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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
11/147

『浮かずの大魚』 結

 深みへと沈んだ巨大魚に、幾本もの縄がかけられ、ヒポカンプスが何頭もそれを引いてあげていく。

水面近くにまで上がると、今度はリザードマンやスケイルテイルたちが受け持って岸辺へと引き上げた。

陸上にごろりと横たわる魚は、それこそ黒い鉄板を表面に張り付けたような姿をしている。

となれば顔は、鉄板を打って作った仮面といったところか。

仮面の口、つまり巨大魚の口の縁は刃物のように鋭く、コアは念のために口周りに近寄らないように命じた上で、ありあわせの丸太を口に食い込ませてカバーにした。


「ここの鱗がおかしいです!」


 その作業の間にも、腹を調べていた者が声をあげた。

魚と言えば平たいイメージがあるものだが、この巨大魚は太さもあり、元々の大きさからして調べにくいものだったのだが、腹部の一部の鱗が乱れていることを見つけた者がいたのだ。

その鱗を剥がしてみると……大人の男の背丈ほどもあろうかという傷跡が見つかった。

傷跡までは高さがあるために、これまたありあわせの丸太で台が組まれる。

包丁では切るに足りぬとカトラスの刃を当てて切れば……常の魚のような開きにはならず、ハラワタの前に肉の厚みの層が現れた。

その、中に。


「……ひっ?」


 作業をしていたリザードマンがあげた声に、すぐ後ろで作業を見ていたコアが作業台の上に乗る。


「まだ出すな。そのまま下まで切り開け」

「は、はい」


 白い、丸い、そうと見ればわかる大きさのもの。

カトラスは尾の方に向かって刃を進める。

やがて二つの穴が、そして一つの小さな穴が、人とはあきらかに違う歯列が、白い、丸い頭蓋骨に見いだされる。

これだけでも、彼らにはその頭蓋骨が同族のものとわかった。


 コアの悲痛な表情は、刃がその頭蓋骨の主の下半身が見えるあたりまで進んだ時、より痛ましいものとなった。


「マノ様だ! あのマノ様がここに!」


 人骨に下半身は無く、歯列と併せてそれこそが鮫の人魚であったマノ・エルア……初代魔王の側近であったエルア家の祖先の証となった。

軟骨魚である鮫の骨は残りにくい。

九十五年、その肉とともに尾の骨は腐って消えたのだろう。

あるいは体内に吸収されてしまったのかもしれない。


 四天王を輩出した、四辺境伯家。

彼らはその償いのために魔獣のいる地に在る。

だがそれと、その祖をどう思うかはまったく別の話だ。

エルア領において、マノという存在は誇りであった。

異常に、作業台へとのってきた『魔王』とタヌキにコアが場を譲る。


「魔王様……ご覧ください。マノ様は生きたまま、ここに」


 魚の肉に食い込む、何本もの古い鮫の歯。

マノのものと思われる頭蓋骨には、ちゃんと歯が並んでいる。

鮫は、歯が何度でも生え変わる。

つまり歯がもっていかれようと、何度も噛みついたということだ。

生き埋めにされた人魚は、息絶えるまで口の近くの肉に噛みつき続けた……。

報告するコアの口調は『魔王』に対してもあらたまったものとなっていた。


「なんとむごい、いたわしい……」


 肩を震わせるコアの横で、タヌキが前足の肉球を合わせているのを、『魔王』は見た。

目を閉じているその様子は、どうやら祈りの姿であるらしい。

なにごとか呟いているのは、彼の世界の祈りの言葉ででもあるのだろうか。


「もしかしたら、大魚がこの周囲を離れなかったのは、マノ様の意識がなんらかの影響を与えたのかもしれません。しかしこれで、我らも城へ戻れます。マノ様を弔うことも……」


 すでに人魚の骨は布に包まれ、スクウァーマたちが何人も付き添って湖の中へと持って行こうとしていた。

その背を前に、深々とコアは頭を下げ、感謝の意を示す。


「この御恩は、必ず」


「……では、お願いがあります」

 ぽん、と小さな肉球に背を押されて、『魔王』は願いの中身を口にする。

エルア領から、魔王城へと兵をよこしてほしい、と。

対するコアはといえば、嫌な顔ひとつせず、「すぐに隊を仕立てましょう」とうなずいたのだった。




 一晩だけ、岸辺で祝いの食事と休む場所という歓待だけ受けて、魔王城へはまた三日でとんぼ返り。

そして魔王城には、北からの連絡が来ていた。

これで、現『魔王』と魔獣タヌキ様は十六日で二体の魔獣を仕留めたというわけだ。

これに城の者たちが、考え方の違いはあるにせよ、驚かないはずはなかった。

どんなに準備をしても十年目に必ず潰える魔王城の戦力は、魔獣たちに回す余裕は無かったし、それぞれの領で対処するには相性が悪い相手だけに、ただ耐えるしかなかった辺境領もまた同様に他の領に救援を寄越すなど無理だった。

中央十貴族はといえば、武力を持たない事で生き残り、その地に残留することを赦された立場なのだから、戦力を出せない名目はある。

だから九十五年、どうしようもなかった。

それが次々ととなれば、当然だ。

一匹目は「倒してきた」という、タヌキからの証言だけだったものが、この七日の間にイリイーン家からの使いによって真実とわかり、さらに「おそらく本当なのだろう」という二体目撃破の報せを持って帰ってきたのだから、大歓声で迎えた兵士たちは、間違いなく十六日前と違う顔つきになっていた。

あと五年で死ぬという運命から、解放されるかもしれない、と。


 実際にコータ様の戦い方を見ていなくてこれなら、本当に見たら……そう考えると、『魔王』は少し眼前の光景が嬉しくなった。

きっと再び希望を得られると。

読んでいただきありがとうございます。

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