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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
120/147

異郷:オフィスにて

「おし、確認。接続に成功。転移開始」

「閻魔庁に行ってた班が戻って来たって?」

「上首尾。もともと向こうもそのつもりだったって」

「完璧だ。これ向こうの人間が泰山府君の祭りでもしないかぎりバレたりしない」

「閻魔庁の方もおかんむりだったぞ。あいつら絶許:意訳だってさ」

「ひえー。お気の毒」

「報告できたー? 回覧回してー」

「選抜終わったって?」

「三千匹からだってな。今回のことはそれだけおおごとだったわけだけど」

「医療班に伝達ー! 十一時に集合ー!」

「ホワイトボード、更新できてるー?」

「制服、全員分揃ったって」

「ミーティング、十一時から第一会議室に変更。資料準備できてるからねー!」

「だからホワイトボード更新しといてってば」


 大企業のフロア吹き抜けオフィスを思わせる、いやそのものの広いオフィスだ。

よくあるそれと違うのは、昭和の市場さながらに声が行き交っていることだろう。

声の主はといえば、オフィススーツに身を包んだ男女……いや、男女なのだが、てんでばらばらのそれぞれ動きやすい格好の、しかし男性は男性、女性は女性で一種類の顔をした集団だった。

スーツと顔が逆。

あるいは顔と体型と髪型に課金してないアバターといったところ。

書類をコピーするものあり、パソコンを操作するものあり、大きなホワイトボードに書いたり板マグネットを貼るものあり、段ボール箱を山のように台車で運ぶものあり……遠景で見ると、ちょうど群衆の中から特定の一人を探す、探し絵遊びの絵に似ていた。

ただ、その様々な人々は全員動き回っているため、難易度はかなり高いだろうが。


「高校生たち到着まであと五分、到着班準備できてる?」

「保護カプセル用意、スイッチオン!」


 電話による通信をしているはずなのだが、周囲がうるさいものだから受話器の向こうへ大きな声を出さざるを得ない。

そんなやりとりがオフィスのそこここで交わされている。

ばたばたと出ていく集団もあれば、同じくばたばたと入ってくる集団もある。

そうやって入ってきた集団はそろいの白衣を着ている。


「手が空いてるヤツ、十人くらい来てくれないか。処置の人数が足りない」

「わかった」「ちょっとまっててくれ」


 白衣集団のよびかけに幾つもの返事があり、返事をしたものたちの服装がジャージやTシャツなどから白衣や看護師の服に変わって、白衣の集団に加わる。

そう、忙しいオフィスに忙しい病院が加わった。


 そうして……会話の中で出ていた時間である五分が経過した瞬間、ぴたりと会話が止まった。

不安げな顔が、そろって息をのむ。ぐっと息を殺す。


「高校生到着! 先導含め三十一名、全員異常なし!」


 その静寂を破る声に、深い安堵のため息が幾つもわきあがったが、すぐに「カプセル準備できてるか?」「三十名分、オーケーです」「すぐ入れて!」「麻酔切らすな!」といった慌ただしい指示やそれへの応答が塗りつぶす。

白衣のものたちはそのころにはすでにその場にいなくなっていたし、また別のものたちが別の仕事を始めていた。


「記憶処置は?」

「三十分ほどで終了します」

「大人の方の定着もそれくらいで終了するから、ちょうどいい」


 だがそれも一山越えたという安堵が漂っていた。

とにもかくにも、一番最初の山場は越えたのだと。


 そんな中で、ふとすべてのその場にいたものたちが背筋を正し、一か所を見た。

誰かがこの場に入ってきたように。

そして彼らはそちらを向いて、一礼する。


「滞りなく、進行中です」


 代表して一人が、進捗を尋ねられたように『答える』。

空気が震え、しかしその中に含まれる『ことば』は、その場にいるものにしかわからない。


「まろうど様が?」


 その中にあったのだろう、まろうど様……客神が目を覚ましたと。

おそらくはかの神の力を無駄に使った召喚がすべて終わったから……。


「はっ、すぐに……! おい、厨に連絡だ! 御饌を!」

「はい!」


 走りだした女はジャージから割烹着に代わっている。


「湯殿の用意を!」

「自分が!」

「御入浴はすぐにとは限らない、清拭の準備と介添のしたくを並行しておけ。それから、香を焚きこめた手ぬぐいがあったな?」

「はい、ご用意を」


 次から次へと指示が飛ばされる。

その様子を見届けたのか、気配はすでにその場からいなくなっていた。

だが何人か……指示をおこなっていた、上長の位にあるものたちが入口へと向けて頭を下げ、見送りをしていた。




 オフィスの一角、仕切りがあるスペースでキツネ……キナリはパソコンでの入力作業に集中していた。

帰郷後に簡単な検査(なにしろ人手は全部高校生とまろうど様にかかりきりだ)を終えた彼女は、これから報告があるため、せっかく仕事のお伴にと用意されたコーヒーももなかも脇においたままでパソコンに向き合っていた。

下書きとして記していたものの清書であるために、画面とその横に置いた簡易な書見台に視線を往復させ、手元は見ずにキーボードをたたいていた。

その早いこと早いこと。

指が激しく動いて画面が文字で見る間に埋まっていく。


 入力が一旦終わったのか、彼女はキーボードから指を離して、ようやくコーヒーをすすった。

うなずいた彼女に、仕切りの上からひょいと一人の女性が顔をのぞかせる。


「おつかれー」

「ん」

「チョコも食べる?」

「いらん」


 女性体で、やや凝ったスーツのその個体は明るく話しかける。

が、顔はやはりアバターサンプル1番のような無個性なものだった。


「で、かわいいポンポコちゃんは無事だった?」

「あれがかわいいものか」

「でもかわいいんでしょ?」


 キツネの舌うちにも同僚は笑うばかりだ。


「アレのことより、まろうど様だ。お目覚めになられたらしいな」

「ついさっきね。衰弱が酷いらしいから、もう少しお休みいただくって医療班から連絡きてたよ。いやぁ……」


 しみじみと同僚はいう。


「あれだけの衰弱ってそうとうなもんよ。一体どれほど酷使されてたかって、医療班がつぶやいてた」

「ということは」

「回復に時間がかかるから、まだお戻りにはなれないみたい」

「……しかし、時間が無いのは変わらない。提出したらまたあちらへ戻る」

「ああ、これ伝言というか指令ね。向こう行ったら資料集めておけってさ」

「わかった」


 キツネがワープロソフト上の、印刷アイコンをクリックする。

少し離れた複合機から印刷する音が聞こえてくるのに、一呼吸おいてキツネは立ちあがる。


「ねぇ、いつまでその顔でいるの? コスパ悪いでしょ?」


 サンプル一番の顔は楽だ。お手本通りなので工夫もいらない。

どうせ自分の顔なんて見ないのだから、服に凝る方がよっぽど自分の気分も上がる。


「コスパで化けているわけではない」


 だがキツネは当然のようにいう。


「じゃあなんでその顔?」

「これが私の顔だし、アレにとっての私の顔もこれだ。換える理由が無い」

「……なんだ、やっぱりポンポコちゃんがかわいいんじゃない」

読んでいただきありがとうございます。


めちゃくちゃ忙しい事務所です。

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