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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
20/147

『尽きずの蟲群』 3

今回、特に蟲のグロテスクな表現があります。

 蟲のために調合した毒を苦手な冷気とともにもっとも大きな出入り口から送り込む。

それは安全な巣の中にいた蟲たちにとっておそろしい不意打ちになったはずだった。

羽音は緊急事態に対するエマージェンシーであり、サイレンであり、声を持たない蟲の怒声や断末魔でもあったろう。

だが逃げようとした出入り口は冷気に満ちた空間と化し、さらにそこがもっとも毒が濃い。

人間でたとえるなら、百メートルほどの強酸に満ちたトンネルを泳ぎ切れと言われているようなものである。

蟲は小さいのだから、いくらでも隙間から……ということは充分ありえたのだが、冷気という形の無いものは容赦なく巣の中に充満し、わずかな隙間にも入り込んでいく。

逃げ込むよりも先に、その隙間にいきわたる……。


 羽音が聞こえなくなるまで、『魔王』たちは待った。

完全な沈黙が生まれてから、一行は巣の中へと足を踏み入れた。

先頭のマカールのすぐうしろで、コアが灯りを掲げる。

足元はよく見えないが……くしゃ、かしゃ、と乾いた音、軽くて硬いものを踏み潰す音が耐えずしている今は、よく見えなくてよかったのかもしれない。


 クランク状になった角を曲がると、不意に明るい場所に出た。


「……」


 先頭のマカールが足を止めたのも、仕方ない事だった。

その先には、……蟲の女王とでも呼べそうな存在がいたのだから。

蝗はあくまでも、群れを成しているだけで会って社会性昆虫ではない。

女王は存在しない。

だがそこにいるのは、まぎれもない『女王』だった。

蟲が蝗と蜂をごちゃまぜにしたものであるならば、これはさらにヒト、それも女を足したものであるだろう。

ただし、どこまでも異形の女王だ。

大きさも上半身も、ヒトに近い。二対の腕を持っていることを除けば。

二対の腕の一対はヒトの長さと形、上の一対のすぐ下から生えたもう一対は黒く硬質なのが見てとれ、三杯ほどにも長く、手のひらも二倍ほども大きく、側面には黒い棘を備えている。

虫ならば後肢、ヒトならば足と呼ばれるものは、一見すると薄物のようなものに遮られて見えない。

……そう、こいつは何かを着ているように、見える。

背中から脇の下を通し、前でクロスするように前に回されているのは、二対の羽だ。

上半身がヒトということは、ヒトの顔もある。

目を閉じた静謐な表情はいっそ美しいとさえ言えそうなのだが……よく見ると硬質なのがわかる。

女神像のようですらある。

耳のあたりにさかさまの鹿の角の形、そしてこめかみのあたりに楕円のカボションの、大きな宝石じみたものがあるが、飾りなどではないだろう。


 だがなによりもおぞましいことに『魔王』は気づいた。

『女王』が、誰かに似ている……。

『魔王』はそっと周囲をうかがった。

レオンシオが……ぐっと唇を噛んで、前を、女王を見つめている。

その顔が、『女王』のそれと……そっくりというわけではないのだけれど、どこかしらに通っているように、見える。


「陛下」


 ウツギの声に『魔王』は我に返った。


「敵はこちらにまだ気づいていません」


 巣の中に満ちた冷気が、あの身体にも染み入っているのか、こちらを向いているようでいて、見てはいない。

数でぶつかってくるはずの蟲は、今のところ周囲にはいない。

下に落ちているもので全部なのかもしれない。

攻めるなら、たしかに今だろう。


「ウツギ殿、毒を」

「では、コア殿、守りの魔法をかけます」


 レオンシオ以外の者が、『女王』へと攻撃をする準備が整った。


「冷気を切るぞ。いいか?」

「応」

「……三、二、一、行け!」


 漂う白が一瞬にして消えるのを待たず、突っ切るようにコアが飛び出した。

無数の蟲を踏み潰しながら突撃してくるリザードマンに、ぱっと『女王』の顔が向けられると同時に、その体が動く。

コアが守りと鱗を過信せず、咄嗟に飛びあがったのは正しい選択だったろう。

風を切る音、それも長い棒状のものを振り回す時のそれと同じ音をさせて、地を撫でるように薙いだのは、長い長い第二対の腕。

地面に積もる死骸を散らして行き過ぎる。


「コア殿、次も来ます!」


 肢ということは、反対側にもある。

今度は中空を薙ぐ肢に、コアは身をかがめてやり過ごした。


「一旦下がれ!」

「だが!」

「いいから戻れ!」


 その声をかけたのはレオンシオだった。

肢が退き戻るのをかいくぐり、白い冷気の狭間へとコアが駆け戻る。


「なぜ、止めた」

「……見ろ」


 なにがあったかと、一行はそちらを見る。

示された手の先、奥の『女王』は肢をもう一度振り回すことなく、静かに降ろして地面の蟲の死体をかき集めた。

そして開かれた口は、『女王』の唇ではない。

一見すると美しい顔は、どうやら作り物であって、顔ではないらしかった。

顎のラインに沿って、上下に分かれた裂け目に大きな口と牙が隠されていた。

耳の下の鹿の角状のものは、大顎。

大きな肢がかき集めたものを、手のひらと腕が掬い上げる。

何人かが、乾いた物の割れる音に口を覆った。

『女王』が、食事をしている……。喰っている。

同族と呼ぶには体格があまりにも違うが、それでも同じ巣の蟲を。

なるほど、あの蟲がその場で獲物を食うだけ食い荒らし、残りを捨て置いて持ち帰らない理由がこれだ。

持ち帰る必要など無い。

充分に肉を食った蟲そのものが、『女王』の糧になる。

あの口であれば、一度に何匹もを噛み砕けるだろう。

擬態している顔が美しいものであるために、酷く悍ましい光景だった。


 充分に喰らったのか、『女王』が大きく上半身を揺らした。

ヒトじみてしなやかに、なまめかしくすらのけぞって、『女王』は体を震わせた。

それがなんなのか、正体はすぐに知れた。

スカートのようであった羽を開き、下半身をあらわにしたことで、すぐに。

下半身は……いうなれば、台座になっていた。

『女王』が女神像であるならば、これはその台座に相応しいシロモノだろう。

骨を組み合わせてできた、歪な箱。

正面、二種類の肋骨の隙間から、蟲が這いだしてくる。


 ただ一か所の繁殖地。

空を覆うほどの個体数がいるというのに、蟲同士では繁殖しない事。

それなのに無尽蔵とさえいえそうな数のまま。

『女王』は本当に、蟲の女王であり、太母だった。

読んでいただきありがとうございます。


『ミミック』、いい映画ですよね。

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