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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
2/147

VS亜竜

虫が出ます。ご注意ください。

 昔、むかし。

人の世を苦しめた魔王は、それを憂えた勇者と戦い、相打ちになりました。

しかし、聖女の犠牲によってなされた封印すらも、十年ごとに解いて、魔王は甦ります。

勇者と聖女の生国である国は、人の世の安寧を守るために、十年に一度、選ばれた新たな勇者たちを魔王の元へと向かわせ、再度封印を行う事となったのです。

それが、十年に一度の封印行のはじまりです。



 と、いうのが人の世に流布している『御伽噺』。

正しくは、『魔王は十年ごとに甦ったりしない』。

十年ごとに、勇者役を与えられた者が、魔王の役の者を殺すのが、『封印行』という祭りの正体だ。

『魔王ディータイク』が封印という名目で殺されると、新たな魔王役が選ばれ、勇者の生国では貴族たちがこぞって次の勇者役を育て始める。

十年に一度のその祭りで、『魔王』を一番早く殺せた勇者を育てた貴族が名誉を得る……。

だが今回、なぜか十年目ではなく五年目に最初の『勇者』たちがやってきた。


 当代の『魔王ディータイク』は十一人目、生贄のトロフィーとしては十代目、そして百年の区切りに殺されるはずの魔王だったと聞かされて、タヌキの目が丸くなった。


「なんだそれ。茶番でヒトを殺すのか?」

「茶番……ああ、そうですね。私たちからしても、どうしてと思うばかりの、茶番です」


 殺されるのは、最終ターゲットとしての『魔王ディータイク』だけではない。

そこにいたるまでの道々の、立ちふさがる役を割り振られてしまった者、それどころか不運にも通りすがった者や、動物さえも危うい。

森を拓かれることもある。畑を踏み荒らされることもある。

堤を……水門を開かれてしまうこともあったという。

ただ十年に一度の祭り、否、茶番のために。

現に、つい先ほど……侍従の、『魔王』と同い年の少年も殺されかけた。


 タヌキはちょこんと、椅子の上で難しそうに前足を組んだ。

二人がいるのは、一階にある魔王城の食堂。

『勇者』を名乗るものが来たことで、一般の働き手たちの姿は無く、ゴーレムも壊されるのを防ぐために仕舞われ、テーブルとイス以外には何もない部屋で、『魔王』とタヌキはそのテーブルのひとつについていた。

侍従の少年は手当を済ませて、寝室に寝かせてある。

魔王の部屋に来るまで、勇者たちが傷つけた者たちも同じように手当てを終えている。

死者が出なかったのは、不幸中の幸いだった。


 テーブルの上には甘味の薄い硬いビスケットと、茶碗がふたつ。

ティーポットのたぐいも片付けられているから、茶碗の中身は湯冷ましで作った簡易な粉茶だ。

つまり、あまり美味いとはいえない非常食。

それでもタヌキはポクポクとビスケットを食べ、茶碗を両の前足で抱え込んで飲んだ。


「んで、だ」


 腹を膨らませて、一息ついたらしいタヌキは、彼を見た。


「さっそくだけど、どうやって茶番、ひっくりかえす?」

「はい。それなんですが」


 その、瞬間。城がゆらりと揺れた。


「なんだ?」

「っ、まさか、来たのか?」

「なんだなんだ?」

「亜竜、というものです」

「ありゅー?」


 窓から外を見ようとしたタヌキを制止して、『魔王』は改めてそっと覗くようにとうながした。


「ほ」


 そっと見た窓の柵の向こう、ベージュ色の大きなものをタヌキは見た。


「プテラノドンだ……」


 まさしくそれは、プテラノドン、と呼ばれる恐竜そっくりの存在。

そんなものが十頭ほども、空から降りてきている。

一頭は高い壁に取りついてそのままじっとしているが、これは見張りだろうか。


「私たちは、あれを亜竜と呼んでいます。……『勇者』が攻め込めば、この城には屍の山ができます。亜竜たちは、勇者のおこぼれを狙うスカベンジャーでもあるんです。ですが……」


 本来であれば、健闘虚しく散っていった衛兵たちの屍が山を成していただろうこの城の庭に、一切その姿は無かった。

五年後の未来のはずの侵攻、それゆえにまだこの城の勢力は整ってはおらず、さらにこの城にほとんど人はいなかった。

いなかった、はずだった。


「来るな! 来るな!」


 上がった叫び声に、亜竜たちが激しく反応した。

声の元にタヌキは目をやるなり、叫びをあげる。


「あいつ、何外に出てんだ!」


 さきほど手当を終えたばかりのはずだった、門番の青年が槍を振り回しながら中庭を逃げている。

怪我を押して見張りをしようとしていたのだろうか。


「おい、あいつ助けるぞ、いいか!」

「は、はい!」


 その小さな、といってもいい体が、窓の柵の隙間を抜けて飛び出した。

そのまま、地面に降りるはずだったのだけれど、ぶぉん、という羽音とともに大きな影が舞いあがる。

カチカチと顎を鳴らして、制止の声をあげる。


「やめろ、プテラども!」


 そこに滞空しているのは、黒と黄色を纏う、地球最大級にして最強のスズメバチ、オオスズメバチ。

これを相手にすれば、人間すら襲うアフリカナイズドミツバチ、キラービーと呼ばれる凶暴なミツバチも、一方的に虐殺される。

それを亜竜に負けぬほどに大きくしたものだった。

だが、亜竜たちはそれを知らない。

知らないがために、それが単なる巨大な虫である、と見た。

あるいは、そんなこと考えることもできなかったかもしれない。

だがその虫には、知能もあれば知識もあった。

システムの一部のように動くスズメバチそのものではなかった。


 すい、とタヌキのオオスズメバチは、逃げる青年を追うひときわ大きな亜竜の背後へと回り込んだ。

そこからは、一瞬。

鋏で紙人形の首を落とすように、オオスズメバチの顎が、亜竜の首を挟み切った。

一気に行われたギロチン刑に、亜竜たちの理解が追いつかない。

その間にも、オオスズメバチは次の亜竜の背に移る。

ばちん。ばちん。ばちん。

背に、といっても、ふと降りてきて爪を引っ掛けるだけだ。

それでいて、首は違わず切り落とす。


 四頭目の首が落ちたところで、ようやく悲鳴のような吼え声があがった。

こういった飛行をする生き物の常として、地上に降りれば身動きはとりにくいものだろう。

ナックルウォークの体勢から、タヌキに向き直ろうとしたが、そいつらからすればノーモーションも同然の速さで飛び上がっては、高みから背中へとギロチンの刃として降りてくる。

目当てにしていた死肉は無く、その上わけのわからないモノに追い回されては殺される。

これ以上、亜竜たちがここにいる理由は無い。

高い所に陣取っていた見張り役から逃げ出したのは、リーダー個体を喪った集団からすれば当然のことだ。

この亜竜は舞いあがるような飛び立ち方はしない、できない。

滑空で飛ぶのなら、高さが必要だ。

地上で右往左往しているうちに、小枝でも剪定しているように首を刈られる。

運よく壁にとりついて登り始めても、空気を震わす振動が背中に伝わって、肩に黒い爪が見えたらもうおしまい。


 逃げおおせたのは、最初の一頭だけ。

十頭は飛来していた亜竜は、そのことごとくが城の中庭に屍を積んだ。

……亜竜たちが楽しみにしていたごちそうの光景が、そっくりそのまま入れ替わっている。

その光景を前に、中庭へと出た『魔王』は立ちすくんでいた。

亜竜は地上に降りれば鈍重ともいわれるが、それでもなまなかの相手ではない。

それがこれほどまでに容易く。


「おい、あいつの様子見てやってくれ」

「は、はい」


 庭に出ながらも呆然としていた『魔王』は、オオスズメバチにかけられた声に、すぐに我に返った。

物陰に門番の青年の姿を求めると、槍は折れ、怪我が増えてはいたが、それでも生きている。


「もう、大丈夫だ」

「申し訳、ございません。……何も、なにもできず」

「見張りをしてくれていたんだろう? 無理をさせてしまった。手当を受けて、今度こそ休んでくれ」

「は、はい……」


 騒ぎを聞きつけた者たちが救援にと出てくるまで、『魔王』がその青年の傍にいたのをタヌキはじっと見ていた。

読んでいただき、ありがとうございます。


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