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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
126/147

作戦

「なぁ」

「はい」

「……覚えてるか? ここから街まで見えてた時のこと」


 初代魔王の時代、すぐ近くの街は城下町だった。

『封印行』が開始されたあと、これに巻き込まれないように―――なにしろ立ちふさがったとみなされた、つまり行き合ってしまっただけで『勇者』にモンスターとして斬られるのだから安全のためには当然だろう―――街は城から距離を取った。


「ええ」


 『魔王』は目を閉じ、思い出すようにいう。

王子カエルレウスの記憶の中では、堀の向こうは野原ではなく街で、このテラスに立てば街の営みが見えた。

人魚たちが手を振ってくれたように、街のヒトビトが手を振ってくれたそれは、幸せな記憶だった……。


「それ、取り戻そうな。ニンゲンが来なくなったら、街と城を離さなくてもよくなるから」


 ぐっと力こぶを作るタヌキに、『魔王』は思わず笑ってしまった。


「でさ、ここからは作戦会議な。今どれくらいの人数、いける?」


 タヌキの問いかけに、『魔王』はぐっと力を込めた。


「七十五人です」

「おお! すげぇ数になったな!」


 現時点で攻め込む予定の人数は百と数人、それに加えて騎乗生物も含まれる。

二往復で全員移動できる計算だ。


「消耗は?」

「……すいません、二往復までです」


 休みを取らずに連続で使える回数がそれである、と。

申し訳なさそうな『魔王』だが、タヌキはうんうんとうなずく。


「そしたら休憩は丸一日とって、行動を開始しよう。大騒ぎすることで目をそらす」

「大騒ぎ?」

「おう、いきなりあいつらの前に軍隊を出すんだ」


 タヌキはわくわくした様子で『魔王』に告げる。


「いきなり軍隊出てきたらびっくりするし、しかもそれが弓で撃ってもへっちゃらなんだ。だって本体が豆だからな。豆に命中させるのなんて難しいだろ?」


 問いかけの形のこれは、兵たちにしたものと同じコールアンドレスポンスだ。

盛り上げて、気持ちを向上させる。


「本体が豆?」

「うん、豆を兵隊に化けさせる。こいつは撃つと、撃ったヤツは目を回す。やばいだろ?」

「それは、焦りますね」


 その内容はさらに景気のいいものだ。

目に見えて『魔王』の雰囲気が明るくなるのに、さらにタヌキはうんうんとうなずく。


「喜左衛門狸様直伝の秘術なんだ。こいつで敵の目を欺くし、消耗させる。これは由緒正しい、対軍用化け術なんだぞ」


 フンスとタヌキは胸を張る。

喜左衛門狸とは、四国三大狸に数えられ、知恵者として知られる狸。

苦戦を聞きつけ、日露戦争に出兵したと伝えられている。

が、『魔王』がその話を知れるはずもない。

「これの介抱で人手がとられるし、相手もびびるわけだ。んで」


 そしてタヌキは『魔王』を見た。

真っ黒な、底も見えない獣の目。

シリルと『魔王』が魔法の目と呼んだ、黒々とした目。


「立て直しができないうちに突撃を仕掛ける」


 今度は『魔王』がうなずく番。


「あいつらの水晶玉のたぐいだけど、俺の考えが正しければ、あいつらは俺が出現したら使い始める。あいつらの味方をしている国にそれを中継……ええとな、音と光景を見せさせ続けるんだ」

「我々が、来たということをですね」

「魔法陣を使い始めたら、あっという間に飛んでくると思う。一気に増えるとは限らないけど、それでも向こうの戦力だ。俺が先に入り込んで、あそこの地下の魔法陣をさっくり無力化する。突撃が始まったら、俺のことより集団に目が行くからな」


 ひとつひとつ、タヌキは説明していく。

目をそらさないまま、じっと『魔王』を見続けて。


「ここまでで、手順でわかりにくいことないか? あと弱点」


 しめくくりのようにタヌキが話を終える。


「そうですね。……突撃までの間、人数が多くなったままで時間を過ごすことになりますが、森の木々だけで防げるものでしょうか」

「そりゃ大事だな……。あいつらの兵隊はたぶん俺に近づいてくるだろうし、その過程で見つかりかねないか。少し前進して、森を背にして庇えるようにしようか? 視点をずらすんだ」


 『魔王』も考え込む。

二回の往復で出兵予定者全員を向こうに送れるとはいえ、どうしても一回目と二回目には時間差が生じる。

その上で一晩程度、脱出のために『魔王』の回復を待たなくてはならない。

見つかれば最悪の場合、うやむやのうちに侵攻を始めねばならないので突撃の迫力が減る上に敵同盟国からの戦力投入がはじまってしまう。

魔法陣が運べるのは十人までとはいえ、使うニンゲンは選ばないのだから。


「イリイーンの兵たちに、霧を作ってもらうのはどうでしょうか?」


 かつて西方領で使った冷気の壁。

あれは見た目は霧の帯に近かった。

湿度があれば、冷やすだけでも霧で周囲を覆い隠せるだろう。

だができれば雨天、最低でも曇天と気候条件がついてくる。


「水気についてはエルアの兵たちの水の魔法をあわせて使えば……」

「あるのか?」

「水を呼ぶ魔法があります。攻撃魔法ではなく、もっぱら健康を保つためであるとかの、細々した使い方をするためのものです」


 南方エルア領、スクァーマたちの、水気が必須というわけではないがある方が好ましいという環境を整えるためのもの、であるらしい。


「じゃあカッパとかも用意しないと。あ、でも逆にカンカンに晴れてたら霧は目立つな。カッパを迷彩模様にして、んで。あ、もっと本格的にギリースーツ……」


 タヌキは腕を組んで、まだこの世界にはない概念と言葉で考える。


「開けた場所だから、転移したらすぐ茂みの中に入って……」

「タヌキ様?」

「うん? ああ……今、遠征用に集めてる陣幕、何色?」

「ええと、黒に近い色であったかと」

「よしっ! 上等上等! まんま使えるな」


 本陣を示すように旗印を立てる、というのはタヌキのいた地球では合戦ものなどでおなじみだが、今回は本陣ここにありを示し続ける必要はない。

木々の影を利用するだけではなく、さらに紛れる細工をして、見つかりにくいようにしよう、とタヌキは説明する。

そして、敵国のあの都市は件の本拠地よりも高い建造物は無いため、樹冠の下に入れば上からの発見も難しくなるだろうと。


「回復のための時間を考えると、夕方の視界が悪くなったあたりで転移するのがよさそうだよな」

「そうですね、我々は夜目が利く者が多いですから」


 よし、とタヌキは相談の末にまたしてもうなずいた。

これで仕上げとばかりに。

そんなタヌキの様子に、少し『魔王』は肩の力を抜いたようだった。


「なぁなぁ、お前の名前はなんていうんだ?」


 その隙間を突くようにして、タヌキは問いかけてみた。

きょとんとした『魔王』は、少し間を置いて口を開く。


「私は魔王ディータイクで」

「いやそっちじゃなくて、お前のもともとの名前のこと」


 タヌキの言葉に『魔王』は目を瞬かせる。

つまり、先代を継ぐ、その前の……単なる一少年であったころの名前だ。


「カエルム、です」

読んでいただきありがとうございます。

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