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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
143/147

闇穴

 予想以上に自分が疲れていたらしい、と『魔王』が悟ったのは、ベッドに寝かしつけられた直後から目を覚ますまでの記憶が一切なかったことによる。

枕に頭を置いた瞬間から、すっぱりと。

だがその分、眠る前の記憶がしっかりとしたことで、『魔王』はとあることを思い出した。

女神の告げた別れ際のことば。

「あなたたちの座している場にあなたたちがいる」。

これが『魔王』一人のことであれば「あなたのいた場」というところだろう。

それに思い至ったとき、横たわったままの『魔王』の体全体の鳥肌が走った。

「あなたたち」。


 ……先代を含む魔王たちの遺骸は、兵士たちのように亜竜に貪られた、そう考えられていた。

もし、そうではないとしたら?

初代の四天王はその体を魔獣の中に縫い籠められていた。

未だ知られていないなんらかの呪いの起点に利用されていたのではないか、という見方が有力だ。

では。もしも。

歴代の魔王の遺体が、亜竜に食われてなどいなかったとしたら?

五年前の『封印行』のおり、隠れ場所からは先代魔王……現『魔王』にとっての叔父が殺されたとしか見えなかった。

その後はただ震えるばかりで、なにがあったかは見えていない。

そして隠れ場所から出たときには、もはや叔父の遺体はなく、窓の外には亜竜が群れ集って死体を貪りはじめていた……。


 鳥肌の浮いた体を動かして『魔王』は起き上がった。

そっと腕を擦ると、毛布に包まれていたというのにひどく冷えてしまっている。

だが胸の中で、心臓は飛び跳ねるようなせわしない動きをしていた。

はずれていてほしいと思うほどの想像が生まれてしまった、その反動。


 『魔王』は我知らず早くなってしまっていた呼吸を整え、ゆっくりと寝床から出て平服に着替える。

その最中にもせわしなく、彼は頭の中で考える。

「座していた場所」というならば、玉座。でもあそこにそんなもの……。


『魔王』というい地位にあるとはいえ、彼の周囲に侍女はついておらず、独り言を聞くものはなかった。

だがドアを出た所にはさすがに護衛の兵が立っている。


「玉座の間にキースと他何人かを呼んでほしいんです」

「はい」


 さすがに一人では何らかの仕掛けがあっても動かせないだろうと見当をつけての助力依頼だったが、数分後にはそれが当たっていたことがわかった。

玉座の間、つまり最終決戦に設定されている部屋はかなり広くとられているが、特に玉座の周辺は一段高いように造られている。

玉座そのものは金属や石材ではなく木製で、カーペットの上に置かれている。

それなりに重くはあるが、兵士が三人でかかれば動かすことができた。


「段の下まで降ろしてください」


 もう一人人手を加え、四人で玉座を下段の床に降ろす。

『魔王』がカーペットを外すと、そこには当然床がある、のだが。

一見するとレンガ状の石材を組み合わせた、単なる一段高い床である。

だが、ちょうど玉座を置いていたあたりの床に、目地が入っていない所がある。


「……」

「……」


 無言のうちに兵士たちは顔を見合わせた。

目地が入っていないところをたどると、だいたい一人用のベッドほどの大きさの「板」に見える……。


「開けてください」


 兵士がもの言いたげに見たのに、『魔王』は緊張しながらもうなずいた。

目地分の隙間はあるとはいえ、石材でできた板である。

隙間に入るような道具がないと持ち上げられないだろう。

その道具と、さらに人手を求めにいったことで、次々と兵士たち、また何をしているのかと、会議を一段落させた文官たちと四辺境伯、タヌキも玉座の間へとやってきた。

隙間に入れるには剣くらいのものがちょうどよい、といろいろ試してわかったが、それよりもとタヌキが大タコに化けて吸盤を使って持ち上げた。

音もなく持ち上げられたそこには、床が玉座の重さで抜け落ちないようにだろう、補強のために何本もの柱の支えが短辺に入れられていた。

二つ目の蓋とでも呼べそうなそれも一本一本取り除いた中にあらわれたのは、井戸ともみまごう深い穴……。


「えっ?」

「いや、あれは……」

「先代様、だろうか……?」


 灯りを持ってきて中を覗きこんだものが悲鳴を上げる。

暗い穴の中、白い顔が浮かび上がる……。

その下にも、その下にも……。


「まて」


 慌てて梯子や縄をといいだした兵士たちを、コアが止めた。


「中に悪いものが溜まっているかもしれない。穴ではよくあることだ」

「それに中の内側、あれは呪文だろう。まだ入るな」


 加えてマカールが灯りに照らされた穴の壁面をしめす。

彼のいうとおり、壁、それに先ほど外した支柱や蓋にとびっしりと文字が書かれて、あるいは刻まれている。

「わからない」魔法は、警戒しなくてはならない。

調べ終わるまで待機との指示に、ではその間にとその場に敷くための布や、書きもののための石板をとってくるもの、仕事があるため場に残るものに後で教えてくれるよう頼むものと集まってきた兵士たちは分かれた。


「陛下」


 穴のふちで呆然と佇むところにかけられたキースの声に、『魔王』は気づかない。


「『魔王』」


 タヌキの呼びかけにも。

タヌキはキースと顔を見合わせる。

いざって時に備えてくれ、そうタヌキは目配せすると、いきなり『魔王』の肩によじのぼった。


「『魔王』!」


 頭に抱き付いたのにようやく我に返った『魔王』がよろめいた。

そこをキースが後ろへと引き戻す。


「あ……」

「陛下、お気を確かに」


 力が抜けてその場に座り込んだ『魔王』をキースが抱きとめた。


「あ、……ああ、ごめん、なさい」

「いいえ陛下。どうぞお気を強く」

「そうだぞ。ちょっと離れよう。な? 水、そうだ水かなにか持ってきてもらおう」


 ひとまずと二人と一匹はその場を離れ、食堂へと移った。

その間にも通りすがったメイドに小さめの毛布を持ってきてもらって羽織らせたり、食堂の椅子に座らせて、コップに水を用意する。


 五年ぶりに見た―――見ることになってしまった先代魔王の姿に、『魔王』はショックを受けていた。

あの場所に遺体があることはなかば彼も覚悟していた。

だがあの叔父の死から五年。もう、五年。

腐り果てた体、その末の骨のあるはずであった場所に、腐敗の様子も無い、生々しい死体があった……。

それが『魔王』のこころにどれほどの負担をかけていたものか。

彼は震える両手でコップを口に運んだ。

柑橘の実が浮き、その風味があるはずの水からは、『魔王』は何の味も感じなかった。

読んでいただきありがとうございます。


あんけつ。暗い穴です。

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