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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
16/147

番外編:タヌキ、発芽を喜ぶ

魔王がいないパートが番外編、という扱いです。

タヌキも暗躍する。狸の腹は白くないのです。

「勉強、進んでるか?」


 もうすっかりおなじみとなった夜の訪れに、シリルはすっと会釈をして迎えた。

タヌキは満足そうに彼のベッドの上、膝の上に載ってくる。


「数字はだいぶん理解できるようになりました」

「よくやったな。えらいぞ」


 にょいん、と伸びあがったタヌキの肉球が頭を撫でるのを、シリルは面はゆく思いながらも受け入れた。


「ですが……先生の思惑が、というよりもワイズマン家の思惑が気になって」

「どした?」

「ワイズマン家にとって、先生はすでに隠居の身です。だから好き勝手にできるという設定なんです」

「うんうん」

「もし僕への教育がしくじっても、先生を切り捨てれば良いという形で」

「賢いな、そこんち」


 タヌキの声に、シリルは瞬きする。


「賭けるとこが二つあるなら、両方に賭ける。合理的じゃねぇか」

「そう、ですか?」

「おう。その上でご隠居さんをお前に付けたってことは、お前は真面目に、賭けてみてもいい相手だってことだ。見込まれてんぞ!」

「……」


 にへ、とタヌキが笑う。


「だって、本当にどーでもよかったり、念のためのキープくらいなら、遠縁の誰かだっていいわけだしさ。ご隠居さんってことは、ワイズマンさんちの中でも尊敬の対象だろ?」

「……はい」


 そう、言われれば。

シリルの中での不安は解けてしまった。

一度、自分はどうでもいいものだと思い知らされたことで、小さなことにも棘を感じていたシリルには、周囲ごと肯定されることは本人が思っているよりも大きな喜びになった。


「それから、イリイーンさんちとエルアさんちの人たちの差配、見事だったぞ」


 またしても頭を撫でられる。


「綺麗に割り振って、案内してくれたおかげですぐに部屋に落ち着くことができたとか、快適に過ごせてるって話だ」

「あれは、城内にもともと先代魔王様の準備の兵舎があったおかげです」

「それでも、その兵舎を使えるように準備させたのはお前だろ? いい仕事だったぞ。魔王だって喜んでた。作業にあたったヒトたちに、俺からも礼を言ってたって伝えてくれ」

「……ありがとうございます。みなには、必ず」


 一言で兵舎の準備というが、もちろん完了するまでの指示などは一言で済みなどしない。

建てられてから十年も経っていないけれど、建物は人が出入りしなければ傷むものだ。

当然、あちこちガタがきていたのを、掃除しながら修理が必要な所を調べさせ、適切な修理を行う。

人手が必要であることも含めて大変な作業だったのだが、それはかの門番を中心とした下級兵士たちが喜んで力になってくれた。

かくして、四辺境伯の兵たちのため、ひいては封印行の四天王のための兵舎は、彼らの到着までに迎え入れる準備が整ったのだった。

また食料も、こちらは兵站を担う者たちと、食堂の者たちが働いてくれた。

……その経験はシリルに大きな自信をもたせる土台となってくれるのだが、今は彼は恐縮してタヌキの誉与を受けるばかりだ。


「明日から、また出陣されるのですか?」

「おう。いよいよ最後の西だ。今日揃った皆も連れて行きたいから、ちょっとこれまでよりかかるかも。それでな」


 タヌキはまっすぐにシリルを見上げる。


「魔王とも相談したんだけど、あいつが持ってる文書閲覧権限を、『魔王が遠征している間』って期限を切ることでお前に仮委譲させるつもりなんだ」

「え?」


 『魔王ディータイク』と成った者は、国の資料をすべて閲覧することができる。

国家運営のための資料から、禁術とされる魔法書―――もっとも、これは『見せ報酬』としてこの国が所持を許されているレベルに留まるものであるのだが―――まで、どれでも、なんでも。

シリルがタヌキの目を見ると、タヌキは重々しくうなずいてみせた。

すべて、の中には国庫の帳簿もある。中央貴族たちの帳簿も、また。

シリルは帳簿の見方をすでに習っている。

……そして、歴史の始まりにおいて書き残されたモノすら、含まれている。


「魔王も、お前になら託せるって言ってた。それと並行して、九十五年前、本当は何がおきたのかもこっそり調べてくれ。初代が倒れた後に、だいぶ燃やされたって聞いたけど……古い文書の中に紛れてる可能性もある」


 中央十貴族のうち上位五貴族は初代魔王が倒された後、ぎりぎりまで交渉をして現在の『封印行』まで相手国の条件を抑え込んだとされている。

下位五貴族はそこまで戦い抜けずに死んだ、力不足の者たちだと。

当時の魔王城にいた者たちはほぼ全滅しているため、それが定説とされている。

そしてそれが、シリルの知っている、上位と下位の生まれた経緯だ。

だがそれが真実そうであるかを知っているのは、当時生き残った上位五貴族の当主たちだけ。


「正直なとこ、文書閲覧はかなり危険な「探し物」だ。魔王が色々読んでこれたのは、魔王は十年したら死ぬから許されてるって面もある。だから、できるだけ人目の……貴族たち以外の、それも信頼できるヒトたちの目のあるとこで、あっけらかんとなんでもないみたいにやってほしい」

「わかりました」


 みつかっていない、あるかどうかもわからないもの。

それは隠されているからだろうと。見つけられ、処分されないようにかもしれない。

ならば。


「あと、味方を増やせるか? ワイズマンさんちみたいに「賭けてみようか」ってくらいでいい」


 この場合、だが危険は信頼だ。

シリルは大きく息を吸った。


「お任せください。やります」

「頼んだぞ」


 ぎゅっと抱き付くタヌキに、シリルは口元をほころばせる。

深刻な事のはずなのに、この魔獣ときたら、……どこまでもふわふわなのだから。

それでどうしても気が抜けてしまう。


「だから魔王様も、タヌキ様も、必ず無事にお戻りください」

「おう」


 だがベッドから飛び降りた瞬間、タヌキの身体がよろめいた。


「おっと」


 それだけ。

だがいちもにはないことに、シリルの心にふと小さな不安が湧いた。

読んでいただきありがとうございます。

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