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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
109/147

見つけてしまったもの

 キツネとおぼしき女の触れた指にはなんらかの魔法が込められていたらしかった。

こちらにくるニンゲンたちはキツネと同行する『魔王』に一向に気づくことは無かった。


 馬に乗ったニンゲンたちは女の周囲を固めたまま平原を進み、巨大な壁のなかへと入って行った。

壁の中は広大な街になっていた。

壁の近くは危険だとみなされているからか貧しい家が多く、中心部に向かうに従ってその家の様子が裕福なものになっていく。

それにしてもこの男たちは、自分たちは馬から降りることもなく、女だけを歩かせている。

いくら強大な力をもっているらしいキツネとはいえ、と『魔王』は思う。

タヌキの乗り物やレオンシオの背に頼っているばかりの『魔王』がいえることではないかもしれないが。


 街の中心部、ひときわ大きな建物の中へと一行は入った。

馬からこそ降りたが、女とともに歩き始めても男たちは包囲を解かず、キツネも特になにもいわない。

緊張しているのは「そこにいないもの」である『魔王』ばかりだ。

そのうち女は一室に入り、男たちとはそこで分かれる形になった。


「もう声を出してもかまわん。この室内は私の領域。外に声は漏れない」


 その室内に在るのは寝台とそれに付属する脇の小箪笥ばかり。

その寝台を腰掛けに使えと女は仕草で促した。


「ひとまずお前は私の捕虜ということにはなるが、あのニンゲンどもの反応を見ただろう? お前はニンゲンどもには認識されていない。つまり私は捕虜など捕まえていない。あの男が迎えにきたら帰してやる」


 ではどうして自分を連れてきたのかと『魔王』は思ったが、彼女が自分に訊くことがあるといっていたのを思い出した。

尋問するということだろうか……。

寝台に腰掛けて、『魔王』は正面に立つ女を見つめた。


 その女はといえば、つけていた面を取った。

切れ長の薄い金色の目が『魔王』を見る。


「ここに来るまでに、この国の様子を見たな。どう思った?」


 その目は真剣そのものだった。

けっしてこちらに嘘を許さないとばかりの強さ。


「………………あ、あまりにも、その、普通でした」


 その真剣さに対し、たったそれだけをいうのに『魔王』は力を振り絞らねばならなかった。

そう、そのことを認めることこそ、『魔王』の心理的ダメージは大きかった。


 ここに来るまでに通り過ぎてきた、壁近くの貧しい地域、一般人の住む住宅街、商店や工房などの並ぶ地域、そして中心の高級住宅街とさらに中央のこの建物。

順番に歩いてきたこの街はそれを形作る人々も含めて、『魔王』が知る場所と大差無い「普通」の街だった。

ことに『魔王』のように辺境以外の地域のものたちは、外見も能力もニンゲンと大した違いのないものが多い。

様々な色の肌をしていたり、たまさか角などがあったりする程度。

その角にしても帽子なりで隠せてしまうような大きさのものの方が多い。

現に『魔王』など、角も無ければ肌色もニンゲンのものに近く、この街の同年代の少年たちにもまぎれられてしまそうなくらい。

……だからこそ、それを認めがたかった。

自分たちと同じようなものが、自分たちを下等生物のように扱い、自分たちを当たり前のように殺すべきものとしている。

その、グロテスクさ。

いっそまったく違う存在であれば、敵対するべき存在同士として、割り切ることもできたかもしれない。


 だが『魔王』はこの国の、最低でもこの街のニンゲンは自分たちと同じであると理解してしまった。

魔王の城へ来るようなニンゲンだけであれば、だが自国を解放するためには……。

思わぬジレンマに思考が右往左往する。


「そうか。お前の感覚がまともなもので安心した」


 女が静かにいった言葉が、『魔王』の思考をそっと留めた。


「異質なものであればこそ排除するというのはごく普通の心理だ。自然環境内ならば、異質はなんらかの異常の表れでもある。ひとまず、その心理や行動の良し悪しはまた別のこととして置いておけ」


 『魔王』は膝の上でぎゅっと握りこぶしを作る。

女は自分に何を訊きたいのだろうと思っていたのだが、これは……尋問というよりも、説明か講義だろう。


「攻撃しようとなれば、異質さを見出してそれを理由にする。共通点を見出すのは手を止める前段階だ。……お前はどうやら……まぁ、それほど好戦的なものではないらしいな」


 何を言われているのだろうと『魔王』はとまどう。

まるで自分に言い聞かせるように女は言葉を続けていた。


「共感は攻撃をためらわせる。その上共感は攻撃した方も体ではないものに傷を負う。自分と同じものへ攻撃をしたという認識をもってしまうゆえに。だから、悪というラベルを貼って自分たちに目隠しをする」

「どうして、私にそんなことを」

「相手を理解しようとすることが共感を生む。逆に、無知と利害と疑いと反感が理解を遠ざける。しかし共感しすぎて同化したと思いこめば理解が止まる。理解の進みに自信を持ちすぎれば、相手に対しての傲慢が生じる」


 なぞかけめいた言葉に『魔王』はやはりわけがわからないでいた。

訊きたいことがある。そういわれたのに訊かれたのはこの国のニンゲンに対する印象のこと。

そのことはタヌキとともにこの国に来たばかりの『魔王』には、それこそこの部屋に至る道を通るまで答えることができないものであったのに。


「私が訊きたいのは、この国が他国に対して何をしているかだ」


 続けての一言こそが、本命の質問であったらしい。


「この国はお前の国を悪の本拠地のように見なしているが、どうにも解せん。ならば訊くのが手っ取り早い」

読んでいただきありがとうございます。


キツネは半分くらいはいいたいことを言っているだけです。

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