城への集結 4
『魔王』が告げた「お願いしたい事」、つまり転移の魔方陣を探すことに、四人ともがうなずいた。
「そういえば、雪熊の行動範囲は足を踏み入れないようにしていた。ひとつ、本腰を入れて探してみよう」
「たしかに、あの魚が現れてのち、あちこちの洞窟に立ち入れなくなっていたはずです」
「あそこ以外でか。そうだな、いくつか気になるところが残っている」
「木の根方はまだ手付かずになっているはずです」
口々に言う彼らは、すぐにでも所領と連絡を取ると約束してくれた。
「それから、兵舎の中で入れない部屋や、少し構造がおかしいようなところはありませんか?」
さて、この後は兵舎と城そのものも調べる必要がある。
兵舎に転移の魔方陣があれば、寝込みを襲われることだってある。
兵舎を建てさせたのは先代の仕事なのだが、なにしろ建築において上位五貴族の手が入らないわけがない。
人間と講和を結んだのは五貴族だが、その講和の条件とやらのなかに、公表されていないものがあったっておかしくない……そんな目を、『魔王』は彼らに向けていた。
なにしろ、『封印行』なんてものを認めた条件なのだから。
先代魔王の改革を阻んできたものも、今思えば……と。
そんな『魔王』の物思いは知らず、兵たちは頭を突き合わせて相談していた。
「あー、はい! 地階の奥が、部屋があるってわけじゃないんですが」
ああでもないこうでもない。
あれは開かなかった、いやあそこはドアじゃないだろ。
単なる空き部屋だし、倉庫にしようって言ってたじゃないか。
床に何も模様はなかったはずだし、違うだろう。
そんな口々のてんでの相談の末、一人のスケイルテイルが手を挙げた。
彼らエルア家のスクウァーマは地階……堀から水を導き入れた、地底湖を模したプールのような空間が割り当てられている。
なお、地下から上がる湿気は、一階に居を構えるヘルバたちが体表から取り入れてしまうので問題はない。
その彼らの一人が、構造がおかしいと訴えた。
地階は水を入れているとはいえ、全体が水没しているというわけではない。
地上階に上がる階段付近は床が上げられている、そのあたりがおかしいのだと。
「ああ、なるほどな。言われてみりゃぁそうかもしれねぇ」
そのスケイルテイルに先導され、ひとまず長たちのみで出向いた現場で、一目見てレオンシオが呟いた。
階段は移動の便もあり、兵舎内でも複数作られている。
だが該当の階段は地階から地上階に出るだけのもの。
館内においてももっとも中心部から外れた場にあって、利便性がかなり悪い。
当然、そんなところを使う者も少ない。
……つまり、環境的に人目が少なくなるような場所だった。
地階を使うのはスクウァーマだけ、という点でもさらに人目は少なくなるだろう。
そういう環境は、作れる。
自分たちの居室階であるというのにとコアが肩を落とした。
「気にすんなって、こんなん見つけられるお前の部下がすごいってだけだよ」
レオンシオがそれを慰めているのは、鍛錬を続けているうちにちょっとした連帯感が生まれたからであろう。
同時に、彼は「あんなものがあんな場所に」、蟲の巣に転移の魔方陣を仕込まれた経験がある。
そのためでもあるだろう。
その間にも、ウツギは蔦を触手としてその壁を探っていた。
表からはただの壁としか見えない。
なにしろ、こちら側からはしっかりと隠しておかねばならないのだから。
だがウツギの植物としての蔦は、表面をくまなくさぐり、叩いてたしかめる。
「空間がありますね。それと、少しではありますが隙間も見つけました」
指先が蔦を追ってなぞるのは、ぴったりとくっついているようにしか見えない壁の、角。
むむむ、とタヌキはひとつうなずいて、『魔王』の腕から降りた。
その途中で回転して、着地したときに現れたものに、小さな声があがる。
「おーし、たぶん向こうから押して開けるタイプだろうから、引っ張ってみるよ」
そういうタヌキの今の姿は、巨大な……人どころかレオンシオすら乗れそうなタコ。
そんなものが階段の前に陣取る(というよりみっしり詰まる)なり、足の吸盤をしっかりと壁にくっつける。
「そぉれ!」
きゅっぱ、と音を立てて貼り付けられた吸盤は、曳く力をダイレクトに壁に伝える。
二度、三度。
タヌキタコが足を動かして揺らすのを、そこにいた者たちは息を止めるようにして見守った。
五度では揺らがなかったが、七度目でごと、と音をさせ、十回も揺らせば蓋が剥がれたように壁が外れた。
接着をしっかりとしていたか、それとも構造でそうさせていたものか。
びき。ぼこ。がこ。
「おー」
ばらばらにしてしまった壁を放り捨てたタヌキタコが声をあげる。
「もう一階、地下があるぞ」
「灯りを持ってきましょう」
「待て、今出す」
ウツギの声に、マカールが魔法で灯りをともす。
さすがに夜目がきくとはいえ、一筋の光も無いだろう中に踏み込むのは無謀だ。
光球の形で浮かした灯りを先に漂うように進ませて、さらにウツギが蔦を伸ばし這わせて先をさぐりながら、階下へと降りていく。
階段を降りきった先には、上階ほど広くはないが、それでも十人ほどが待機しても狭さを感じない程度の空間があった。
座れそうな石もいくつかあり、『その時』が来るまで疲れずに待てるようにしてある、といえそうだ。
そして床には、浅い溝の形で魔方陣が彫り込まれ、出番を待っている。
「ウツギ、どうですか?」
「……はい、間違いありません。陛下、クアドラド領にあったものと、同じものです」
その声に同行していたものたちは息を呑んだ。
あるかもしれない、が、あった、はショックの度合いが違う。
しかもここは城内の土地なのだから。
読んでいただきありがとうございます。




