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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
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謝罪

 帰ることができる、と聞いたコーコーセーたちは一瞬きょとんとして、しかし次の瞬間には喜びを爆発させた。

とどろく声に『魔王』はほっと胸をなでおろす心地だった。

自分とさほど年も変わらないが、それでもまだ子どもであるという少年たち三十人。

その家族はどれほどに心配をしていたことか。

それが家に帰せるというのだから。

女の子たちは泣いているものもいたほど。


「いつ? いつですか?」


 彼らのうち、代表として振る舞っていた少年が、彼らにそれを伝えたヘルバの兵へとつめよるような声をあげる。

ただ、つめよるとはいいながらも声には嬉しさが含まれている。


「落ち着け、人の子ら」


 そこにキツネが声をかける。

ゆっくりとした、それこそ落ち着かせるような声に、そちらを見た子どもたちの目が揃って丸くなった。


「狐?」

「狐だ」

「え、巫女服?」

「ええっ?」

「お稲荷さん?」

「なんで?」


 彼女の服装は彼らの故郷の神職のものであると『魔王』たちは簡単な説明を受けていた。

つまりこの世界にいるはずのない、コーコーセーたちの故郷のものであるということが一目でわかる。


「現世への案内は我が引き受けた。必ず日本へ戻すゆえ、安心せよ」


 コーコーセーたちが静まるまで待って、キツネは再び口を開いた。

厳かな声で告げるそれに彼らは喜び合う。

なにしろ故郷からのお迎えだ。

確実に帰れるというのがわかったのは大きい。


「でも……」


 水面の波紋のように小さな声が広がった。


「先生たちが……」


 その波紋の広がるに連れて声も喜びも沈んでいく。

三人の大人が死んでしまった取り返しがつかないことを思い出してしまった。


「お前たちが案ずることは無い。お前たちは、ただ家に帰ることのみを考えよ」


 キツネの言葉に、別の意味で場が静まる。

まるで声を奪われてしまったかのようなその様子に『魔王』はタヌキの目を覗きこんだときのことを思い出した。

そうだ、あんな風にうなずいてしまった。

少年たちが、今うなずいたように。


「よし、準備をしてこい」


 いいつけられるままに、ふらふらと少年たちはその場を去って行った。

おそらく自分たちの部屋まで戻るのだろう。


「……我らの世界の人間からは、魔法が失われて久しい」


 ふと息を吐くようにしてキツネはいった。


「ゆえに習得も早いが、抵抗も得にくい」


 バーサーク処置が進行しやすく、また治療が多大な効果をあげたのはそういった理由もありそうだというのがキツネの推論だった。


「そんな状態のものを連れ帰っても大丈夫か?」


 コアが尋ねるのももっともなことで、彼らは「もしコーコーセーを取り押さえることができなかった」ならどうなるかを理解している。

魔法が実在しない、正確には魔法が『遠い』世界において、それを実用できるだけのレベルで身につけたものはどうなるか。

おそらく本人たちも最初は抑え、隠そうとするだろう。

だがうっかりとでも使って、見つかってしまったら。

強者の立場という酒の味を知って、あまつさえ酔ってしまったら……彼らに待つのは、ろくでもない結末でしかない。


「その点は、ある程度の記憶を消すことで対応できるだろう。使い方を忘れてしまえば、使うことはできないはずだ」


 思い出してしまったときの備えは必要だが、あの子たちは普段の生活に戻れるはずだ、そうキツネはいった。

「それ」が彼らを地球では不利にしかしないことを、キツネもよくよく知っているのだろう。

異世界からきてしまった少年たちを、治療してからこれからどうするかは大きな問題だったため、思わぬ助力を得られたかたちになったのは、『魔王』たちにもありがたかった。


「さて」


 話題が一段落したところで、キツネはちらりとタヌキを見た。

それにぴょんとタヌキが飛びあがる。


「あの、俺」


 びびびびびびび、と身体が耳の先からしっぽの先端まで震えている。


「あの、ひどいことを」

「だからもういいと。……チッ、誰かそのタヌキを捕まえろ」


 キツネが命じるのもおかしな話なのだが、タヌキが反射的に逃げようとしたのに思わず『魔王』は掬い上げるようにその小さい体を抱き上げた。


「この男はな、毎回毎回、謝罪の言葉はいうが、いうだけいって逃げる。私の返答を聞かずにだ」


 イライラもあきらかなキツネの言葉に、タヌキはぺそりと耳を伏せる。


「一度や二度の話ではない。……たしかに、最初の十回ほどは怒りがおさまらなかった。だが二十三十と重ねるうちにそれもほどけ、四十でほだされた。しかし、あれは変わらない。五十でそれを諫めても逃げることを止めん」


 五十の謝罪。しかしそれでもやめなかった。


「六十、七十と諫めても変わらず、八十で逆に怒りがわいた。その怒りのままに九十、あきれ果てて百、そしてせんの一回を合せて百と一だ」


 謝らなかったわけではないが、これは謝ったといってもいいのか。

謝罪をするだけして逃げて、呼び止めるキツネの言葉も耳を塞いで。

すげないキツネの態度は、つまりタヌキのやってきたことの鏡写しだった。


「それはよくない」


 ぼそりとした言葉に、タヌキは震えあがるような動きを見せた。

誰ともしれないような小さな声だったのが余計だったのだろう。


 謝罪とは、互いにそれを発する・受け取るという相互のやりとりを経なければなりたたない。

―――受け取った側がそれを受け入れるかどうかはまた別の話ではあるのだが。

その大前提の上で、タヌキのその態度が大問題なのは間違いないだろう。

もごもごとするタヌキは、普段の丁々発止の様子が嘘のよう。

耳もしっぽのぺっしょぺしょになっているし、その姿にキツネはますますいらだっている。

美しい女の姿に化けているのも台無しになってしまいそうな形相……いやこの場合、美しい方が恐ろしいかもしれない。


「おい」


 低い声に、タヌキのみならず周囲の兵たちまでがみなびくりとした。


「この毛玉と話をさせろ」


 有無を言わせぬとはこのことで、何しろタヌキ本人……本狸がこくこくとうなずいてしまった。

念のために誰か他のものをつけるというのは、あの場にいた誰も考え付かなかった。

使われていない一室が急いで用意され、粉茶のお代わりと追加の茶菓子が用意された。

読んでいただきありがとうございます。

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