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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
134/147

教女

 自分たちの情に訴えながらも、もうすでに目は怪我をした兵たちのほうに向けられている。

そんな『教女』はどうやら兵たちの治癒に出てきたようだとわかったのは、彼女が手を握る相手がむくりと起き上がったからだ。

気合いの声とともに、兵はまた剣を手にする。


「この奥にいるのは刃も持てぬ弱きものたちばかりです。なぜそのような場所に攻め込もうとするのですか!」


 なるほど、弱者を守るために己の身を盾にしようと。

わかりやすい善悪の構図のできあがりだ。

また、『教女』の芝居じみた様子からして、おそらくはタヌキのことばによれば『中継中』なのだと『魔王』には見当がついた。

なんともグロテスクなことだ。

自国の蹂躙、それすらも喧伝の材料にしようなどと。


 うんざりとした思いでそれを見ていた『魔王』の視界の端で、緑色の蔦が蠢いた。

『魔王』がそちらに目をやると、ウツギがもの言いたげにしている。

コーコーセーが来る前、一度ウツギが魔王を演じたことがある。

それを利用すれば、『魔王』は安全だ。

しかし『魔王』はそっと首を横に振った。

それから、ひとつうなずく。任せてほしいと。


 そして彼はレオンシオの背からすら、降りてしまった。

その間にも『教女』は何人もを立ちあがらせ、己の前に盾を作りつつある。

それでも『魔王』はそっとレオンシオを手で制しながら、『教女』に向き合った。


「我々は、我々に課されていた契約を破棄する……否、お前たちは己の欲深さによって自分たちの方こそが契約の条項を破った!」


 懐から取り出すのは、赤い書面の古びた書類。

だが彼らはなにが出てきたのかわからないらしく、目を丸くしている。


「封印行の間は十年。それを破ったため、この書面は無効化される」


 契約である以上、互いに同じ文面を持っているはずだ。

それがこの反応。

何を言われたかわからないというそれは、契約の存在すら知らなかった可能性もある。

これだけ大規模な……ことによれば数百人をたった十人が倒せてしまうように弱体化させる、神の名による契約だ。

強力なものほど反動は大きい。

破ったとなればなんらかの罰のありそうなものである。

すでに第一段階として、この国からかの女神はいなくなっているのだから……。


 緊張する『魔王』は、己の中の鼓動がうるさくてたまらなかった。

契約の羊皮紙を突きだす手が震えてしまいそうだ。

なんでもない顔を作りながらも『魔王』は耐えていた。

この光景を、まったく安全な場所で見ているこの国以外のニンゲンたち、彼らにむしろ見せつけるつもりで。

それは虚勢かもしれないが、耐えきれば虚勢ではなくなる。

彼らの言葉を借りるなら、魔王の封印は、既に破られたということを知らしめねばならない。


「お前たち有責の破棄だ。お前たちの送り込んでくる勇者どもにも、お前たち自身にも」


 吸い込む空気を身体の内に満たして、『魔王』は声を生み出す。


「もはや女神の助力は無い!」


 『魔王』の背後にいる、四人の異形が周囲を睥睨する。

その目の力に、その足元でのされていた守備兵たちが必死でその場から逃れようとする。

そして『教女』の周囲で回復した守備兵たちはといえば、逆に盾やらなにやらを手に、彼女の守りを固めている。

だがそれをかき分けるように『教女』は前に出た。


「いいえ、いいえ!」


 まるで『魔王』の言葉を掻き消さんとするかのように、強く。

そして堂々と彼女は前に出る。胸を張る。


「女神さまのお力は、ここにあります。決して失われることはありません! なればこそ子の兵たちも回復したのですから!」

「教女様」

「教女様」


 いつのまにか、『教女』の背後の扉が開かれていた。

中にいる……守られていた女性や子ども、老人、傷病者が身を乗り出さんばかりの様子で『教女』の名を呼ぶ。

祈る形に合された手は、『教女』自身を女神の似姿と見ているのだろう。


 完全な悪役だなぁ、などとふと笑いが『魔王』の口元に浮かぶ。

自嘲のそれが、余裕ゆえのものとは彼だけが気づいていない。


「……本当に?」


 ますます高くなる『教女』を呼ぶ声に負けぬよう、本来は声を張り上げねばならないはずだ。

だがあえて『魔王』は穏やかに言った。


「本当に、まだ女神がここにあると、思っているのか?」

「何を馬鹿なことを」

「その治癒は、完全か?」

「え……?」

「まだ腹に打ち身の痛みは残っていないか? 腕や足にしびれはないか? 動こうとしたときに痛みや障りは? 動きにくくなっていないか?」


 淡々と。淡々と。

『魔王』は思いつく限りの、傷の残り香……わずかな違和感を挙げていく。

そんなことあるわけがない、口ではそういっているのに……兵たちは顔を見合わせた。

今まで全快していたからこそ、その小さな違和感に気づいてしまっている……。


 その中で、『魔王』は穏やかなまま口をつぐんだ。

まだ回復の為されていない、うちのめされたニンゲンの兵たちのただなかで、荘厳な衣装で佇み、四人の異形に守られる少年という姿は、間違いなく不気味なしろものだろう。

ならばかえって、穏やかでいるほうがいい。

それが『魔王』の判断だった。

そうやって揺らせるだけ揺らしていれば、時間は稼げる。




 その場の叫びは、決して外に漏れることはなかった。

スライムに呑まれた瞬間に、声はその内側を震わせて……表面に伝わるまでに消えてしまう。

ゆえに、スライムに襲われたものたちの声は、ドアのすぐそばにいた兵にすら聞こえなかった。


 地下に造られた魔法陣の部屋に、音もなく侵入したスライムは膨れ上がったその体をつかって、中にいたものたちを呑んで制圧した。

さらに体内を移動させ、魔王の城内にいた監視者、密偵たちを拘束したときのように、鼻からの気道のみを残して口内をスライムで埋めることで声を出せないようにする。

当然手足はスライムの中だから、どんなに暴れても体力を失うだけ。

だがスライムというものは基本的になんでも消化してしまう。

体を包まれるどころか口から中に入られれば……そこから喰われると思って抵抗「してしまう」のだ。

今はそうではなくとも、いつ溶かされるか。


 しかし、スライムの消化は彼らにではなく、床に向けられていた。

地面に麗々しく、金色で記された魔法陣は、金の塗料どころか床面のその表面ごと溶かされていく。

すぅっとなにもなかったかのように、床には何もなくなってしまった。

痕跡ごと溶かしてしまえば、復元もできない。

これでこの国と、『魔王』の国をつなぐ魔法陣は消滅した。


 タヌキは知っている。

技術は前に進んでいくばかりではないということを。

高度なものであればあるほど、一度技術が失われれば再現不能なものはある。

この魔法陣も「それ」だとタヌキは見当をつけた。

それに魔法陣は二つ一組、少なくとも魔王の城内の魔法陣はもう使えないように壊してきた。

今までのようにやってくることはできないだろう。


 一仕事終えると、タヌキはそれまで放っておいたニンゲンの目をスライムで覆った。

今度こそ食われると思ったのだろう、疲れ切った人質たちは気を失った。

これが「仕上げ」。

このために部屋の中でおきたことは、誰にも気づかれることは無かった。

読んでいただきありがとうございます。

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