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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
146/147

未来

 そうと決まればと、手すきのもの数名が城内の事務方のいる会議室へと走っていく。

祝いにせよ弔いにせよ、何かするとなれば予算が要る。

金は降ってこないし湧いてもこないから、ひねって出すしかない……となれば事務方が第一となるのは当然で―――その「当然」すらも、以前は当然ではなかった―――ひとまずその見積もりができるまではと、それとは別に各地へと『魔王』による国の解放が正式に伝えられることになった。

おそらく見積もりができるまでには、辺境領の寒村から中央地帯の小さな村まで話が伝わり、準備が整ったころには祝いごとの開催が伝わるであろうと、これもまた「見積もり」であった。



 だがまだ、今日はそのスタート地点である。


「よ」


 一段落ついて、事務方からのいい返事の中で今日の政務を終えた『魔王』を、彼の私室でタヌキが出迎えた。

そういえば、と『魔王』は思う。

今日一日タヌキとはしゃべらなかったなと。

なにしろいつもなら隣にいる夕食時すら、姿を見なかったのだから。


「あの」

「今日は大変だったな」


 タヌキは……『魔王』がかつてあの穴の一番下に居た子どもであったことを、知っている。

たった一人、『魔王』以外にそれを知っている。

胸にこみあげてきたものを呑みこんで、『魔王』はベッドに座るタヌキの、その隣に腰を下ろした。


「叔父は、西方で葬ってくださるそうです」

「そっか。レオンシオ、先代を知ってるから良くしてくれたんだな。良かったな」

「はい。……叔父も、父と同じく食われたものと思っていましたから。それに、カエルレウスも」

「あんな所にいたんだな」

「……はい。父は、私の上にかぶさって、守ってくれていたんですね」


 一番下にあった小さな脆い、子どもの死体。

死蝋とはいえ、大人の重量がかかれば……というところを、上にあった初代の体が守っていたという検死がなされていた。


 そこで『魔王』は一瞬考えた。

いうべきだろう。

もうウツギにも詳細は省いてもいったのだから。


「女神が、夢で教えてくれました。私たちがいた場所の下に私たちがいると。あれは『魔王』という存在のことだろうなとは思っていたんですが。……少し、驚いてしまって。カエルレウスのことを知っていたのかと」

「神様だからさ、本当に知ってたかもな」


 タヌキはといえば、驚くでもなくそうかそうかと聞き、そして返事をする。


「だからそれを知ってたら申し訳なくて、でも嬉しかっただろうな。自分の名義で苦しめられた……殺された子どもがさ、生まれ代わってその元々を終わらせて、自分を解放してくれたんだから」

「……本当は。本当は、そんな立派なものじゃないんです。すべて終わってしまった今でも、ニンゲンを許すことは、できません」


 タヌキはひとつうなずいた。


「許さなくっていいよ。その怒りはお前のものなんだから、誰も取り上げちゃいけないんだ」

「ですが、私が復讐を止めたことで、逆に他のものの怒りを取り上げています。私は、他者の怒りを邪魔してまで」

「あそこに行った奴らで、殺させろって奴はいなかったよ」

「……」

「俺、ちゃんと見た。むしろ怒りは萎えてたし、お前が止まったこと、止めたことでほっとしてたヤツらばっかり。みんないい奴だ」

「……はい」


 『魔王』は自分の肩から力が抜けたと知覚した。

あきらかに体の中の、わけのわからない息苦しさのようなものが消えた。

それでも……


「でも、自分の中からカエルレウスが消えていっているようなんです。私は、間違ったのではと」

「忘れていってるのか?」

「記憶ははっきりとあります。ですが、その時の感情の熱が失せているような……なんというか、本の中の登場人物の視点の話のような、遠い、というべきか」


 それが始まったのははっきりとはわからないが、あの国から去った時からかもしれないというのも、タヌキはうんうんと最後まで聞いてから、口を開いた。


「もしかしたら、もういらないからかもしれない。怒るのって、疲れるだろ? 悲しいのは苦しい。そういうのってないか?」

「……」

「怒りも悲しみも、立ちあがるのにも走りだすのにも必要だけど、ずっと抱えているのは痛いんだよ」


 そこでタヌキは大きく息を吐いた。

遠い所を見ているような目を少しだけして、またたきでそれを消す。


「一人分だって大変なのに、お前は二人分抱えてた。一人分が元々持てる量なんだって考えるなら、前の分はもう置いていっていいってことかもって、俺はそう思うよ」


 その目が『魔王」 の方へと向き直った。


「置いていくことは、できるでしょうか」

「忘れて……いや違うな。褪せてる、とも違うし、あえていうなら、距離ができてるなら、もう置いてるよ」


 その時、たしかに『魔王』は息ができた、できるようになったと思った。

体にかかっていた重さが消え、新鮮な空気が入ってくる、軽くなる……。


「お前さ」


 ずずいとタヌキが『魔王』の顔を覗き込む。


「シリルとこの先の計画たててたろ?」

「……はい」

「街道も、列車も、飛行機も、まだなんにも作れてない。全部これからだ。それを作るんなら、前とは違う力が必要だって、そう思うよ」


 『魔王』は自分の両手をまじまじと見た。

これから先をと、タヌキの話を聞いて、夢想して、計画した手。

街道をさらにしっかりしたものにする。

石畳を敷こう、それをする前には凸凹を埋めるようにしないと。

馬のいない馬車はどうしたら作れる?

馬の引く力が車を進める力になっているから、その力を何かで替えないと。

でも引く力ならば車の前になにかあるはずだから、換えることを考えるなら「車輪を動かす力」だろうか。

列車はどうしよう?

馬車と同じ動力でいいだろうか。

その場合、後続の車両の動力は前の車両が引く力で代用できる。

だが車を繋げるだけなら、後ろの車両の軌道がぶれてしまうし、三両以上ならそのぶれはさらに大きなものになるだろう。

これを避けるにはどうしたらいいか。

そんなことを、シリルとともに話したあの休日。

思い出すだけで口がほころんでしまう思い出。


「そうですね」


 だからこそというべきだろうか。

『魔王』はタヌキがいったことが理解できた気がした。

夢のような国を作る、そのためのエネルギーは、きっと怒りや悲しみからくるものとは違うのだと。

たとえそれが、きれいごとだとしても。


「なぁ『魔王』」

「はい」

「お前はひとりじゃない。よきにはからえ、をやれるだけの配下がいる。みんなデキるすごい奴らだ。頼ってもいいんだからな」

「……はい」

「王様はお前なんだからな」


 あれ、と『魔王』は違和感を覚えた。

タヌキのいっていることがなにか……不穏というには柔らかいものだが、少しおかしい。


「お前たちなら、星に手を届かせることだって、いつかできるよ」

読んでいただきありがとうございます。

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