない。
一応、四辺境伯ほどであればやり方を知らないわけではないのだが……たしかにまぁ、手間はかかる。
それを踏まえるなら、タヌキの子どものような言い分もわからなくはないもの、だった。
「あんなん、頭のいい奴じゃないと無理」とタヌキがいうのは、タヌキという動物から見れば当然の話ではあるのだ。
「だから放っておく?」
「おう。だからほっとく。あ、取り返しにきても返さないけどな」
たしかにタヌキの言うようにすれば、面倒は無いだろう。
だが現状唯一の新たな情報源であることは否めない……というところでコアがうなずいた。
「なるほど、毒を仕込むのですな」
「おう。じーわじーわの遅効性だ」
それが本物の毒の話ではない、と周囲の者たちは気づいた。
「仕込みはしなきゃならねぇから、ちょっと弱ったとこで一人取り出すつもりだ」
味方をわざと敵方に投降させて、馴染んだところで内部から……という計略がある。
物語などでも有名な計略だが、タヌキのいうところの「毒」に実体はない。
毒の名前は、不信感。
だから捕らえる密偵は二人必要だったし、三人もはいらなかった。
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