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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
137/147

守兵:後

 何をいわれたのかを、彼らは一瞬理解できなかったらしい。

だからだろうか、彼らは動きを止め、しかしすぐに怒りを面にあらわした。

キースはそっと後ろに手でサインを送る。

―――撃て。

風切り音が歓迎されぬ来訪者へと飛ぶ。

咄嗟に動けた者は盾をかまえ、あるいは伏せた。

だが元より狙って撃ってはいない。

これはいわゆる威嚇射撃であると同時に挑発。

怒りの声が上がるのを見もせずに、キースは仲間たちを見回してにやりと笑った。


「さぁ、籠城戦だ」


 それに加えて、伝令兵を呼ぶ。


「やつらまだ裏口には気づいていない。街まで防衛の報せに行け」


 じらされたニンゲンは危険な生き物に代わりうる。

「こちらがわ」は固いと見れば、逆方向にある街を標的にするかもしれないという用心は必要だ。

なにしろ街は無防備に見えるのだから。


 その挑発は『勇者』たちの激昂の声をもって成功を知らせた。

悪口雑言を聞き流し、次の手を指示する。

ぐらぐらに沸かされた湯が鍋ごと運ばれてくるのを『勇者』たちはきっと知らないだろう。

自分たちが頭からそれをかぶるまで。

そう、頭に血の登った彼らは矢が止んだことに、魔法を放つことも矢を撃ち返すこともなく警戒も無く近づいてきて……その距離の間に沸いて運び込まれた熱湯に、けたたましい悲鳴を上げる結果になった。


「よろしく」

「任された」


 そして後を追うように、氷の刃……魔法が『勇者』たちに降り注ぐ。

今、この城は元からの守備兵に加え、連絡要員や追加人員として加わった四辺境伯家の兵たちもいる。

それがどれだけ心強いかはいうまでもない。

大混乱に陥った集団に、追加の熱湯が降り注ぐ。

どうやらこの集団の中に、回復ができるものはいない。

彼らの知る由もないことだが、回復はあの教団のニンゲンの専売特許とでもいうべきもの。

……それに今までの『封印行』において回復など必要も無いほど守備兵など簡単に狩れる存在だったのだ。

だが、今はそうではない。

手に火傷を負えば武器の扱いに障り、そうでなくても士気が削げる。

いわんや魔法を受ければ。


 もういいだろう。

キースは周囲を見回して、うなずく。


「帰るなら見逃してやる!」


 周りの兵たちも頷き返したのを見て、彼は声を張り上げた。

騒ぎ立てる中をかまわずいったキースに向けられるニンゲンたちの目には、憎悪しか灯っていない。

なんでお前如きがと、その目がいっている。

だが自分たちの負傷は事実であり、現実だとほかならぬ『勇者』たち自身がわかっている。

そしてまた、自分たちはこのままでは勝てないことも。


 少し後ろに下がった『勇者』たちの何人かが手を複雑に動かしはじめた。

魔法の準備動作に気づいた守備兵が、同輩に下がるように指示し、魔法兵へと合図を送る。

数人がかりで、守備側のスクウァーマの人魚、グラキエース、ヘルバたちも呪文をあわせて練り始めた。

双方の魔法が完成したのはほぼ同時。

火球がうなりをあげていくつも飛んできたのを、城壁の上、あるいは門扉に届く前に不可視の壁が弾き、消す。

弱体化さえさせられなければ、彼らは充分に『勇者』に対抗できる。

これこそが正しい力量であるというのに、『勇者』たちは驚愕に目を丸くするばかりだ。

どうしてと声に出せるもの、出せないものの違いこそあるが、こうなってしまえば大した違いではない。


「さあ、どうする?」


 どうする? どうするんだ?

そんな風に、『勇者』たちは守備兵たちからはやし立てられた。

元々籠城戦:攻城戦なんて、守る方が強いに決まっている。

それでも攻め落とせるのは籠城側の物資が尽きるというのがほとんどであろう。

だが今回の『勇者』たちは、……彼らの方が物資が乏しく、そして籠城している方は外から挟撃すらできる―――本来は城を封鎖してからがそう呼べるものだが、攻め手はそれができる人数ではない。

「たった三十人」と、「見える範囲だけで倍はいる守備兵」。


 ことここにいたって、「勝てない」というシンプルな結論に彼らはようやく達することができた。

前提すらとっぱらえばすぐに見つかる答えだけれど、だからこそ、その前提を外すことが許されないからこそ、彼らにとっては「ようやく」だった。


「やってられるか!」


 後方にいた何人かが叫ぶなり、魔法陣のほうへと走りだした。

そのうちのさらに二人ほどは、顔を抑える仲間を助け庇っている。

傷が酷いのだろうとそれだけでうかがえた。


 そこからは大崩れだ。

特に魔法が得手ではない者が多い戦士などの前衛は、魔法陣が上手く発動させられないのだろう、乗り遅れまいと身をひるがえすのも早かった。

だが魔法陣は、十人が限度。

押すな押すなで押し出されるのは、体力が低い、例えば魔法使い。

しかし魔法を扱えるものがいなければ魔法陣は発動しない……。

ジレンマのおしあいへしあいは、放っておいた方がよい。


 そうしてなんとか……三十人が残らず光の向こうに消えると、キースは同輩を振りかえった。


「……追い払ったぞ!」


 吸い込んで張り上げた声に、大きな歓声がかえる。

彼らの中には、かつて襲撃で傷を負ったもの、それに続く亜竜の襲来で同様に怪我をさせられたものがいる。

そんな彼らからすれば、相手は違えどリベンジに成功した、その大きさ。


「だが油断はするな! なにがあっても、陛下が戻られるまで守り切るぞ!」


 その声に、また応じる声があがった。



 がたん、と落ちるようにして魔法陣からあらわれた『勇者』たちを見る目は……彼らが恐れていた侮蔑のものではなかった。

彼らの向こうに視点をあわせた、絶望の目。

かの国を制圧することはもはやかなうまい……それを知った目。

今までは何も案ずることはなく確実に魔王もろとも倒せてきた、単なる兵卒たち。

だが数で勝るあちら側が、こちら側に勝る実力を持っているとなれば、本来の軍を送らねばならない。

どれほどの糧食、どれほどの期間、どれほどの軍備、そしてどれほどの命が『魔王討伐』に必要か。

もはやそれらのコストを負担してまで……と、討伐に二の足を踏むことになった。

読んでいただきありがとうございます。


ユーニスが用意した魔法陣はちゃんと往復でした…というよりも、彼女は「往復用しか描けません」。お手本はそれしかないし、そも転移魔法そのものが使えないから、根本から理解できているとはいえず、アレンジができないのです。

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