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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
111/147

タヌキ走る

「お前は阿呆か」


 あきれたとばかりに、恰幅のいい男が脇息にもたれ、キセルをひとふかし。

大親分といった様子のその上座の男を前に、小さく小さくタヌキは丸まっていた。

人間なら土下座かもしれない。


 大親分を思わせるのは男の姿からばかりではない。

上座が一段高い座敷は広々としており、障子は開け放たれて美しい日本庭園が見えている。

どこか時代劇の謁見の間を思わせる広間だ。

装飾は控えめではあるが、その広間自体の重みが乏しさを感じさせないようにさせている。

煙をくゆらせる香炉から漂う香りもまた広間の装飾のひとつであろうか。

江戸城に住まっていた男にふさわしい住まいといえた。

その男の前でぎゅうっと丸まっているタヌキは、よく聞くとぴぃぴぃという鼻声がする。

これは詫びているゆえの土下座ではなく、頭を抱えている……というより泣いているのだろう。


「お前、それでも成獣か。しゃんとしろ」


 かつん、と音をたてて男はキセルの灰を捨てた。

ふにゃふにゃとした様子ながらも、タヌキは頭を持ち上げて座りなおす。


 大きなため息をついた男の前で、タヌキの頭がまた下がる。


「で? 好いた女が狐だったって?」


 あいつら女に化けるととびきり美形だからなぁと男は苦笑する。


「その上で、狐の親父さんをぼこぼこにしたと。だからって浪花からここまで逃げてくるのはやりすぎだろうが。やっぱり阿呆だろうお前」

「面目次第もございません……」

「謝るのはこっちじゃなくて、あっちの娘さんにだろうが。ここにゃ、ちっと伝手がねぇわけでもねぇが……いや、ちゃんと正面から謝れよ」


□□□


 ふつ、とタヌキは意識を取り戻した。

墜落した記憶のままの場所である。

最後まで必死に『魔王』を抱え込んでいたことはタヌキもおぼえている。

その『魔王』が、いない。

なんとか降りた時点で精根尽き果てて気が遠くなってしまったのは最大の失敗だったと、冷たい地面に伏せたままで考える。

ぽかぽか殴られ、振り回され、上手く体勢を立て直せないまま墜落してしまった。


 あの襲撃者はキツネだ。

野生動物なら警戒して近寄らないか、逆に攻撃してくるならアドレナリンでもっと攻撃的になっていて墜落しても追撃が入っていたはずだ。

その冷静さに、タヌキは見知っているキツネを見た。

と、同時に冷静さはキツネの怒りの表れである、とも。

彼女は本当に怒った時ほど心を冷やし、研ぎ澄ませた。


「うあー……」


 まさか奇襲をしかけてくるとは思わなかったが、実際にはタヌキがわが襲撃をしたのをキツネが防衛しただけだ。


 痛む体を起こしてタヌキはあらためて周囲を見回す。

どうやら荷物は近くには無いらしい。

『魔王』がもっていてくれればいい、と思いつつ、風の匂いを確かめる。

血臭はなし。

キツネの匂いは残っている。

ニンゲンの匂いもあるが、漂ってきているだけということはここまではやってきていない。

同時に馬の匂いもする。

キツネと『魔王』のにおいが隣り合っているから、一緒に歩いて行ったのだろう。

少し移動したところで地面に馬の匂いの方が強くなったから、騎乗しているのだろう。

においをたどりながら、タヌキは移動を開始した。

墜落した場所は草原だったから、ここなら本来の目的は果たせるだろう。

『魔王』を見つけたら、連れてそのまま離脱してしまえばいい。


 そうやって移動している間に、騎乗しているニンゲンたちが馬から降りないままなのが、タヌキは気になり始めた。

聖獣とまで呼ぶ相手に対して、なんだか無礼な扱いのように思えたのだ。

タヌキ自身が『魔王』の国の人々から受けている扱いは、「下へも置かぬ」とばかりのもの。

同じように、「ピンチを救いに来た相手」に対してそれはどうなのか、と。


 タヌキは鼻を働かせて、ひたすらに走った。

城壁に囲まれた街……以前に来た街まで近づいたが、さすがに獣の姿では正面からは入れない。

鳥になってもよかったが、匂いを拾い損ねないよう、念のためタヌキは夜を待った。


 充分に日が暮れると、スライムに化けて地面を走りだす。

暗くなればニンゲンは足元まで目線がいきとどかなくなりがちだ。

門すらも簡単にくぐりぬけることができた。

さらに街灯らしいものは高級住宅街からだ。

足元の「水たまり」など見つけられまい。

その上、水たまりの方が注意深く相手を避けようとするのだから。

タヌキは文字通り、地面を滑るようにしてにおいをたどって行った。

やがてかつて出歩いたことのある道に出て……やはりとタヌキは思う。

まっすぐに、『魔王』のにおいもキツネのものも件の教会の建物へと入っている。

この街は門から突き抜けるようにまっすぐな大通りが教会まで貫いている。


「不用心だよなぁ、まっすぐ突撃できちまう」


 タヌキの頭をかすめたのは、「壁さえ越えりゃ攻め落とせるな」ということだった。

タヌキの地元の城も、城の通りの中に誘い込んで滞留させて仕留めるかたちになっているための思考だろう。


 においはだんだん近くなってくる。

教会も間近なこの地域まで来れば、夜とはいえ灯りも多い。

いっそうの慎重さと大胆さをもって、見張りの死角を狙って移動し、タヌキは窓から教会へと忍び込んだ。

侵入さえしてしまえば、実は建物の中の方が死角は多い。

天井などその最たるものだろう。

真下を通るニンゲンたちの様子は前と変わらず、焦っていることも高揚していることもない。

まるで何もなかったかのようなそれに、タヌキは考えた。

「何も無かったよう」じゃない、「何もなかった」んだ。

『魔王』が捕まったことが明らかになっていれば……そうでなくとも魔物が捕まえられたとなれば、こうはなっていないはずだ。

読んでいただきありがとうございます。


タヌキと話していたのは、上野の方です。

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