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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
21/147

『尽きずの蟲群』 4

 おぞましい産卵……いや、もはや生産の現場を見せつけられながらも、すぐさま蟲から身を守るべく動いたのはグラキエースたちだった。


「クジマ、ユーリィ、気を抜くな」

「はい」

「お任せを!」


 マカールが集中すると、視界が真っ白になるほどの冷気が一行を包んだ。

冷気の壁の向こう側で、ピチピチと音がするのは蟲が凍り付いた音。

その音がする間中、グラキエースの三人は真剣な表情で冷気を練り続けていた。

よくよく様子を見れば、マカールの顔から首筋にかけて、おびただしい汗が流れている。

最後の石壁からここまで、吹雪を生み出し続けていたのだから、疲れが無い方がおかしい。

つまり、……あまり時間をかけるわけにはいかない。

やがて風の音ばかりになると、白が薄れていく。

さきほどよりさらに死骸が積もり、『女王』がまたその死骸をかきあつめている。

くしゃ。ぐしゃ。かしゅ。こり。

咀嚼が終われば、また身体をくねらせる。


 まるで機械のような反復。

食って作った卵を下半身の箱の中に産み付けているのか、それとも本当に機械のように造った蟲を箱の中に送り込んでいるだけなのか。

こんなものはやはり、自然に生じるはずもない。

そして、巣中に充満したはずの冷気に損なわれていないことを考えると、『女王』が蟲以上の耐久力を備えているのは間違いなさそうだった。


「死骸に毒を撒けないか……?」


 レオンシオがぽつりと言った。


「あんな風に、ただ口に突っ込んでる食い方ならたぶん吐き出しもしない」

「この巣に一度、毒を充満させたのを忘れたのか?」


 コアの言い方はぶっきらぼうにも聞こえるが、中に孕む緊張がレオンシオの口を閉じさせた。

事実だからだ。

蟲に有効だった冷気も、毒も、さして効いた様子はない。

影響があったとしても気にもしないような小さなものだろう。


「やはり、……一気に距離を詰めるしかないと思う」


 次に壁を展開するのに備え、息を継ぐマカールが言うのに、ウツギが頷きを返した。

今はそれしか、有効打を与える方法は無いように思われた。

ただし……あの女王は、蟲と同じく痛みを知らず、怯まないかもしれない。

一撃を与えてからその後……。

その一撃で倒しきるか、最悪でも動きを阻害できるだけの痛手を与えなくては。

この場についてきているコアの二人の部下はリザードマンではなく、手足が鱗に覆われ、尾を持つ半リザードマンと呼べそうなスケイルテイルと人魚。

全身が鱗に覆われたコアほど、蟲の攻撃への防御は望めまい。

つまり、直接攻撃にはあまり向かないだろう。


「なら、俺も行く」


 重ねてレオンシオが言い、剣を抜いた。

防御という面で言うならば、レオンシオは鎧を着こんでいる。

その上で、グリフォンの半身ゆえの速さと飛翔力がある。

……コアの他に行けるのは、おそらく彼だけだろう。


「わかりました。……ですが、すぐに退けるようにしてください。守りの魔法でも、柔い部分はしのぎきれないかもしれません」


 だからこそ『魔王』はその申し出を受け入れた。

祝福を与えるように、『魔王』の指先がコアと、レオンシオの額に触れて魔法をかける。

イリイーン領のときのように、離れていても使うことはできるが、直接触れる方が効果は高い。


「攻撃前に一度、掃討する。ウツギ殿、毒を頼む」

「わかりました」


 これまでのものよりさらに強い、最大出力の吹雪が周囲を巡る。

こうなってくると、クジマとユーリィは『魔王』たちの生存領域の保持こそが役割になるだろう。

そして早々にヘルバたちが毒を流す。

ミントのような刺激臭はあの毒樹のものとほぼ同じだ。

きっかり、十秒。


 疲れ果てたマカールが座り込むと同時にふっと冷気の白が途切れた。

ライオンの四肢と、リザードマンの足がさらに積もった死骸を蹴散らして進む。

威嚇のつもりか、両の黒い肢が掲げられ、まるで抱き込むように大きく左右から振られる。

コアは身をかがめ、レオンシオは翼で空を打って飛び上がる。

上下に分かれたターゲットにもう一度『女王』は肢を払うように振る。

間に挟まれれば千切れるほどの勢いだが、どんなに勢いと威力があっても小回りが利かない。

本来はそれを蟲が補うのだろうが、冷気と殺虫剤で、その場に動く蟲はいない。

皮肉なことに、ヒトよりも長く硬く強い肢こそが、女王の動きを鈍重にしていた。

要は、ヒト型の身体に対して、重すぎて長すぎる。

今だ、と二人は合図することもなく同時に女王に肉薄した。


 もし『女王』の身体が蟲と人とのかけあわせならば、重要な臓器があるのは胸か、台座か。

上にいるレオンシオが胸を、下を走るコアが台座を狙う。


「ギィッ」


 それまで無言だった『女王』が叫ぶと、まだ台座の中にいたのか、それとも先の叫びが分娩のものだったか、肋骨の隙間から蟲が這い出てくる。


「かまうな!」


 声をあげたのはコアだった。

片手で目や顔をかばいながらも、彼はそのままトライデントをもう片方の手と脇で固定して、台座へと突っ込む。

バチバチとぶつかる音は見ずに、レオンシオもまたさらに上昇して『女王』の真上へと位置取ると、翼を畳んだ。

普通の大きさのライオンの成体の雄で、成人男性二人を併せたよりも重い。

レオンシオの半身は、馬とさほど変わらぬ体高があり、彼自身の鎧をも加えるならば、それを軽く超える重さだ。

それが、剣を下にと構えて落ちてくる。

『女王』が死角を取られたと思ったか上を向けば、その懐にコアが潜りこみ、下を向けば後ろ頭部をレオンシオに晒す。


「ギィアッ!」


 長大な肢の片方を掲げ、片方を振り回したのは蟲なりの知恵か。

だがむやみと振り回せば狙いはつけられず。翼の一打ちで構えたものはすり抜けられる。


 台座に深々と突きたったコアのトライデントには、殺虫のための毒が塗布され、彼が刺したままひねれば、中でばきばきと壊れる音もする。

そしてレオンシオの剣は、上下どちらも向けなかった『女王』の脳天から顎の下までを貫いた。

読んでいただきありがとうございます。

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