近景:暗殺計画 2
上位五貴族の決定は『獣の暗殺』。
いかに強大な獣とはいえ、生きているのだから食べもし、眠りもしている。
そのひとつひとつが獣の命を奪うチャンスになるはずだった。
その点において、ラヴラス家はぬかりなく、獣についての情報を集めていた。
何を食べ、どこの部屋でどんな風に眠り、単独行動するようなタイミングがいつかということまで。
獣は『魔王』にべったりで、食事をいっしょに摂り、同じベッドにもぐりこむ。
たまに『魔王』の寝床から離れたかと思うと、侍従のシリルの部屋へ夜に訪れ、夜食を食べてなにやらしゃべっていたりもする。
その訪問の報告にエドマンドは盛大に眉をしかめたが、同時にこれを良いチャンスと見出したのは他の四人も同じだった。
夜食でもって毒殺することができれば、『魔王』は侍従の責を問い、仲違いをすることは目に見えている。
今のところ、侍従であるシリルが従者側を、『魔王』が四辺境伯側をまとめているように見えていた。
五年前、九回目の『封印行』で最後の家族を喪ったシリルを後見するとして、エドマンドは家に迎え入れた。
そのすぐ後の侍従選びに、わざわざガーネット家の者としてシリルを出したのは、その務めを果たせば実家の再興を約束したから……と、いうのはもちろん表向きの理由。
くじびきに参加する家の数を減らすわけにはいかなかった。
侍従に充てるには幼すぎるのではないか、と言わせなかったのは、シリル自身がやるといい、また当代の『魔王』がシリルと同じ年であったから。
シリルにとってはガーネット家、生家の再興のために必死なのだろうが、それが実らないことを知っているエドマンドには、あと五年もすれば領地が実質増えるというだけだ。
そのために養子にしたのだから。
そして幼いものは、傀儡とするのも容易い。
実際、つい先だっての『勇者』役の訪れまでは上手くいっていた。
そのまま死んでいれば、五年早くエドマンドのもくろみ通りになっていただろう。
それをあの獣は止めた。
その上で今の状態にしてしまった。
エドマンドが何を問題視しているかといって、あの獣が第一になるのはいたしかたないだろう。
逆にあの獣さえどうにかできたら、事は容易に運ぶ。
何もかも前の通り、上手く回る……。
今の『魔王』は、あのわけのわからない獣の威を借りているだけだ、と。
「毒入りの菓子を用意しよう。この城で作るものと材料を揃えれば、そうそう見破れまい」
そして夜食の菓子とすり替えることで、限られた者だけに食べさせる。
遅く効きだす毒ならば、シリルや他の者が毒見を請け負っても口にするだろうし、間を置くようならばシリルが死んだことを獣の責にできる。
事故や何かを装うことができれば、もっと楽に片づけられるのだが、城内でそれをやるには遅くなりすぎた。
今は人目が多すぎる。
手段の面倒さに、エドマンドはため息をつく。
人目が多いということは、証拠をつくるにも気を抜けないということだ。
それに、あの獣をどうやって外傷で殺すか、まったく見当もつかない。
どんなに間抜けな姿であろうと、四方の魔獣を容易く屠ってきた存在なのである。
「問題は、いつ実行するかだけど」
「早い方がいい!」
ユーニスの声にトバイアスが声を張り上げる。
「ああ、なんなら仕事中のあの連中のお菓子にも、入れちゃえばいいんじゃないかな? どうせ死にに来てて、遅かれ早かれ死ぬんだしさ!」
エドマンドたちが顔をしかめるのもかまわず、彼はつづけた。
ヒトは、取り繕うときには早口になってしまうものだ。
こと、自分の能力が足りないと自覚のあるときなど、てきめんに。
喚くのにも似た言い方に、他の者たちの呆れの色が濃くなっていくことにも、トバイアスは気が付けないでいる。
そういうところなのだ、他の四家がマーロー家のこの跡取りに呆れているのは。
何かあればすぐ揺らぐ小心者というのは、とにかくこの五家の立場には向かない。
小さくオリヴァーが息を吐いた。
ユーニスは鼻を鳴らし、ハリエットは扇をぴしゃんと閉じる。
そしてエドマンドは口元をわずかに緩めた。
……他者の無様さというものは、彼らにとっては一服の清涼剤か、たばこのようなものだ。
未熟か、それとも格下か、はたまたいざという時の生贄と見ているかくらいの違いはあるだろうが。
あの獣だの生意気な『魔王』だのにはまだ何もしてはいないというのに、トバイアス以外の四人はいくぶんか溜飲の下がる思いがした。
……もしかしたらマーロー家の現当主はこれに勘違いを起こして、これがかわいくて仕方ないと思っているのでは?などと考えてしまう程度には、気分がいい。
まぁ単純に、自分の子だからというくらいの理由でかわいがっているのだろう。
その、歪に和らいだ空気とは裏腹な自分への視線にはまったく気づいていないのだろう。
トバイアスは言いつのる。
「帳簿のあれこれが止まるし、止めないといけないし……」
「忙しいさなかなら、気付かずに食べてしまうかもしれないがねぇ」
オリヴァーが、その早口とは逆のゆったりとした調子で言った。
「この状況で五人全員を殺すのは、あまりにも考えが足りないねぇ」
「で、殺した後はどうするおつもりか、訊いても?」
「『封印行』の最中でもないのに『従者』が死ねば、その穴を誰が埋めるか忘れたの?」
最後のユーニスの言葉通り、もし『封印行』の最中でもないというのに従者役が死ねば、「くじびきで外れた者」がそこに入ることになる。
そう、ダイオプサイト家と、上位五貴族のうち四家だ。
自分たちがそれにならないとしても、家の者からはさぞ恨まれることだろう……。
「他の連中は放っておけばいい。とにかくあの獣だ」
その集中砲火に耐えるように身をすくませるトバイアスを宥めるように、エドマンドは声を駆ける。
エドマンドが夜食を使う事、ひいてはシリルを巻き添えにするのも計画に含めたのは、一人くらいならダイオプサイト家の誰かで済むから。
「決行が早いほうがいいというのには賛成だが、拙速がすぎれば破綻する。ひとまずは……そうだな、いつでもすり替えられるように準備をしよう」
焼き菓子でも傷む。
そして獣が夜間にシリルの部屋をおとずれるのは不定期だ。
ゆえに毎夜用意する……そのあたりが、上位五貴族、なのだろう。
読んでいただきありがとうございます。
ほんと上位五貴族、性格が悪いんですよ。