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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
128/147

出陣

 個人が持たなければならないものをしっかりと持ち、班で持つべきものは分けて荷物に加える。

よし、と集団のあちこちの誰かが、同じことを同じように口にした。

準備が終わったのだ。

城の中庭はいまや今回の出陣に参加する兵士たちで埋め尽くされ、並んだそれぞれが各々の乗騎の手綱を持っていた。

完了を知らせる言葉が波紋のように広がって……ふいに、静まった。


 静寂の中に衣擦れの音が響く。

ゆっくりと正装で『魔王』が中庭へと現れた。

その後ろに従うのはシリル。

ウツギ、コア、マカール、レオンシオは並ぶようにしてそれに続く。

いつも夕食のテーブルで見かける親しみやすい様子とは全く別の、そう、上位五貴族を追求したときと同じ、厳粛なもの。

それを見た前列の兵士たちは背筋を伸ばす。

後列の兵たちにはその表情は見えずとも、その雰囲気に彼らもまた呑まれ、次に起きることをただ待った。


 わずか数カ月前、衣装に着られているようにしか見えなかった『魔王』は、服のだぶつきこそその頃とあまり変わっていないはずだったが、しゃんと背筋を伸ばして堂々と振る舞う様子は、そのだぶつきすら威厳を持たせるに至っていた。

……ある意味、彼には自信だけが足りていなかったのだと証明するように。

だが『魔王』が前にしている兵士たちはそうは思わなかった。

ただ、俺たちの『魔王』がここにいる、と。


「みな、よく今日まで耐えてくれた。出陣の用意は、ここに整った」


 その静寂の中で『魔王』は口火を切り、ゆっくりと語り始めた。


「我々は、我々に課された理不尽を返す日を迎えた。みなの努力は、ここに実る」


 さざ波のように小さな歓声が生まれ、広がっていく。

波紋のように伝わるごとに、大きく、大きく。

それは、やはりさきほどと同じようにふつりと消えた。


「今回の出陣は、転移魔法を用いる。すでに班長から聞き及んでいると思うが、第一陣に配されたものは、転移後すぐ周囲の森に散り、班ごとにまとまって第二陣を待て。また両方が揃っても翌日まで、時節を待つ。このような行動をせねばならぬのは、私の力不足によるものだ。すまない」


 その静寂の中で『魔王』の説明が続くが、謝罪に対しては反する声もあがらず、かえって仕方ないというような仕草をするものたちが散見された。

夕食の席を共にする、あの小さな毎日の仕事がここで効いてきていたといえる。


「日が沈み切り、タヌキ様が行動を起こすことを合図として、我々も突撃を開始する。ただ一心に、都市の中央を目指せ。他の何かに気を取られるな。目にも入れるな。我々は、あれらとは違う。逃げるものは追うな。我々の目的は、かの国による支配を終わらせることだ」


 今度は逆に、同意の仕草が見られた。


「必ず、我々の手に、我々の国を!」


 わぁああああああ!

せき止められていたかのように、地面も揺るがすような大きさで歓声があがった。

それもまた一旦落ち着くのを待ってから『魔王』は視点を遠くに移す。

その視線の先にいるのは、中庭のみならず城壁にも並ぶこの城の守備兵たちだ。

『魔王』は小さく笑って、彼らへと手を振った。

守備兵たちもまた、それに歓声をもって応える。


「留守居を頼む!」


 また歓声があがる。

それこそが自分たちの務めであると、そうしている守備兵たちの先頭にはキースの姿があった。


 『魔王』が右手を大きく掲げる。


「これより出陣する!」


 出陣する兵たち、守備兵たちが剣や槍、それぞれの武器を抜き高く掲げて気合いの雄たけびをあげた。


□□□


 壮観さに、城内でそれを見守っていたアーリーンたち文官はそっと肩を寄せ合って涙していた。

彼らもまた、文官であろうとも死の期限が設けられている存在だった。

今代の『魔王』にかけてこそいるが、死から逃れられないことを覚悟もしていた。

だからこそ「勝ち目」を実感できる光景が嬉しくないはずがない。


「さ、今日も我らは我らの仕事をしようか」


 明日以降の、この国のために。

アーリーンの声に、残る三人はうなずきあって互いの机に戻り、書類とペンを手にする。

あの式典には代表としてシリルが出ている。

出陣の場にいるシリルは正式な『魔王』の側近、あるいは宰相としての服を着ている。

だがこの場にいるアーリーン、バイロン、メリンダ、レジナルドの四人は、彼らの正式な服装ではなく、動きやすい服に汚れよけの腕貫を付けた、いわば事務員貴族版とでもいえそうな姿。

それで十分。

自分たちは自分たちの仕事をせねばならない。

黙々と書類に取り組みながらも、彼らのそれぞれの口元には嬉し気な笑みが浮かんでいた。


□□□


 『魔王』の姿、そして出陣する仲間たちの様子に、キースは感激していた。

彼自身は決死の覚悟で兵士の募集に応じた。

腕っぷしに自信があったわけではない。

だが自分が家族に確実に金を遺せる手段は「これ」しか思い浮かばなかった。

喰いぶちが一人減るだけでも助かるし、十年後の給金の他にも、わずかではあっても毎月の手当てがある。

それを送金できるのも魅力だった。


 だからこそ……かの小さな魔獣が確認してくれと持ってきた契約書には目を剥いた。

自分がサインしたはずの内容と、まったく違う!

それはすなわち、彼が家族を裏切ったかたちにされてしまうということでもある。

そして濡らされてあらわれた、そちらにこそ見覚えのある銀の書面……。

これを貸してほしいという『魔王』からの頼みごとに、一も二も無く彼はうなずいた。

そこには、かの亜竜襲撃の日、自分を支えながら安全な場所まで運んでくれた今代『魔王』への恩義もあった。

が、なによりそのときまでに「この人は自分に悪くしたりしない」という信頼がキースの中で築かれていたことが大きい。

毎日の夕食時にテーブルで話を聞いてくれる、というのは、運命共同体としての意識を彼のみならず、守備兵たちのなかに育てていたのだが、なかでもキースはそれが強く働いていたといっていいだろう。

それを、一般的には忠誠心と呼ぶ。


 キースはその忠誠心をもって、この城を守ることを誓っていた。

守備兵である彼らは、四辺境伯の兵たちのような特異な能力はもっていない。

だがその四辺境伯家の兵たちとも訓練を積み、さらに新しい仲間も得ていた。

キースは、今度は負ける気がしていなかった。


□□□


 中庭の兵たちを前に、『魔王』は大きく手を広げた。

たちまちのうちに兵たちの半分が、その乗騎や荷物ごと、そして『魔王』ごと掻き消えた。

数分して、疲労した様子の『魔王』が再びその場に現れる。

彼は息を整えて、同じように手を広げた。

残りの人員と『魔王』が消え、そして三度あらわれることはなかった。

それまでの歓声とはまったく逆の、静かな、あまりにも静かな出陣だった。

読んでいただきありがとうございます。

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