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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
133/147

進軍

 足音と、その足がうむ地鳴りの中を『魔王』たちは進む。

総数百騎あまり、それほど多くはない。

だからこそ『魔王』は勢いというはったりを貫かねばならないと知っていた。


 その彼らに先行するのは、文字通り生きている津波。

スライムに化けたタヌキが壁の如く立ちあがり、そのまま彼らに勝る速度で都めがけて押し寄せる。

この都は内陸にある。

タヌキの化けたものがなんであるかを正確に知るものがないためか、壁の上のニンゲンたちは呆然とするばかり。

タヌキが水にはありえない、ぬるりとした生物じみた動きで門を乗り越え、閂を包み込んだのを見るまでは。

閂が折れる音も、扉を開ける音も、スライムの中に閉じ込められてニンゲンたちには聞こえなかった。


「待て!」


 扉が開かれるのと、『魔王』たちがそこに着いたのはほぼ同時。

騎馬隊の勢いを前にしてとっさに身を引いたのは民兵たちばかりではなく、守備兵もだった。

さらにスライムの波は先導するように、また大通りを奔り始める。

まっすぐに、まっすぐに、抜けていく。


「行くな!」

「やめろ!」

「止まれぇっ!」


 『魔王』はそれを聞かぬように顔を背け、ただタヌキの透明な背面だけを見続けた。

タヌキの腹鼓の効果か、好戦的なものたち以外は外に出ていないようで人影は無く、都の奥の大きな建物までまっすぐに道は開けている。

「そこだ」、そうタヌキの進行方向から理解して、『魔王』は無言で進めと指示をし続ける。

一塊となった騎馬隊の行軍を、手に武器があるとはいえ「それだけ」のニンゲンが止められるはずがない。

さらに彼らの周囲に展開している赤い兵士は、切りかかるどころか触れただけで目がくらむ上に倒せない。


「やめてくれ!」

「止まってくれ!」


 もはや悲痛な懇願となった声を置き去りにして、一行はさらに進んだ。

ここまで来れば立ちふさがる守備兵もあったが、タヌキはそれを呑みこんでは脇へと忙しく吐きだして道を作る。

もちろん急いでいるから顔の周囲に空気泡を作ることもできず、ただ体内を流して放りだすだけだ。

……そういった扱いをされてすぐ立ちあがり、追うことができるほど人体は頑丈にはできていない。

守備兵たちが体を起こせるころには、百騎はすでに先に行ってしまっていた。

そして、いくら耳を塞いでいても振動は伝わる。

元々家から動けなかったものたちは、ますます家の奥へ、あるいは子どもを水甕や箪笥の中などに隠して息を潜めていた。

もちろん大多数は外など覗こうともしなかったのだが、その様子は不思議と、本場の百鬼夜行の折の民たちと似通っていた。


 この国の首都は広くはあるが、馬(あるいは馬のようなもの)がまっすぐ駆けるならば、中央部までさほど時間はかからない。

ましてや、壁の中には防衛に使えるような壁も石垣のようなものもない。

百騎が立ち止まったのは、この都でもっとも大きく高い建物の前。

そこに残る守備兵が立ちふさがっている。

十重二十重とまではいかずとも、ありったけの兵力が出ているのだろう。

目標とした建物の入り口まで、ヒトの壁ができている。

だが必死の形相で―――歯の根までがたがた震えているのがわかってしまう―――こちら側に剣や槍を向けるものたちの姿は、『魔王』には今や滑稽で、憐れにすら見えた。

この場を守るものであるというのに、なんと肝の座っていない事かと。

そう、ここを守る兵たちの相手は、せいぜいこの都のなかのニンゲン。

攻め込むことも攻め込まれることもないまま、だったものたち。


「陛下」

「……かまわぬ。蹴散らせ」


 うながすようなレオンシオの声に、『魔王』は己でも驚くほどの冷たい声で応じた。

狙いも構えもあったものではない剣先や穂先。

それらに『魔王』は何も恐ろしさを感じなかった。


 一年もたたぬ程度の過去、たった十人の『勇者』を前にしたときも、暴走するコーコーセーたちを前にしたときも、四辺境伯領のそれぞれの魔獣を目にした時も……あれほど死を近く感じたのに。

上位五貴族と相対したときは、あれほど己を奮い立たせようとしなければならなかったのに。

今は、恐ろしくもなんともない。

それが伝わってしまったのか、レオンシオが小さく笑った。


「おおせのままに。……掴まってろよ」


 後半の呟くような言葉と同時に、レオンシオがグリフォンの前肢を高く揚げた。

とたんに悲鳴がそこここであがる。

……彼の半身であるグリフォンは、このように平和な場所では英雄譚に聞くばかりであった。

獅子の絵も探さねば見れぬ場所で、馬ほども大きなグリフォンが、さらに視界を覆い尽くすほどに大きな翼を広げたなら、それに対する者にはどう見えるか。

悲鳴ばかりではない。

武器の落ちる音、鉄がぶつかる、兵たちがぶつかり合う音もそれに混じる。

門に居た守備兵や、民兵の方がまだ肝が据わっているだろう。

その前肢を降ろすと同時に、レオンシオは兵たちに突っ込んだ。


 こうなれば武器すら必要ない。

そこにいる兵たちを前肢で掴み、後ろ脚で踏む、それだけで十分だ。

そしてレオンシオの後ろにウングラの民が爪や蹄でそれに続く。

スクウァーマも豪快だ。

元より隊の先頭にいたのは、コアをはじめとするリザードマン。

彼らを切っ先にしたて、隊は一丸となって突撃した。

また両サイドはヘルバの蔦に足をとられ、グラキエースの冷気に手足の自由を奪われて、逃げるに逃げられず、結果中央に居るものたちの逃走を阻む壁が生まれてしまった。


 もう後はなんとか逃げようとするものが、右往左往して互いにぶつかりあうパニック状態。

規律などあったものではない。

いや最初から……この国に、そういった大人数の統率をとれるような軍隊のようなものはなかったのだろう。

そう思わせるような総崩れぶり。

これを立てなおすことは、もうどんな名将であったとしても無理だろう。


「やめて……やめてください!」


 荒げた声は、人垣が守っていた奥の建物、その扉からした。

まだ動ける兵たちはそちらの方へと必死で移動を始めたが、『魔王』はそっとそれを手で制した。


「どうして、このようなことを」


 白い長衣、白いベールには花が紅色で散らされている。

優しげな声は、その人物の慈悲深さを感じさせたし、扉のすぐ近くにうずくまっていた兵の手を取る動作からもそれはうかがえる。

ただしそれは、己の想う正しさに基づいた慈悲深さなのだということを、『魔王』は知っていた。

この国の女王のような、そうでもないような、そんな存在。

『魔王』が敗北を突きつけなくてはならない相手、『教女』は今は己にすがる兵だけを見て、その手を握っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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