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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
131/147

遠景:出現 後

 昨日のよく晴れた天気が嘘のように、昼近くなっても雨は止む気配をみせなかった。

湿度は高く、教都の周囲には深い霧も発生し、見通しがきかない。

そんな中で場違いなほどに明るくみえるタヌキのふるまいは、教都、そしてそこから水晶による映像を見ている教国のあちこち、また同盟国のヒトビトからすればひどく不気味だろう。

何もしてこない。

いや、次に何をしてくるかわからない。


 武器を得たヒトビトの高揚は、しかし教都を囲う壁の上に至った時点で消失した。

そこから見る魔獣は、あまりにも大きかったのだ。

あの大きさならば……飛びかかって来れば、この壁など簡単に崩せてしまうと思えるくらいには。

そして、彼らには「飛びかかってこれる」距離に、見えた。

人間は素手では猫に勝てないという。

だがその感覚はわからずとも、あまりにも巨大であれば理解させられてしまう。

理性やら知識やら、そういうニンゲンとして積み重ねてきたものではなく本能がそうさせる。

彼我のサイズ差は、ニンゲンとその手に掴めるていどの人形ほどもある。

とっとと逃げろ、そう本能が叫ぶのは当然だろう。

実際に幾人もが無意識に後ろに下がり、足を踏み外しかけた。

後ろにいたものがまだタヌキを見ていなかったので助かったようなものだ。


 この都に住んでいるのは、猟に出ることも無いものたち。

大型の獣は、ここに都が作られるときに狩り尽された。

だから命の危険があるとすればニンゲン相手くらいのもので、それだってここは治安が良いのだから特に警戒が必要なこともなかった。

本当に……平和な都だったのだ。


 彼らは恐怖を身の内から出さないようにするかのように胸を抑えたり、身を縮めたりして後ろに下がろうとする。

彼らの手にあるのはどんなに大きくとも、近くまで寄らなくては使えない武器ばかりだ。

あれに、近寄る……? そこに思い至ったものたちの心が揺らぐのは当然か。


 彼らの揺らぎを見たかのように、タヌキがぴょこぴょこと、いやこのサイズならドシンドシンというべきか、足を左右にあげて踊りはじめた。

腹を叩く動きはそのまま。挑発にしろ、実に不気味だ。

その不気味さに逃げようとするもの、激昂するもの。

頭に血が上った何人かが怯みを忘れて門を開けようとした。

すぐに兵たちに止められたものの、行かせてくれと訴える。

あの音、振動が耐えられないと。


 本来であれば、ここで武器を与えることで士気を高め、高揚で恐怖を忘れさせてにわか仕立てであろうとも兵にする心づもりであったのだ、彼らに武器を与えたものたちは。

だが、女神の加護を信じ、同じようなニンゲン相手であれば怯まぬであろう信徒たちは予想以上の大きさと、何をしてくるか理解できない存在を前に、その高揚を消し飛ばされたかたちになっていた。

この混乱状態で門を開ければ少数が突出し、たやすく撃破されるのは目に見えている。


「まだ教女さまは許可を出されておりません」


 抑えるものたちはそれを繰り返すばかりだ。

とはいえ教女は本来そのような許可を出したりしない。

彼らの口実に過ぎないものだ。

もう少し、もう少し混乱がおさまれば。


 その押し合いへしあいの間にも、分厚い雲に遮られてわからなかった太陽は空を進み続け傾き、やがて雲の向こうにいるままに光を失っていった。

と、そのとき……タヌキがさらに動いた。

前足を大きく拡げるように振った、と、雨が地面を叩くような音とともに、その巨体の前の地面にニンゲンがあらわれる。

一人や二人ではない。十人か、二十人か、それとももっとか。

ぱっと見て「たくさんいる」と思うだけの数。

そしてその誰もが、軽装ではあるが鎧を身に着け、手には長い槍をもち、頭には円錐形の兜かなにかをかぶっている。

少し変わっているのは、身にまとっているものすべてが赤いということ。

見慣れぬ姿ではあるが、間違いなく武装している。

……だが、ニンゲンだ。

少なくともニンゲンに近いか、同じ姿をしていて、ニンゲンと同じくらいの大きさに見える。

対処ができそうな、姿に見える。

この国のものたちのしるよしもないことだが、出現したのはいわゆる「赤備えの足軽たち」だった。

陣笠に腹巻、そして長槍といった最低限の装備の足軽たち。


 すぐに信徒たちの頭越しに、正規兵たちのやりとりが行き交った。

―――あれならば。

―――用心しろ、弓矢をもってこないと。

―――倒したら落ち着くはずだ。

―――そして門を開ければ、その勢いで。


「下がってくれ!」


 ややって、各々が弓を持ったものたちが壁の上へとあがってきた。

行進のような揃った足取りでこそないものの、訓練を受けたものの動きで、彼らは壁の上にある銃眼のへこみにあわせて並んだ。

すでに日は沈み切り、暗闇の中で不気味にタヌキとその呼び出した兵隊が浮かび上がっている。

まるで撃ってくれといわんばかりに。


「構え!」


 弓隊隊長の号令に、彼らは弓弦を引いた。


「撃て!」


 風を切る音が弓と矢から生まれ、銀の小さな流れ星は空を奔る。

篠突く雨に似た音とともに、矢は地上へと降った。

たとえ何十人いたとしても、槍ばかりで盾はないのだから、この斉射で崩せるであろう。

確実に射貫いたはずだと、射手ばかりではなくその場にいたニンゲンたちすべてが思った。

だが、赤い兵隊たちは誰も倒れない。

それどころか、射手たちのほうがばたばたと弓を取り落とし、うずくまる。

倒れた者さえいる。


「どうした」

「う、う……」

「目、目が、見えない」

「刺さった!」


 射手たちは例外なく目を抑えている。

弓に限らず視覚を奪われれば戦力になどならない。


「魔術か?」

「まずい、射手が」


 隊長格のものたちが騒ぐが、それぞれがそれなりの距離を取っての急ごしらえの布陣であったために次の全体としての行動を決定できない。

すべての隊が前面に射手をたたせ、しかもその全員が目がくらんだ状態に陥ったために動けなくなっていた。

ある隊長は別のものたちに撃たせようとしてすでに射手がいないことに気づき、ある隊長は負傷者をかばって退こうとする。


 一説によれば、敵軍の戦力を削ぐのは「負傷」でいいらしい。

救援に人手がとられ、戦える数が減る。

それは行動不能でも同じこと。


 そのとき、雨が止んだ。

すぅっと……雲が動いてできた切れ間から、月光が差し込む。

その光の中に、壁上にいたものたちは人影を見た。

十、二十、いや赤い兵隊よりも多くのものたちが、タヌキの背後から進み出てくる。

誰かが息を呑む音が聞こえてくるような静寂の中、四人の人影が月光の中、タヌキの前まで進み出てくる。


 一人は女、馬と見まがうほどに大きな白い狼に乗っている。

一人は男、木片でできているとしか思えない馬に乗っているが、木馬は滑らかに進んできた。

一人は男……のようだ。

トカゲが男の形になったような姿、そして乗る馬もイルカに似た尾を振ったのを見たものがいた。

最後の一人も男、ただしその下半身は馬と並ぶほどの体高のある獅子のものであり、さらには翼が月光を弾く。

その背に、もう一人誰かがいる。

壁上にいたもののうち、数カ月前にタヌキとともにあった姿を覚えていたものはいただろうか。

あるいは追い返された勇者たちの番の映像を見たものはいただろうか。


「魔王だ!」


 それははたして、木馬上の壮年の男か、獅子の男の背に在る少年のことか。

読んでいただきありがとうございます。

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