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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
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依頼

「さみしくなっちゃったなぁ……」

「まぁ、仕事が減ったと思えばね」


 コーコーセーたちのいた部屋を掃除しているメイドたちがおしゃべりしている。

彼女たちは年頃が近いこともあって、コーコーセーたちと交流もしていた。

それも聴取というより、今の彼女たちがしているようなおしゃべり、そのレベルの交流だった。

異世界の話は彼女たちにとっては思いもかけない娯楽であり、彼女たちの中で字を書けるもののなかには、聞いた話を書き残すものまでいた。

「いずれまとめて本に……」と作者は野望を語る。

だが今は、去ったものたちの後片付けが最優先だ。


 ベッドの上のシーツ、毛布、それから枕をそれぞれまとめてカートに載せて運び出していくもの、空っぽになったベッドをばらばらにするもの、それを運ぶもの、なにもなくなった床を掃除するもの。

ベッドとはいえ、三十人分を用立てるために、木箱を何個か組み合わせてそれらしい形にしただけのものだ。

寝具を片付けてしまえば、メイドたちにも運び出すことはできる。

空っぽになった部屋は、倉庫になる予定だ。


 もともと、この城は『封印行』の舞台として残されているようなもの。

『勇者』の活躍を映えさせるために重厚な見た目をしている……が、ために、居住性はよくても砦のような戦時のための機能性はあまりない。

貯蔵のための倉庫が足りないのだ。

(……なにしろ先代が建てるまで、四辺境伯のための兵舎すらなかった)

貯蔵は意外に場所を食う。

結果、上位五貴族が自分たちのエリアにしていた広間だの私的スペースに浸かっていた部屋だのも、今は倉庫になってしまっている。


「はー……なんかもう懐かしいよ。ねぇ、あのさ、コーコーセーたちってニンゲンだったのに」

「だめ」


 年上の方のメイドが相方の発言を止めた。


「コーコーセーはニンゲンだけど、あの子たちは異世界のニンゲンだよ。……こっちのことを、たぶんあまり知らないから」


 彼女はいいだしたメイドより長く城に勤めている。

……五年前、先代『魔王』やその配下役となったひとびとの、最期を知っている。

もし隠れるのがあともう少し遅ければ、彼女も五年前のあの日、死んでいた。

その実感があるからこそ、彼女は同僚がコーコーセーたちに見出した希望を否定しなくてはいけなかった。

「異世界のニンゲンだから」、その区切りをつけなければならなかった。


「皆、お疲れお疲れ!」


 入り口のあたりからかかった声に、彼女たちは顔をあげた。

呑気な声の持ち主であるタヌキが、部屋の入り口で跳ねながら前足を振っている。


「食堂におやつ用意したから、休憩とってくれ!」


 メイドたちは顔を見合わせた。

ちょうどよく、一区切りついている。


「はぁい!」


 年下のメイドが明るく返事をしたのに、年上の方がほんの少しだけ顔を緩ませた。




 食堂には大きな平たい籠がいくつもと、茶碗が積み重ねられていた。

茶碗の傍には、ハーブティーの香りを漂わせるティーポットもいくつもある。

平たい籠の中は、甘い平蒸しパンがかすかな湯気をあげていた。

そして食堂には、コーコーセーたちの部屋掃除を担当していた以外のメイドたちもいた。

茶碗とパンを受け取り、テーブルに着いたメイドたちの前に、タヌキが進み出る。

コホン、とタヌキが咳ばらいをした。


「おやつ食べながら聞いてほしい。これからの作業工程とか、遠征中のことについてなんだ」


 コーコーセーたちが自分たちの世界に戻り、キツネによる数々の種明かしがあったことで事態は一気に動き始めた、といってもいいだろう。

コーコーセーたちの食料などの消費がなくなったこと、彼らに割く人手がいらなくなったということもある。

進める余力ができたといえばよかろうか。

だから以前に説明した工程よりも早くなった、とタヌキは説明する。


 遠征準備が整えば、いよいよだ。

メイドたちが顔を見合わせ、うなずきあう。

そう、四辺境伯領の魔獣を倒したとき、上位五貴族を退けたときと同じ、熱気の高まり。

しかもさらにもう一歩踏み込んだ段階。

無条件の喜びという初期のそれより、幾分ピリッとした緊張感を孕んでいる。


「それで、俺たちが遠征している間のことなんだけど、城内の人たちに協力してほしいことがあるんだ」


 あの国のニンゲンたちはコーコーセーたちに通信機あるいは盗聴器を持ちこませていた。

それらはすでに音声が入らないように保管され、あるいは分解して構造を調べられている。

実は似たようなものが上位五貴族の部屋で発見されていた。

置物に偽装されていたそれは、発見からあと当たり障りのない会話しか聞こえない場所に移動させられている。

もともと兵のいない場所ではあるのだが、さらにその周辺でも会話に気を付けてほしい、という。

城内にいた密偵達はすでに雇い主を見限るか、雇い主を失っていなくなってしまっている。

つまり、音声しかあの国はこちらを知ることができない。

逆に言うと、音声であればこちらの国を知ることができる、ということでもある。

「相手の様子がわかる」「相手のことを知れる」、それは戦略的には大きなアドバンテージだ。

だが、だからこそその利点に慣れ「すぎる」と見えなくなるものがある。

たとえば、相手に利用されているかもしれないという思考……。見つけられているはずがないという油断。

「何も起きていない」という偽装工作にこれを利用しない手はない。

わからないから知ろうとする。動いていないとわかっていれば、それ以上詳しくは知ろうとは

しない……。


 そのことで留守を守ってほしいというタヌキの言葉に、彼女らは真剣な顔で首肯した。

何も無かった、あるいは何もおきていないように振る舞う。

兵舎が空っぽになっていることを気取られないように。

メイドたちや文官であれば、『封印行』が始まればできることは隠れることくらい。

だが、それ以上に働くことができるというのは「役に立ちたい」という彼女らの想いを汲んでくれた……と思える。


 首肯しあう彼女らの様子を見ながら、タヌキもまたうなずいていた。

逆襲の遠征まで、あと……。

読んでいただきありがとうございます。

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