城への集結 1
今日も一日よく働いた、と夕食を摂る者。
さてこれからだと夜半の勤めに備えて詰め込む者の傍らには、夜食の包みもある。
その中に穏やかに賑やかな一角があった。
門番のキースを中心とした、衛兵の多いテーブルだ。
その席のひとつには、『魔王』とタヌキ、そしてシリルの姿がある。
テーブルに並んでいるのは、いつもと同じパンに野菜スープ。
兵士たちには干し肉があるきりで、酒はほとんどないが場は明るい。
四方平定が成った今、いつもは手薄な魔王城にも四辺境伯家の軍が入った。
あと五年こっきりだったはずの命。
それが「もしかしたら自分たちは生き延びられるかもしれない」という希望が、さらに大きなものに育ったのだから。
そしてそれを為したヒトとタヌキがいるとなれば、酒を入れずとも盛り上がって愉快な気分にもなろうというものだ。
「それで、次は何をなさいますか?」
「いよいよ逆襲ですか?」
いけいけどんどん、今までの仕返しだ、という気分が盛り上がるのも。
「いやいや、まだまだ。でもさ、逆襲をどーんってやりたいなら準備はしねぇと。だろ?」
否定はしても、すぐに次を出せば不満はそうそう生まれない。
それも魔獣そのひとに直々に頼めるか?と言われれば。
キースが勢いよく「はい」と答えたのにまた場が沸く。
その前に、食事をともにしながら、彼らの働きにねぎらいの言葉があった、というのも効いたのだろう。
重ねるようにいわれた「ありがとう」の言葉にも。
その様子に他のテーブルの者たちがうらやましそうな視線を向けているのに、そっとタヌキがうなずいていたことを気づいている者はいなかった。
「よかったな『魔王』。お前、人気者じゃん」
「あれはタヌキ様がおられたからですよ」
夕食も終わり、部屋にもどりながら一人と一匹は話し合う。
シリルからの進言という形ではじめてみた、夕食への同席は、早くもよい効果を表しはじめていた。
現場の詳しい事を担当者に直接聞ければ、何が必要かわかりやすくなる。
その現場の雰囲気を知ることができる。
まだ十五歳の魔王にとって、報告の紙上は全体像をつかむのに必要だが、数字だけではつかみにくい詳細を知るにはちょうどよかった。
「『魔王』様、タヌキ様」
声を掛けられて一人と一匹が振り向けば、先に私室に戻ったシリルが老女とともにそこに立っていた。
老女は古ぼけた黒いローブを身に着け、いかにもな魔女の姿をしている。
それが、ワイズマン家における魔王の従者の衣装であることを、この城の者はみな、知っている。
「しばし、お時間をいただけますか?」
「ああ、かまわない」
再び食堂へと引き返すと、すでに夕食のピークは終わっているため、空いているテーブルも多い状態になっていた。
その一角に、三人と一匹は席を占める。
シリルは食堂備え付けの粉茶を四杯分用意し、テーブルへと運んだ。
……『魔王』の執務室などではなくこの場を選んだのも、誰に聞かれてもよい話だと見せるため。
「『魔王』様、改めてご紹介いたします。私が師事している、ワイズマン家のアーリーン=バーサ様です」
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます。こたび、不肖の孫に代わり、登城いたしますことになりました」
「シリルから話は聞いている。力になってくれてありがとう。これより、よろしくたのむ」
登城するというのは、単なる出勤ではない。
魔王の城に入る、というそれは、従者の任に就くということである。
本来は孫の誰かが担うはずだった生贄の役を、代わった、と。
すでに他の三家も従者役を代わると、正式な申し込みがあった。
それを改めて奏上する、そして周囲に見せること、それに加えて魔王が声をかけることで、交代の儀式は完成する。
「もったいないお言葉。必ずや御役目を果たしましょうぞ」
あくまでもプライベートな、魔王の地位からの物ではない面会ではあるが、ここに儀式が加わるとなると話は別だ。
元々、『四天王役』も、封印行直前に魔王城にやってくるように、従者役も封印行直前に揃うようになっている。
先々代まではそうだった。
先代のとき、四辺境伯こそ間に合わなかったが、中央貴族の従者たちを早めに集めることで内政を行うことができた。
それも先代の死により潰えたが、一度前例ができたならこうしてまた立て直せる……。
「他の家の者たちも、また改めてお目通りを望んでおります」
「わかった。明日にでも時間を取ろう」
目を合わせて、『魔王』とアーリーン老はそろっと笑う。
これももちろんパフォーマンスだ。
その時食堂にいた、すべての者に見せるためのもの。
『魔王』は素では尊大な物言いをしないのをみんな知っている。
実にわかりやすいお芝居で、しかしながらそれは正式なやりとりなのだ。
アーリーン=バーサ・ワイズマンもまた、シリルを介してそのことを知っている。
「シリルも、もちろん私も、あまりいろいろな事に慣れていない。様々な事を見届けてきた貴女が来てくれたのはありがたい」
「老骨の身ではありますが遅参の分、精いっぱい務めをはたさせていただきましょう」
ゆっくりとした包囲網である。
そのことに気づかないものはいない。いいや、気付かせるためにやっているのだから。
自室にようやく戻ると、『魔王』はぎゅうとタヌキを抱きしめた。
「おつかれおつかれ。よくやったぞ」
「偉そうに振る舞うって……大変ですね」
しみじみという『魔王』の頭を、肉球の前足が撫でる。
「お前は偉そうじゃなくて、偉いんだ。大丈夫、胸張れって」
魔王のための私室は豪奢に作られている。
家具自体は古びているが手入れはしっかりとなされ、ファブリックのたぐいも定期的に張り替えられ、リネン類の洗い替えはしょっちゅうだし、年に一度は新しいものにされている。
魔王という存在に相応しい部屋を、ということではあろうが、一方で寿命を定められた者にその時までを快適にという……城の、戦闘に当たらぬ者たちの心遣いでもあったろう。
兵士役以外の者たちは、運悪く勇者役に行きあわない限り生き延びられるゆえに、十年に一度魔王とその従者、四辺境伯家の者、そして兵士たちを見送ってきた。
長く勤めれば、その分多くの人の死とその後を見ることになる。
その彼らの目からしても今代は幼すぎたゆえに、……城内の働き手はおおよそすべてが、『魔王』に同情的だった。
そのことを知らないのは、本人と、それからそんな気持ちを持っていない者たちくらいだろう。
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