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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
136/147

遠景:魔女の誕生

 床にぼんやりと光る魔法陣。

それを前に昏い目で集団に進むように指示する女がいる。

深くかぶったフードの下に、さらに鼻から下を隠すようなフェイスベールを身に着けている。

いや、それというより、面布というほうが似合う分厚さだ。

その武骨さは、女に妖艶さよりも医師やらなにやら、そういった雰囲気を与えていた。

ましてや、唯一見える目の近辺。

そこだけでも美しいとわかるが、その目に光は無い。

女はただ淡々と、急かす。


「どうしたのですか。あなたがたも『封印行』に参加を許されたのでしょう?」


 刺々しい物言いに、集団の中の一人が顔を歪める。


「ああそうだ。だが今回はおかしい。魔王が強すぎる」

「だから行くのでしょう?」

「ちっ!」


 進み出るものたちが光の中に消える。

文字通り、消えてしまう。転移したのだ。

その事実を確認して、歓声があがる。……できると思っていなかったのだ。

彼らの前にある魔法陣は、頭巾の女が彼らの前でチョークでまたたく間に描いてしまったもの。


「さぁ、次の方もどうぞ」


 魔女、としか呼べない姿かたちの女を、魔王の国のものがいたならば……どれほど隠していたとしても彼女の名を正確に言い当てただろう。

ユーニス・ナイセルがそこにいると。


□□□


 彼女は牢から逃れたあと、他の大陸に用意していたセーフハウスに向かった。

ナイセル家だけで用意していた家で家族に再会することはできたものの、再起を図れるほどの気力は残っておらず、息をひそめるように生活していた。

いや、残っていなかったわけではなく、避難の中で削れてしまったのだろう。

ニンゲンにとっては、ナイセル家のものだろうとなかろうと、かの魔王の国のものであればすべて倒すべき魔物。

「それ」に耐えきれなかったのだと悟ると、ユーニスはそのさまに呆気にとられた。

彼女はダイオプサイト家からの嫁入り。

下位五貴族からの引き抜きという形ではあるが、望まれてのものだったというのに、家に入った彼女を待っていたのはいわゆる嫁姑……に収まらない扱い。

ほぼ使用人のようなそれから脱するために必死であった。

魔力を認められたとはいえ、それはテストの第一段階。

魔法陣の作り方を学び、作った。作り続けた。

そうしてやっとの思いで当初の立場から脱し……その末が、これだ。


 ユーニスの中で昏い喜びが声をあげた。

こいつらはもう、私よりも下だと。


「ユーニス」

「ユーニス、魔法陣を」

「ユーニス」


 助けを求め、呼びかける声に美しく微笑んで、彼女はその場を後にした。

セーフハウスはもうひとつ。

当主たち同士であつらえた場所がある。

そちらの方がまだ暮らしやすいかもしれない、という希望は、死臭によって潰えた。


 上位五貴族の当主やそれに近いものたちで共有するセーフハウス(ユーニスの夫は「混ぜて」もらえなかった)。

ニンゲンたちを介して手に入れたそこは、山中の秘された屋敷で、断崖に張り付くようにして建てられている。

日本でいうところの投げ入れ堂のような形を想像すればわかりやすい。

出入りこそ難しいが、水は滝を利用して存分に使える。

だがユーニスが出入り口である魔法陣に立った時、滝の音以外は屋敷の中は静まり返っていた。


「ハリエット?」


 中でも女性同士でそれなりに親交のあった名を呼んだが、返事は無い。


「だれか、いないの?」


 中を歩いて、しばらく。

食卓に伏せるオリヴァー、寝椅子に横たわるエドマンド、書きもの机に伏せるトバイアス、浴室の水に浮くハリエットを見つけた。

エドマンドはわき腹に傷を負っていたが手当を済ませてあり、他の三人は傷らしい傷は無い。

そのことに気づいてすぐ、ユーニスは口元に布を何重かにして押し当てた。

傷は無いとなれば毒。

場所がばらばらということは空気に毒が流されている可能性があると気づいてた。

調査を続けて、それは用意されていた保存食に寄る死であるとユーニスは判断した。

そう、ニンゲンたちから買い込んだもの。

おそらく食事をとったあと、各々で休憩していたときに毒がまわったのか。

ここに逃げてくるということは、故郷で立場を失ったということ、つまり……相手からすれば用済みということ。

そしてしょせんは、『魔王』の国のものということ。


 ユーニスは急ごしらえのマスクの下でけたたましく笑いながら、その場に座り込んだ。

この場所だって、非常食、そのほか必要と思われるものだって……大枚をはたいてニンゲンから買い入れたもの。

それなのにそのなかに毒を仕込んだとは。

狂ったように笑って笑って、笑い疲れ果ててようやくユーニスはその哄笑を止めた。

自分たちが用意した豪奢な墓場に、これ以上いる気はなかったが、部屋中を回って必要なものを集めた。

こちらにあらかじめ貯めておいた換金用の宝石類、日用品、それから食料も。


 それから家族のもとにもどり、彼女が考える「まず家族に必要なこと」をしてやった。

それは子どもたちを故郷に帰すことであったり、家族それぞれに違うことだったが、……静かになったセーフハウスの中で、ユーニスは改めて考えた。

ナイセル家のものでなくなった私は、何をすればいいかしら。


□□□


 その結果が、今だ。


「あとは魔力を流せば大丈夫。到着後は魔法陣からどけばいいので」


 盛り上がるその場をそっとユーニスはあとにする。

ここまでくれば自分はもういらないだろうと判断して。

ハリエットたちのようにはなりたくはないと安全策をとってのこと。

にわかに慌ただしくなった城内でユーニスを、あやしげな魔法使いを気にかけるものはいなかった、

そっとフードとマントをとれば、中の服はありふれた、下働きのものと変わらない。

ユーニス自身が中央地帯の出身で、ニンゲンと大差ない姿かたちをしていることもあるから、目立たない。

そのまま彼女はそっと城外へと出て行った。


 そして、ユーニス・ナイセルはこの後完全に歴史から姿を消す。

こののち、魔王の国へと行かせてくれる魔女が噂になることになる。

我こそはという『勇者』が彼女を追い求めるのだが、帰ってきたものたちが戦果を口にすることはなかった。

またさまざまな毒を扱う魔女の噂もあったが、その魔女を探すものもまた、目的を果たせば行方不明になるという都市伝説じみた噂がついてくることになる。

読んでいただきありがとうございます。


ユーニスさん、ナイセル家の後始末をしております。

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