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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
144/147

過去

 壁に彫られ、書かれているものを上から読み取るという面倒な作業が一段落した、という報告が食堂に届いたとき、『魔王』は毛布にくるまり、お代わりとしてのあたたかな白湯を持たされた、まるで溺れた所を救出されたような姿で椅子に座っていた。

その体はやはり溺れていたように小さく震えている。


「大丈夫か?」


 苦しそうだぞ、そう指摘しながらマカールはその正面にイスを持ってきて座る。


「……大丈夫、です」


 応じる『魔王』に小さくため息をつきながらも、マカールは報告として話を続ける。


「壁に書かれていたのは、腐敗を止める魔法の魔法陣ではないかというのがウツギの見立てだ。あの穴を袋に見立てて、底と壁で……遺体を包むような形に仕立てていた。その上であの蓋にはその魔力を感知させない妨害魔法の魔法陣を刻んでいたようだ」


 魔法陣は転移魔法以外にも多彩に使えるし、発動は魔力をつぎ込むだけで済む。

書かれた時点で範囲が決まるという魔法陣特有のデメリットは、今回は問題にはならなかった。


「それで……」


 ふとマカールが口をつぐんで中断する。


「これから、御遺体を穴の外に出す」

「外に」

「念のため、中にあるという状態のままで魔法で凍らせての作業になる」


 腐敗を止める魔法の範囲外に出た瞬間に腐敗が始まるならまだいい方。

一気に腐敗の段階が進むのを用心するのだと説明するマカールに、『魔王』はうなずいた。

うなずくしかない。


「……大丈夫なのか?」

「だいじょうぶ、です。なんだか、その、まだ夢の中にいるようで」


 これが夢ならきっと悪夢だろう……そんな『魔王』のありさま。


「何か飲むか? 甘いもの……そうだ、パンがゆでも作ってもらおうか? 白湯では腹も膨れないだろう?」

「いえ、あの、少しこんらん……している、だけです」

「わかった。だが、もう部屋に戻った方がいい。この数日で体力を使い切ったんだ。回復の途中なのだろうから」

「いえ」


 焦燥した様子だった『魔王』だったが、我に返ったように顔を上げる。


「立ち合わせてください。私の叔父です」

「無理はするな。……陛下、ご自愛なされませ」


 マカールの言葉が一歩引いた、配下としてのものになる。

それが強い拒絶であるとともに、彼の最大の気遣いであることを『魔王』が理解できる、そうわかっていてのもの。

それを感じとって『魔王』は黙る。

もともと彼はわがままをいうのも、一度考えるタイプである。

それを感じ取れないわけがない。


「これからとはいったが、手順を整えなくてはならない。これからすぐではなく、明日からになる。だから休んだ方がいい」

「……はい」




 翌日、魔王の城、その玉座の間は物々しい雰囲気となっていた。

壁は遠征にも使う防水の陣幕で覆われ、床にも仮の床覆いとして板が並べられた上にやはり陣の床に使われる布が拡げられている。

さらにその上にシーツが並べられ、また片隅に重ねられていた。


 玉座のあった場所、つまり穴の周囲は落ちないように注意の柱がたてられている。

そしてそこには大きなタコに変身したタヌキが控えていた。

タヌキ以外は防水の前掛けや手袋、長靴といったものを身に着けて、鼻や口も布で覆っていた。

持ち上げた遺骸が魔法陣の不備で傷んでいた場合や、あるいは何かを仕掛けられていた場合に備えてのもの。

さらに窓を開けて換気もされている。


 四辺境伯、守備兵と人手が揃っているが、人数そのものは多くない。

引き上げるための道具、動力がタヌキ一匹でまかなえるため、メインは引き上げたあとの処置のためにいるようなものだ。


「それでは開始しよう」


 ウツギが開始を告げ、タヌキが足の二本をするすると穴の中へと降ろす。

穴の中を覗きこんでいたマカールが、引き上げる動きを途中で留めさせ、凍結の魔法を使おうとして、動きを止めた。


「待て。……死蝋化しているようだ。そのままでいい」


 腐敗しないという魔法の影響下、そしてある程度冷涼な環境が為したもの。

穴の中から出された先代魔王はシーツの上に降ろされ、そのシーツごと彼は空いている場所に運ばれる。

その傍らに座り込んだ『魔王』をよそに、作業はすすむ。

先代の下にいたのは、先々代。

その下にも。その下にも。

まさしく折り重なった状態の穴の中から、一体ずつタヌキが抱き上げるようにして、死蝋化した遺体が運び出され、並べられていく。

四代目、三代目、二代目。


「あ」


 タヌキが動きを止めた。


「いかがなされた?」

「もう一人いる」

「もう一人?」


 数をかぞえるならば、残りは初代魔王だけ。

そのはずだった。


「灯りを降ろしてくれ」


 ロープをつけられたカンテラが静かに穴の中に垂らされた。

灯りに照らし出されたのは初代魔王の遺体、その背中だ。

伏せた状態のその体は、当時の黒い装束が穴一杯に広がってその下が見えない。

タコ足がその体をゆっくりと動かし、仰向けにしたものを穴の外へと運び出す。

その下、再び垂らされたカンテラの灯りに照らされたのは青みがかった髪の幼い少年の体だった。

まるで初代魔王が、上からふるものから守っていたかのように。

服から出ている手足だけでも、この少年が穴に放り込まれる前にどんな扱いを受けたかを如実にものがたっている。

そう、初代魔王と同じほどに傷だらけにされた遺体。

大人と同じように運び出され、初代の横に並べられてようやく、そこだけが無傷に近いその顔が初代と似通っているとわかった。


「……その髪には、我が家の子どもの特徴がある。おそらくは、初代様の御子息だ」


 しばしの無言のあと、マカールが呻くようにいい、ウツギもまたうなずく。

父を亡くしたあと、拙い文字で魔王の名を記したとおぼしき、子ども。

こんなところにと、その場にいた誰もが思い、また別の所では納得した。

誰も知らない、一瞬のものとはいえ、この子どももまた『魔王ディータイク』であったのだから。

当時城に居たものたちは上位五貴族以外、老若男女を問わず殺された。

「それ」は歴史として残っている。

だがこうして「子どもが殺された」事実を形として見てしまったショックは「知っている」ことなどかるく凌駕する……。


 ふらふらと立ち上がった『魔王』は、作業中の集団の方へとおぼつかない足取りで近づいていく。

それに気づいたレオンシオが振りかえり、その焦燥ぶりに驚く。


「陛下」


 呆然と、かつての父子を見ていた『魔王』にレオンシオの声がかかる。


「見ない方がいい」

「いいえ。見なくてはいけないんです。ちゃんと、見なくては」


 弱弱しいがはっきりとした声で『魔王』は答える。


「そうか、あいつも、嘘は、ついてなかったんだ」


 だが、そこまでだった。

呆然と、うわ言のように呟いたのは遠い昔の口約束。

父君にも母君にも、すぐに会わせてあげますよ。


「……どうした? おい!」


 レオンシオがかけた声にも『魔王』は気づいていないようだった。

読んでいただきありがとうございます。

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