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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
3/147

大征伐、開始。

前回最後に入れるはずだったパートを入れ忘れてました…

 魔王とタヌキが出会ったことは、話が伝わるうちに、夕食の頃には魔王の元に魔獣が降臨した、という話になった。

城の中ですらそれなのだから、逃げ帰った『勇者』たちから外の国にはどんな風に伝わっていくものやら……。

それを聞いて、たしかにタヌキはにやりと笑った。


「よーしよしよし。いい感じの尾ひれがついたな。背びれもつけて、メガロドンだぞー!っていきたいとこだけど」

「めがろどん?」

「でっけぇ鮫だ」

「でっけぇさめ」


 正直『魔王』はこの救世主たるタヌキ様のいうことはよくわからない。


「うん、つまりはハッタリだ。たいしたことないって思われたら、すぐ次が来るかもしんねぇ。だけどヤバいのが出たって話だったら、対応考えるだろ? 時間稼ぎができる」


 でっけぇさめ、というものがたとえ話でどんな役割なのか、それはまったくわからないのだが、ハッタリが要る事と時間稼ぎが必要なことはわかる。

なんとなれば、『魔王』は、自分そのもの……先代だけではなく自分の代の十年もまた時間稼ぎのためのものにする覚悟も決めていたのだから。

だがその十年のルールが崩されてしまった。

他でもない、協定を結んだ側によって。

いつ、次の襲撃が来るかはわからないが、このタヌキの言う通りに向こうを躊躇させるだけの時間が稼げるなら、それは重宝だろう。


□□□


「ああいうの、他にもいるのか?」


 夜になってもまだ亜竜撃退に沸く城内で、肩に襟巻のようにとどまりながらタヌキは『魔王』に尋ねた。

ひとまず門番の手当てや亜竜の片づけは城の者たちに任せて、一人と一匹は『魔王』の私室に入った。

執務机の上に、『魔王』はタヌキを肩に載せたまま地図を広げた。

地図の四方、それから中央部に、あきらかに注意を促すような形式で何かが描かれている。


 魔王城近くの亜竜の群れ。

南の湖に棲む巨大魚。

北の山稜を縄張りにする雪熊。

西の人食いイナゴの群れ。

東の毒樹。


 ざっと『魔王』のあげた、この国における脅威である魔物にふんふんとタヌキは頷く。

これらに土地を荒らされるために、この国では中央部分でしかまともな収穫を得ることはできず、この国は貧しい。

種族こそ人間とは違うけれど、人間が驚異に思う物は、この国の者にだって恐ろしい。


「そいつら、倒しちゃって大丈夫か? 生態系とかに影響ないか?」

「セーターケーはわかりませんが、この魔物たちの主食は我々です」

「ヒト? 人だけ食うの? エネルギー効率からすると、ちょっとおかしくね?」


 『魔王』になった者は、この国の書物全てに目を通す権利を有している。

この地位に就いたその日から、夜ごと繰ってきたその記録を思い出しながら、彼は説明した。


「理屈はわかりませんが、三代前の魔王が調査をした結果、それらは他に何かを食べている様子は無かったと。話によれば、初代魔王討伐ののち、国力の衰退に乗じるように現れたとされています」

「ってこたぁ……九十五年前からいんの? いや、そいつらのこと言えねぇけどよ」


 腕組みをして、タヌキは考えている。


「でもそれは、ゆゆしき、ってやつだな。わかるぞ」

「はい。国力そのものを損なって……そのままで押さえつけている重石のようなものです。この城が手薄だったのは、まずは手近な亜竜からと、なんとか討伐をだしたからでもあったのです」

「そこにあいつらがなだれ込んできたってわけだな」


 あるいは、魔王軍が城を出るのを待っていたのかもしれない。

なにもわざわざ、軍隊とことをかまえて消耗する必要はない、と考えたとしてもおかしくはない。

『勇者』たちだって、わずか数人なのだから。

それはそれとして、と『魔王』は気を取り直す。


「この魔物たちは、毒樹を除いて普段はある程度の範囲を縄張りとしてその中を動くかたちで移動しています。ですが、その縄張りそのものが移動します。ほぼ、この辺境領内を縦横に。そのために縄張り近隣に住まう者たちは常に怯える生活を送らざるを得ません……」


 四方を治める四辺境伯は、その魔物たちの縄張りを領地に内包することを条件として広大な領地を許されていた。

許されている、というよりも……押し付けられている。

この魔物がいる限り、収穫を得られるほどに安定した領土も無いし、領民の安全も保障されない。

中央の安全な場所を領地にできるのは、……政治ができることを理由に助命された別の貴族。


「そしたら、そいつらを倒したら、その人たちに力になってもらえるかな?」

「はい。彼らは毎年のように犠牲者を出しています。酷い時は村がひとつ消えるほど」

「うえ……そりゃ、ひでえな……早く助けにいかねぇと」


 ぐ、と前足を拳にするタヌキに、『魔王』はほっとした。

どうやらやはり、根は親切なモノであるらしいと。


「彼らを助けることができれば、逆に彼らからも信頼を得られます」


 魔物の防波堤にされることを甘受しているのは、四辺境伯が初代魔王の四天王であった『償い』のためだ。

けれど九十五年、数代にわたってとなれば、償いとしては過大な負担だろう……。


「どこから行く?」


 北の雪熊はイリイーン家、南の巨大魚はエルア家、西の人食いイナゴはクアドラド家、東の毒樹はサントウ家がそれぞれ戦っている。


「北の、眠らずの雪熊はどうでしょう?」


 イリイーン家は四家の中では山稜を主体とした領を持っており、魔法を使う兵の練度も高い。

だが雪熊はその力をもってしても被害を防ぎきれずにいる。

並の熊をはるかに上回る体格に、ショートソードを並べたような前足の爪の切れ味は、半端な刃物以上。

その上毛皮は矢もファイアーボールの魔法も耐えきり、悪路をものともしない突進力を持つ。

どう考えても難敵だったが、逆にこの雪熊はイナゴのような群れではなく、巨大魚のように水中戦を強いられることもなく、毒樹のように近づくのも危ういこともない。

いわば唯一、戦地での不利が少ない相手。

これを倒せなければ、他は全部ダメだろう。

元から、『魔王』は相手取るならばここからと思っていた。

うんうんと頷くタヌキの様子に、わかってもらえている、とほんの少し彼は安堵する。


「あのさ、イリイーン家の人たちってどういう戦い方をするんだ?」


 と、思ったら。

飛んできた質問に、慌てて『魔王』は答えを整える。


「素早く動くことのできない土地ですし、魔法使いが多い軍であると聞いています。そもそも初代魔王の片腕で参謀を務めていた魔女が始祖とされていて、現在はその弟の子孫が当主です」

「得意な魔法は?」

「彼らの大部分は霜人(グラキエース)という種族ですから、氷や吹雪を扱う魔法が得意です。それに、彼らが騎乗するのは雪狼という巨大な狼なのですが、これは雪の精霊を呼び出したもので、雪上で足を取られることなく動けるのだとか」

「なるほど」


 なんとなく理解した、という顔や様子ではある。


「じゃあ、さっそく北に行こうぜ! 勝ち筋は見えたから」


 タヌキの決断は早すぎる。

とはいえ、辺境領の負担は、先代魔王を横で見ていたときからの彼の懸念だった。

それをすぐにでもとなるならば。


「しかし、未だまともに軍勢を整えることはできず」

「ンなもん、まだいらねぇよ。俺とお前の二人だけで上等だ。それに、その方が身軽だ」

「え?」


 それからタヌキはぽそぽそと、わざわざ耳元で囁いた。


「軍隊動かすと、お金いるだろ? 食料も。節約しねぇと」


 きょとんとしてしまった魔王は、それの意味するところに気づくと顔を一気に赤らめた。

無限に魔物をわかせただの、国中どこにでも現れる魔法を使えただのという初代魔王ならばいざ知らず、代を重ねるにつれて、国を存続させるための十年ごとの生贄になり果てていった魔王に、自由に使える財力はほとんどない。

城も、人も、ほとんどは継承したものでしかない。


「華々しく出立!とかしてもいいんだけどよ、何匹か倒した後に『魔王様が大征伐を開始したぞー!』ってやったら、インパクトつよくね? 今度の魔王は一味違うぞ!って宣伝にもなるしよ」

「宣伝?」

「っつーより、宣戦布告だ」


 にやりとタヌキは笑った。

不敵なそれに、『魔王』は一瞬きょとんとして、しかして笑い返した。


「そうですね。あの国と、『勇者』に」


 魔王の国は健在なり、と。


「さ。そうとなったらイリイーンさんちまではどれくらいかかるんだ?」

「馬車で半月ほどもかかります」


 魔王の国は広いが、そのほとんどは荒野。

逆に国内が安定したならば、いくらでもとまではいかずとも、富むこともできるはずだ。

街道を敷くことができるならば、商業の発展も望めるだろう。


「馬で一日に進めんのが……うーん、……東京から青森くらいか?」

「トウキョウ? アオモリ?」

「道案内、頼めるか?」

「はい。地図もあります」

「そりゃ助かる」


 なにしろ最初の一年を、『魔王』は辺境をめぐることに費やした。

おかげで彼の手元には、辺境伯の城までの道筋やその周辺の様子など、自分の手で作った信頼できる資料がある。


「とりあえず道中の食料二人分……そうだなぁ。四日分もありゃあいいか。明日からさくっと、熊退治といこうぜ!」


□□□


 誰も知らないその相談から、三日後。

イリイーン領主の城の中庭に、突然降りてきた竜と、その背の魔王にちょっとした騒ぎが起こった。


「こんちわー! 困った熊を退治しにきたぞ!」


 しかもその竜、なんだかとてものんきに宣言したのである。

読んでいただきありがとうございます。

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