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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
113/147

帰還

「お、目が覚めたか?」


 今度はちゃんと目が開く。

あたりはすっかり明るくなっていて、森の木々を背景にタヌキが『魔王』の顔を覗きこんでいた。


「えーと……おはようございます」


 夢の記憶というものは、目を覚ませばたちまちあやふやになってしまうものだ。

ことに、まどろみの中の記憶は褪せるのが早い。

『魔王』の記憶もたちまち輪郭を喪っていった。


「あの、タヌキ様、迎えに来てくださったんですか?」

「うん。なんとか匂いをたどって。『魔王』、最初に落ちた草原おぼえてるか? あそこなら転移魔法の目的地に使えると思うんだ」


 ここにきた目的地、軍隊を展開できる場所。

たしかに草原はひらけていて、あそこなら……そう思いながらもすでに馴染みになりかけているタヌキの早口に、これ以上は訊かれたくないのだと『魔王』は悟った。


 それ以上の問いを飲みこんで、『魔王』はうなずいた。

必要な事ならば、タヌキ様の方から教えてくださるだろうと、彼自身がシリルにいったものを思い出しながら。


「大丈夫そうなら、これで帰らねぇ? 遅くなると心配させちゃうしさ」

「……そうですね。あの場所なら使えると思います。帰りましょう」

「お、おう」


 言い出した側だというのに、『魔王』の答えの早さにタヌキがとまどうような反応を見せた。

持ってきた荷物は、ふっとんでいってしまった小物を除いてちゃんとあったし、帰る前にと一人と一匹は食べ物を広げた。

久しぶりに使う水魔法で二本の水筒を満たし、油紙に包まれたパンを食べ、その水を一口飲んだとき、『魔王』はそういえば昨晩は水も口にしていなかったことを思い出した。

沁みるように、水が喉を落ちていく。


 食事を終えるころには、体の痛みは気にならないくらいになっていた。

改めて確認すると、ひどく痛みを覚えていた箇所にはぺとりと冷たい布のようなものが貼り付けられていた。

だが軟膏を布につけて作る湿布とは違って、柔らかで薄荷のにおいのする、皮膚に張り付くがこびりつかない薬が付いている。

「……あいつなんでこんな物持ち込んでるんだ?」とタヌキが首をかしげる様子からするとどうやら異界のものであるらしい。


「これはどういうものなんですか?」

「うん、打ち身のとことか、それで熱を持ったところに貼る奴。そのまま持って帰ろう。ウツギたちに土産になるし」


 見たことも無い薬となれば、それだけでも財産だ。

ましてや異界の技術から発しているものであれば。

服を直して一息ついてから、ふと『魔王』にはいたずら心が沸き上がった。


「あの、お聞きしたいことがあります」


 わたされた水筒を前足で抱え込むようにして飲んでいたタヌキが、その動きを止めるまで待ってから『魔王』は問いかけた。


「あの方が私を拷問するとは、考えておられなかったんですね」

「そういうことする奴じゃないからな」


 さらっとした一言はどこまでもさりげない、普通の会話の続きのような雰囲気で、尋ねた『魔王』の方が目を瞬かせた。

遅れて「あ」とタヌキが小さな声を上げる。

丸い目をいっぱいに見開いて、しまったと顔中に大きな文字で書いてある。


「そうですね。真面目な方なのは、おはなししただけでもわかりましたから」


 タヌキが驚いたことに気づかなかったふりをして、『魔王』は話を続けた。


「どんなこと聞かれたんだ?」

「……この国が、どうして私たちの国に攻めてくるか、とか」

「ああ、昔の魔王がってやつだろ?」


 タヌキは『魔王』が説明した以外でも、大なり小なり軍の者たちと接触を持っている。

その中でさまざまに話を聞いていれば、ある程度は(恨み言を交えながらではあるだろうが)把握できているのだろう。

うんうんと小さな頭がうなずく。


「アイツはさ、曲がってること大嫌いなんだ」


 だから俺のことも怒ってるんだけどな、とタヌキが鼻の頭を掻いた。


「間違ったことをやらされるなんて最悪だろ? しかもそれが、ヒトを傷つけるみたいなさ、取り返しのつかない事なら」

「でも、……それをいうなら、私もです」


 ふと、『魔王』が口を出した。


「あなたに、ニンゲンと戦うことを押し付けたのは、私です」


 あの日、目の前にいきなり現れた異界の獣。

それに助けを求めたのは『魔王』だった。

そもそも獣は割って入りこそしてくれたけれど、戦う意思などかけらも見せていなかったというのにだ。

自分たちをかばってくれたから、助けてくれるかもしれない。

そんなあやふやな期待だけでいいだしたことで、タヌキはここまで戦ってくれた。


「でも、それを選んだのは俺だ。それにあれ、命令じゃなくて頼み事だろ? あっちのは……そうだなぁ、そもそも命令を聞かせるために、引っ張ってきたって感じのだ。お前のとは違うよ」


 そんな言葉を、タヌキはゆっくりとしゃべった。

久しく無かった言葉を選びながらの発言は、かえってタヌキには誤魔化す気がまったくない、これが聞かせたいことであると、『魔王』に思わせた。


「……お力添え、感謝します」


 とはいえ、『魔王』にいえることはこれくらいしかなかったのだけれど。



 もう少し人気のない場所までは慣れてしまおうと、一旦タヌキは馬に化け、さらに森の奥へと進んだ。

ほどよいところで大きな鳥に化け、荷物の包みや紐を利用して背中に『魔王』を括りつけて飛び立つ。

あの高速の鉄の鳥はある程度の助走がないと飛び立てないらしく、さらに出す音もすごいから少し離れるまでは鳥のほうがよい、と。

その上で竜ではなく鳥を選んだのは、もし見られても変に思われない―――大きさの違いは見間違いでなんとか済ませたい、らしい―――生き物ならば鳥であろうとのことだった。

もちろん速度は出ないが、その分空中で話す声が『魔王』にはよく聞こえた。


「痛くねぇか? 大丈夫か?」

「はい」


 括りつけられてとはいうものの、今の『魔王』はマントや布で包まれた状態で背負われている。

目を光から守るための黒いガラスは落としてしまったし、上空の寒さから身を守るためにもとすっぽりくるまれてしまった。

そんな繭の中にでもいるようなかたちで揺られるうちに、『魔王』はすぅっと眠りの中に落ちていった。

つい数時間前まで眠っていたというのに、まだ足りないとばかりに。


□□□


 その眠りの終わりに目を開けると、丸めていた体の姿勢はそのままに、『魔王』は自室のベッドに横たわっていた。

まるで出かけたこと自体がなかったような、毎朝見ている天井や枕、シーツが視界にある。

体を起こした『魔王』はその動きで生まれた体の痛みと、冷たいような薄荷のにおいに「行かなかった」のではなく「帰ってきた」のを理解した。

帰ってこれたのだ……。

安堵すると同時に、彼は自分がしなければならないことと、自分が見てきたものを思い出した。

……戦争を、しかけなくてはならない。

読んでいただきありがとうございます。

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