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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
147/147

真の王と千変万化の魔獣

 星に、手を。

それこそ、夢のような話だろう。

実物を見てしまった馬無しの馬車や、鉄の船や、人も乗れる鉄の鳥よりも。


「タヌキ様?」

「なーんて、かっこつけちまったな」


 にへ、とタヌキは笑う。


「でもいつかはきっと、できるようになる。俺がいなくっても、できるよ」


 あ、でもつかむ星は選べよ、そんな風に冗談めかしていうタヌキの様子に、違和感が確信に変わる。


「タヌキ様、元の世界に帰還なさるのですね」

「うん」


 真面目な顔になって、タヌキはうなずいた。

それそのものは、なんら不思議なことではない。

あの時、この地にあらわれたタヌキに『魔王』が願ったのは、この国の解放だ。

その先の繁栄までは含まれてはいない。

だから依頼は完了させている……。

今ここにいるのは、タヌキがまだここにいようと思ってくれているからにすぎない……といえるだろう。

あるいは帰る手段がないか。


 だが『魔王』は知っている。

異世界同士を渡る手段……あの教団が行った世界に穴をあけて落ちてくるのを待つようなものではなく、穏便に扉をあけるような手段があり、タヌキの知己はその手段を有していることを。

そう、かのキツネ……あの場に世界を越えて女神を導き現れたのも彼女だった。

だから、今まではまだ迎えがきていないだけ。その迎えがきっときたのだろう。


「いよいよなのですね」


 なんといえばわからず、『魔王』にはそういうことしかできなかったが、タヌキはうんうんとうなずいた。


「前に、北の地にいたっていってただろ? もっと北や外の国へわたるチャンスを待ってたって。あれは世話になった方の御息女を探すためだったんだ」


 その任務があるからこその帰還。

また、こちらに……あるいは、また会えますか、と。

その問いかけを口にすることを、『魔王』はかろうじて踏みとどまった。


「本当は前もっていっておくつもりだったんだけど、ここ数日ばたばたしてていいだすタイミングみてたら、報せがきたんだ」

「いつ、御発ちになりますか?」

「うん、キナリがいうには最低限の影響で済ますために、日を選ばないといけないんだって。この間のコーコーセーたち三十人を一気に移送したり、神様を送りかえしたりしてただろ? あれでだいぶん、世界同士が揺れた状態になったみたいなんだ」


 なるほど、単純な大質量、そして質的に強大な存在となれば、移送の負荷が大きいのは当然で、しかも往復なのだからどれほどの負荷になることか。


「だから次の満月の夜にお別れだ。その日が一番安定しやすいんだって」


 その「大揺れ」が双方の世界に悪影響をもたらすのは間違いない。

だからこその日付指定なのだろう。

満月の夜は魔力が高まるというから、安定の選択である、と同時に『魔王』は少しばかり安心した。

それだけの日数があれば、充分祝いの席に間に合うだろう。

『魔王』はゆっくりと深呼吸した。安堵に。それからさみしさに。


「タヌキ様」

「ん?」

「お祝いの宴をするんです。そこで」


 いわなくてはならない。きちんと。


「お別れ会もしましょう」

「……うん」


 へにゃ、と力の抜けた顔でタヌキは笑った。


「そうだな。お別れはちゃんとしないとな」


 穏やかに、穏やかに。

突然ではなく、きちんと完了させるのだと。




 各領地、ならびに各地への伝達は予想よりも早かった。

これから先『封印行』はもうおこなわれない。

十年に一度、理不尽な暴力、略奪、破壊が訪れる、そういったものの終焉。

喜ばしいことは不幸なことより伝わるのは遅いなどというけれど、この時ばかりはあっという間に全土に広まった。

と、同時に祝いの宴をするということも。


 誰がきてもよいということにしたので、多少警戒はしなくてはならないだろうがと、ウツギがそれでも笑う。

こういった場合、警戒せねばならないのはかつての上位五貴族の縁者や親族、それに『封印行』で利益を得ていたものたちであろうか。

だがその程度のやからをさばけずして、この先の平和や繁栄を築けるはずもないという、それは見えにくくとも確固たる覚悟といえた。

もちろん、それを退ける自信あってこそのものではあろうが。


 それに伴って、祝宴のためのいろいろの準備もある。

本来は軍備のみに携わるはずの四辺境伯家だがそれにあたっていた。

なにしろ内政担当はこの国自体の立て直しにてんてこまいで、そこに祝宴の仕事など増やそうものならキャパオーバー間違いなしだ。

それに軍備のために集められたとはいえ、いわば「その役」であって、彼らはもともと領主やそれに近いものたちなのだから、そういった仕事も心得ていた。

つまり、できないどころか、といったレベルで仕事ができる。

見積もりがとれれば、あとはそれを実行するだけ。

たったの数日で物資も揃っていくのを多少どころでない驚きと、なるほど平和というのはこういうことなのだという実感と納得を持って『魔王』は受け入れていた。

同様に、その物資を使って進んでいく準備もまた。


 そうした日々の中で、『魔王』はタヌキと今までの思い出を話し合った。

けれどそれは苦労話などではなく、『魔王』にとっては楽しいばかりの語らいだった。

そして、満月の前日、すべての準備が整ったと『魔王』は報告を受けた。


 会場の準備、ふるまわれる飲食物、余興の演目にいたるまでのほぼほぼすべてが「よきにはからえ」で終わっていた。

『魔王』がやったのは開会のあいさつを作るくらいで、それすらも短くて構わない、難しく考える必要はない、というもの。

見ようによってはお飾りの、ともなりそうだが、『魔王』は自分の役割とできることをよくよく理解していた。

そして、任せられる人材がいる幸運も。


 正装に着せ替えられ、『魔王』は城のテラスへと進む。

本来は中庭にヒトビトを招き入れるつもりだったが、ふるまいの屋台を用意したところ、そこまでの人数が入れないとなり、外の草原を使うことになった。

そう、タヌキに『魔王』がカエルレウスのことを話したあのテラスから見える場所。

彼はその前室にあたる部屋で深呼吸をしてから、外へ足を踏み出した。

草原に待っているのは、『魔王』を見上げる人、人、人……。


「さぁ『魔王』」


 外に出た所で待っていたタヌキが声をかけた。


「お前の願いはかなった。進め」




 これで、この話はおしまい。

タヌキはその日の夜にちゃんと皆にお別れをいって、迎えに来たキツネに小脇に抱えられて世界の向こうへと消えた。

そこから先はタヌキの助力なしで進まねばならなかったが、おおむね上手く進んだ。

元からタヌキは政治的なことには口出しをしていなかったというのもある。

だから、『魔王』が空っぽのクッションを見る頻度は少しずつ下がっていった。


 四辺境伯はそれぞれの領地にもどった。

が、五貴族はそのまま城で政治に当たり、よい治世を作ろうとしたし、実際カエルム一世の治世はよく治まった。

すくなくとも口減らしを考えなくても良いほど、そして口減らしを忘れるほど、この国は長きにわたって栄えた。


 そういえばひとつだけ、タヌキが残していったものがある。

いや一種類だけというのが正しいか。

ニンゲンの国の諜報用に使っていた水晶片。

不要になったそれに、タヌキはひとつひとつ、竜の血でもって何やらを描いていたのだが、それを一人に一つ、兵士たちや城の働き手みなに残していった。

―――あいつを頼んだぞ。

そんな風な言葉とともに、手渡ししていったというから、今でもその子孫の家で大事にされているという。




 さて、視点を移そう。

ニンゲン……いわゆる人類種の国家間ではその後、戦争が起きた。

元から国家間の仲なんて、仲良さそうに見えてもパワーゲームの結果でそうなっているようなものだった。

中でも教国の弱体化は著しく、そのバランスを崩す要因となり、また「女神に見放された原因こそこの国である」という正当化もあって、数か国からの攻撃により僅かな期間で滅びを迎えた。

また女神を失ったショックは口実ばかりではなく、彼ら人類種の中に根強く残り、病のように彼らを蝕んだ。


 と、同時に彼らはそれを引き起こしたもう一方の国である『魔物の国』を忌避し、畏れ、戦争を口実として自国に存在する転移魔法陣を破壊した。

根幹技術を持たないものであるため、復元はもとより不可能であったのだが、戦時のヒステリー状態のために止める者はなかったという。

これにより、人類種から一度失われた長距離航海技術が復活するまでの長い年月、特に海に隔てられた国同士は断絶に近い状態に置かれることになった。

極端なようにも聞こえるが、それほどに転移魔法陣は便利な存在であったのだ。


 戦争は人類種のさまざまな技術を発展させたが、長距離航海は前述のとおり一度断絶しており、またそれに耐えうる巨大建造のための資材はすべて近隣国との戦争のために、あるいは決戦兵器の材料にまわされ、戦争の終結まで凍結された。

このため、地球でいうところのの北極圏に存在する『魔物の国』への再到達に至るまではさらに時間がかかり、その間『魔物の国』は発達を続けたこと、また人類種が女神の消失により少しずつ失った神秘と魔法を保ち続けていたため、再対峙時にはかつての悲劇を繰り返すことはなかった。

そのことが「勝利」であることを知る者はもはやヘルバたちにしかいなかったが、彼ら彼女らは友好不可侵条約締結を静かに微笑んで見守っていただけだった。



□□□


 初代ディータイク王から十一世にいたるまでの十名は、それぞれ二つ名で一般的には呼ばれている。

十一世少年王はのちに植民地支配を終了させ、独立した。

このため彼はカエルム一世と名を変え、後世には解放王とも呼称される。

彼は街道の整備、交通手段の発達などを手掛け、また耕作地の拡大・再開発、魔鉄魔銀鉱山の開発に寄り国の発展に勤めた。

 この時、開発されたものに大型車両や鉄道、航空機がある。

これらは解放王とその側近の開発によるものとされているが、その技術は魔法を使っていても魔法技術体系からは大きくかけ離れている。

解放王の伝記によれば王のもとにタヌキと呼ばれる魔獣が降臨、異世界を語ったことが開発のきっかけとなったといわれるが、同じタヌキは教国への反撃ののおりや、四辺境領魔獣討伐にも名を残しており、もとより人語を解するところから、教国などの人類種から追放された異能集団だったのではないかとされる説がある。

中には設計や戦闘に長けたものもいたのではないかとされるこの説は、近年かなり有力視されているが、王家からは正式に否定されている。

―――国定教科書第一章より

読んでいただきありがとうございます。

この話で、タヌキの話は終わりです。

お楽しみいただけていたら、幸いです。


……実は本当に、北海道は狸小路の本陣狸大明神の長女狸さん、嫁いだ先の建物といっしょに神社が解体されてしまって、どこにいったかわからないらしいんですよね。

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