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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
135/147

守兵:前

「そんなこと、……そんなこと! あるわけがない!」


 守備兵の一人、『魔王』と同じくらいの歳の少年が声を張り上げた。

彼はまだ軽傷だったのだろう、治療を受けていない。

それでも派手に顔を擦りむいて、涙を目に浮かべながらも必死で抵抗している。


 こういうニンゲンを『勇者』に仕立てるのだろうなと、冷めた気持ちで『魔王』はその少年を見た。

主役にふさわしい、勇気のある……

もし次があったなら、この少年であったかもしれないとも。

だがもう、次は無い。


「では聞き方を変えよう。今まで通りに治す、そのために前よりも疲労するようになっていないか?」


 その少年の上を通り越し、『魔王』は『教女』に問いかけた。

ふ、と『教女』が己の胸に手を当てる。

厚いヴェールで表情どころか目鼻立ちも見えないが、動揺しているのか少し彼女は身を引いたように見えた。

『魔王』は種まきができたと確信した。

必要なのは不信の種をまくこと。

もう前のようにはできないのではないか、という……。


「お前たちが何を考えて、期間を半減させたかなど、我らは知らぬ。だがそれが、これから先この国におけるすべての凶事や災いの源と知れ」

「いや違う! ここでお前を倒せば!」


 少年が吼える。ますます『勇者』に相応しい。

相手をしてやらずともよいが、……いっそ、本気でこの一帯をどうにかしてしまおうか。

『魔王』の中で、陰りが揺らめく。

父と叔父の時代の虐殺。あれを今ならそっくりそのままやり返す……いや、九十五年前から続けられてきた、デタラメの封印のための虐殺を考えるなら、それで足りるものか。

あの『教女』ごとその後ろにいるものたちを消し飛ばし、この都のみならずこの国全体を焦土と化して、思い知らせて……。

今なら、それはできる。そうだ、『魔王』としては、それが正しいのではないか、そう『魔王』の中の陰りがささやく。


「魔王!」


 勢いのいい声に『魔王』は我に返った。


「ここの魔法陣は消したぞ、これでこいつらはもうやってこれない!」


 その一言で、『魔王』はゆっくりと深呼吸した。

その気になれば、そうすることはできる。だが、しなくてもいい。

そう……あいつらを否定するならば、虐殺などするべきではない。

九十五年の恨みつらみをぶつける相手としては、あまりにもあっけない。

国を、地域を、父祖たちを殺してきた『勇者』そのものではないということもあるだろう。

国全体を恨むことはできるが……この国の生き残りになるはずだったものたちと、これを遠く見ている他国に討伐の大義名分を与えることは無い。


「……ふふ」

「どうした?」

「いいえ、なにも。なんでもありません」


 気が済んだとばかりに肩の力の抜けた『魔王』は微笑む。

彼があらためて周囲を見ると、レオンシオをはじめとした周囲は苦笑している。

そのころには『教女』の周囲の人垣はだいぶんと厚くなり、強気になったのだろうものたちが彼らに刃をむけた。


「我が国は自由だ。もう我が国に手を出すな。繰り返すが、お前たちに女神の助力と大義はもはやない。……帰るぞ」


 『魔王』はそんなニンゲンたちに改めて淡々といってのけた。


「ええ陛下。おおせのままに」


 ウツギが返事をし、他三人が無言で従う様子を見た『魔王』は彼らにうなずいて、踵を返す。


□□□


 そのころ、魔王の城の城壁上の回廊を見回りしていた守備兵が慌てた様子で仲間を呼んだ。


「おい、なんだあれ!」

「へ? いや、わからん……」


 城の周囲は『勇者』から城以外を守るため空白の草原地帯となっている。

その一か所、丈高い草の生えているあたりが、風も無いのに大きくうねっている。


「北か東の誰かを呼んで来い、早く!」


 やや年かさの兵が若い兵にいい、すぐに話が伝わる。

たまたま城に品物を納入しに来ていた商人は城壁の内側に戻され、門も閉ざされる。

それとほぼ時を同じくして、件の異常のあった場所は円形に光を放った。


「『勇者』だ!」


 兵たちの中にいた経験者が叫び、それに周囲の兵たちが身構えた。


「弓兵を呼んで来い!」

「城内、避難を伝えろ!」


 錯綜する声も知らぬかのように光が膨れ、収束し、幾人ものヒトのかたちがあらわれる。

守備兵たちはひとまず城壁を遮蔽として身を潜め、その様子をうかがった。

あんなところに魔法陣があったなんて、誰も思いもしなかった。

おそらくは上位五貴族が用意したものだろうが……。


 現れたニンゲンたちは、その場から少しずれるように移動して周囲を見回している。

再び魔法陣が稼動し、追加がやってくることを教えた。


「弓兵、魔法兵、到着した。前を開けてくれ」


 弓を手にした兵たちと、はるかに軽装の兵たちが、それまで前に居た兵たちと場所を代わる。

その間にも他の守備兵たちは各々の武器を用意し、門の内側に閂ばかりではなく重い箱だの樽だのを積み上げ突入に備えている。

文官やメイド、下働きの者たちは来訪者も避難用の隠れ場所に案内し、その前に守備兵がたつ。

さきほどまで厨番のものたちが作っていたものは作業台に移され、空いた竃では火が盛んにおこされて大鍋の水を熱している。


「湯は沸き次第門の上へ。次を沸かすのを忘れるな」

「わかった!」


 キースをはじめとした分隊の隊長たちが次々と指示を出す。

そうやって、計三回、合計三十人の『勇者』たちは城をうかがう様子……偵察のつもりだろうか、を見せている間に迎撃準備と非戦闘員の避難がほぼ終わっていた。


 そして『勇者」たち全員が城門へと近づいてくるのを見計らい、キースは仲間たちにうなずいてそのニンゲンたちに向けて叫んだ。


「何用だ!」


 三十人のニンゲンは、キースの呼びかけに不遜な笑いを見せた。

いやむしろ、バカにしきったような笑いだった。


「何用、ってみてわからないか? お前たちを倒しに来たんだよ」


 勇者でーす、などと場違いな声まで聞こえる。

彼らはおそらく、今期一度目二度目の『勇者』がどうなったかを知らない。

あるいは知っていたとしても、魔獣も四天王もいない、魔王もいないことが油断を呼んだか。

なにしろ前の二回の『勇者』たちが相手にしたのは強敵とされるものたち。

だが今彼らの前に居るのは、単なる守備兵。

つまりたいした相手ではないと舐められている。


 それを気取った守備兵側の雰囲気が一気に険悪なものになり、その中でキースが仲間たちを見回して、うなずいた。

やるぞ。構えろ。


「倒せるものなら倒してみろ!」


 笑いを籠めた声で、彼は挑発しかえした。

読んでいただきありがとうございます。

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