転機
さぁ覚悟を決めろと心の中の自分がいう。
あの日と同じだ。
己は、いつまで戦う? いつまで戦わせる?
「ニンゲンからの支配を覆すまでです」
それは最初から『魔王』の中にあった答えと同じ物。
「そこでだ。俺に考えがある」
ひょいと話に割って入ったのは、いつのまにか来ていたタヌキだった。
タヌキはテーブルの上に飛び乗って、胸を張る。
「なにもわざわざ正面切って、多勢に無勢に挑む必要はねぇよ。あいつらの技術を使って、何が起きているかをあいつらの味方に流す」
フス、とタヌキは息を吐く。
「ですが、彼らは今まで」
「うん、あいつらはこの国で何がされてきたかを見てきたはずだ。でも、この国を助けたりしなかった。……だから俺たちが見せるのは戦闘の様子じゃねぇんだ。あの国なんだけどさ、少なくともあいつらが信じてる神様はいなかった。それを見せる」
その言葉に、その場にいた全員が目を見張った。
神様……つまり、タヌキがもってきた情報やウツギの綿毛で知ることができた、花の模様を纏う女神のことだろう。
「あそこで俺、神像見た時に「ケッ」って思ったんだ。後から気づいたんだけど、普通はそういう所じゃそう思わない」
「……え?」
「他人の前で、あからさまに心の中なんか顔に出したりしないだろ? でもいないならウッカリそういうことしちゃうよな。神様にだって、同じだ」
一見、むちゃくちゃな理屈だ。
だがいわゆる名のある狸は、その多くが神号や明神号をもっている。
それはタヌキが先生、師匠、頭領とあおぐ狸たちも同じで、つまり身近に神様がいるという状態で過ごしてきていた。
神様がいるかいないか、肌感覚で「知っている」。
「だからあいつらが大義名分にしているモノの大元が無いんだって叩きつけてやるんだ」
宗教の柱である神がいないとなれば、それに対して動揺がおきるだろう。
敬虔な信者であれば「まやかしだ」と跳ねのけられるかもしれないが、そうではない者のほうが、たいがいの集団では多いものだ。
「しかし……少なくとも五年前、先代様のときには例の制約は我々には有効でした。つまり、女神の力は生きていたはず」
ウツギがとまどいもあらわにいう。
あの制約がやぶられたのは、つい数カ月前でしかない。
それまで、制約は生き続けてきたはずだ。
「うん。だけどさ、逆にもしかしたらあれがきっかけで神様がいなくなったのかもって。ほら、レジナルドがいってたろ。神様との約束は、強力だからこそ破られたらそれで終わりって」
そこに在るもの。
あり続けるもの。
神というものに対し、そういった印象をもつものであればタヌキのいっていることには首をかしげるだろう。
だがタヌキは「移り変わり」を見てきた。
人に忘れられた流行り神。あるいは神に見捨てられ去られた村。
だから神というものに対し、不変であるとは思っていない。
かの国のものたち、ひいてはそれを見たものたちに、「お前たちにはもう後ろ盾は無い。正しくも無い。それでもまだやるか?」を示すのだと。
「……もちろん」
ぼそりとそして重々しくタヌキは続けた。
「それだけじゃダメなのはわかってる。相手の「正しい」を引っぺがしただけだからな。まともにやったら勝てないことを思い知らせる」
神を喪い、ニンゲンを超える力を見せつけられれば、混乱が生じるのは間違いないだろう。
それが映像越しであったとしてもだ。
さて、それを踏まえてあの国以外のニンゲンの国はどう動くか。
自分たちが傷つけられてもと考えるか、それとも手を止めるか、国というものであれば迷うはず。
その迷いこそがこの国が付け入るべき隙。
「お前らも神様に見捨てられるかもな?」と、ひやりとした刃を差し込むべき隙間。
「勝てないって思わせる初手は、俺がやる」
タヌキは目をきらきらと……いや、そう表現するにはまっすぐではなく、爛々とというには迫力が足りない。
あえていうなら、少々安っぽいが、ぴかぴかだろうか。
そんな風に光らせた。
だがこの目が魔性の目であることを、『魔王』やその目をのぞきこんだ者たちは知っている。
無理だと思う、その気持ちを揺るがせる。
できるかもしれないと思わせる。背中を押す。
その上で、自分が初手を担うというのだ。やるぞ、と。
「タヌキ様」
「おう」
「それはどのような手ですか?」
「最初は攻めない。いや、直接は攻撃しないが正しいか」
だがそこでちゃんと、どんな手段を取るかだけは確認しなくてはならない。
なにしろタヌキのやることといえば、巨大な毒貝になるだの、鉄の船になるだの、スライムだの単なる巨大化だの、「わからない」のだから。
「俺が巨大化して囮になって、相手の目を引く。その間に転移をやってくれ。時間をかければたくさん送れるんだろう?」
引きつけている間に転移を済ませられれば、いきなり大軍が出てきたように相手には見えるだろう。
初代魔王がそうしたのと同じように。
それは―――『国』という規模で見るならばごく少数の兵士であったとしてもだ。
それが神のおひざ元である国でおきるなら、相手への攻撃としてかなり利くのではないかというのがタヌキの考えだった。
もちろん反撃は有りえるだろうが、ことタヌキが単独で囮を務めるなら、しのぎきれるだろう。
キツネとの戦いさえ考えなければというのが、前提になってしまうのだが。
「申し上げます!」
突然、会議をしていた部屋、その扉を押し開けて兵士の一人が飛び込んできた。
「なにがあった」
「はっ!」
コアが問いただすと、兵士は息を大きく吸った。
「魔法陣に発動の兆しが見られます。ご用意を!」
その言葉に四辺境伯たちが顔を見合わせ、うなずきあう。
「すぐ行く!」
ひょいとタヌキが床に飛び降り、真っ先に部屋を飛び出した。
もしまたバーサーク処理をされたニンゲンであれば、最適解はタヌキスライムによる制圧だ。
どのようにして制圧されたかについて、向こう側に情報があったとしても、あれは対処できまい。
それを含めてのことだった。
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