城への集結 5
兵力、戦力があるがゆえに、その危険さはわかる。
「そんじゃこれ、潰しちまおう。こーゆーのって、むちゃくちゃになったら動作しなくなるんだよな?」
その空気を変えるような一声とともに、タヌキは『魔王』の腕から飛び降りる。
もう一度、タコになるなりその吸盤は床の石材へとくっついた。
いっそ軽快に、いくつものブロックが床から抜かれる。
パズルをぐちゃぐちゃにするように、それらのブロックを入れ替えて床にはめていく。
たしかにこれは、タヌキ曰くのむちゃくちゃだ。
そこまではあっという間。
誰かが口を出すひまもなかった。
「よし!」
フスフスと鼻も無いのに鼻息荒くタヌキタコは宣言した。
「これで使えねぇはずだ。元に戻そうったって、こうすりゃなかなかできねぇよ」
破壊はしないのか、という声に、タヌキはそう答えた。
「ここは兵舎の下にあるしさ、むやみに壊したら変な風に連鎖して、上まで崩れちゃったりしたらやばいし」
俺、専門家じゃないしなーと、壊していないが壊した状態を作り上げてしまって、タヌキはそれで終わりとした。
たしかに正確な魔方陣を覚えている者がいたとして、こんなにされたら元に戻すことはかなり難しいだろう。
ぴったりと床にはめられた石を抜き出すことからしてまず難しい。
使い物にできるレベルに戻すなら、どれだけの人数がいることやら……。
◇◇◇
地下二階から地上階へと出ると、四辺境伯の兵たちにまざっている、衛兵の何人かの姿を『魔王』は見つけた。
「魔王様!」
大きく手を振る、キースをはじめとした下級兵たち。
順番に挙手をして主張するのは、実に行儀がいい。
曰く。
一階の突き当りの構造がおかしい。
厨の食料庫が、外見に比べて少し狭いような気がする。
三階に開かない扉がある。
地下室の入り口らしいところがあるのだが、階段が無い。
タヌキが階下の魔方陣をぐっちゃぐちゃにしている間に、そこを発見したくだりが兵たちに伝わったらしい。
おそらくは四辺境伯家の誰かが、通りがかった誰かしらに声をかけたのだろう。
そこからは伝言が次々とまわったのか。
「魔王様が城内のおかしなところをさがしている」。
どうやら伝言ゲーム状態にはならず、内容はそうそう変わらずに回り切ったようだ。
片っ端から、彼らが怪しいと思っている場所の情報が寄せられた。
もちろん、これらすべてが魔方陣に関わるものであるはずがない。
彼らは下級兵士であるのだから、行くことを禁じられた場所も当然有る。
だが『魔王』はそのひとつひとつにうなずいて、聞いていた。
気を利かせたウツギが書く物を取りに遣らせ、メモを取る。
城内だけでも怪しい箇所は十数か所にものぼった。
そのうち、魔法陣が隠されていそうなのは三か所ほどだろう、と『魔王』は見当をつけた。
地下室のありそうな行き止まり、倉庫の中にあるというおかしな窪み、あまりにも頑丈な扉が阻む開かずの部屋。
出はそれ以外は全部ハズレかといえば、そうでもない。
魔王の城は初代魔王のころからのもの。
改装を重ねているとはいえ、その頃の防衛思想にのっとったものだ。
入れない場所は、すなわち守るための場所でもある。
何か隠していてもおかしくはない。すべて調べても損はない。
その時、タヌキが『魔王』に抱き上げられたままでその腕を叩いた。
「なぁ、いるぞ。付いてきたみてぇだ」
「聞かれましたか?」
「たぁーぶんな。動くと思うぞ」
かすかなやりとりをすぐ近くで聞いていたウツギは、さりげなく兵たちに他にはないかと誘導し、話を自分の方へと向けさせる。
兵たちは気のいい者ばかりだが、その一方でもし今、近くに潜む物に気づけば早々討ってしまうだろうことを、ウツギは理解していた。
それでよいときも多い。だが今回は泳がせる。
正しいか正しくないかではなく、この場合に合うか合わないかだ。
彼のその行動に気づいたタヌキが、ほんの少し鼻先を下げるのに、当のウツギは小さく微笑みを帰した。
「んじゃま、手ぇつけやすいところから行くか?」
「手分けをしよう。それぞれどのような状態かを確かめるのも大事だ」
気づいたのはタヌキばかりではなく、レオンシオ、コアからも声が上がる。
もしかしたら、から、実際に魔方陣が見つかってしまったという『事実』は大きい。
城の兵たちが興奮状態になるのもいたしかたないことであるのだが、行き過ぎれば「魔王様の前に自分たちで確かめてみよう」と功名心や承認欲求がごちゃまぜになって先走りを産み、却ってものごとが進まなくなってしまう。
レオンシオが優先順を決め、コアがそこにいた者たちを何組かに分け、ひとまず「状態確認」という仕事を与えて先行させた。
「では参りましょう、陛下」
「こちらにはうちの者を見張りを付けておく。案ずるな」
ウツギとマカールに言われ、ふと、『魔王』は考える。
こっちでも自分は「よきにはからえ」をしているな、と。
それが許される。許されている……。
「ありがとう」
礼の一言に、彼らは静かに笑んで、会釈を返すばかりだった。
◇◇◇
城内の怪しいか所のうち、先に候補になっていた三か所以外にも何か所かは実際に内側に何かが隠されており、開かずの部屋のうち普通の扉のものは、単に上位五貴族がプライベートで使っていた部屋だった。
……これはさすがに調べられない。
メモをとり、ひとつずつ部屋の名前のリストを消していく。
怪しい場所を中まで調べるのは後回し。
兵舎を調べるのを急いだのは、こちらは兵の生死に直結するからであった。
西方クアドラド領での『勇者』たちの撃退はすでに相手の知るところ。
そんな状況をひっくり返すための最速手を相手が仕掛けてきたときの、万一があればという用心だけのつもりが、先取防衛になってしまったわけだが。
減っていくリスト。
それでも残る場所の名前に、『魔王』は気を引き締めた。
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