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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
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テイクオフ!

 数日分の食料、上着の上にさらに羽織るための毛布と革のマント。

野営のためのテント用防水布、

それからやや小さめの布は遮光性があるものである、とのこと。


 タヌキの助言を入れて用意したものは、よくわからないながらも数多く、それだけ周到な用意がいるのだと『魔王』たちに思わせた。

それだけでも緊張が高まろうというものだが、タヌキはそのうち布製品や革製品の丈夫さを試すように引っ張った。

タヌキが言うには、かつての四辺境伯領への遠征時のドラゴンの、およそ六倍もの速さで飛ぶのだという。

もっと早く飛べもできるが、中に乗っているものが負担で気絶してしまうかもしれないという。

それくらいの負荷がかかるから、ちゃんとしたものでないといけない、と。

幸い、城のものたちが集めてくれたものは上質で丈夫、タヌキのテストにも耐えた。

これらを用意するのに数日。

しかし逆に言うとたった数日でそれらは揃えられてしまった。


 さらに、今度は中庭からの出発ではなく、街道を使って飛び立つというのだ。

「平らで、あるていどその平らさが続く距離が必要なんだ」、と。

平原を使うのもいいが、だいたい畑や牧草地であるため、荒らしたくないのもあって街道を使う、と。

 


 出発の朝、荷物を台車に載せて城外の街道へと持って行く『魔王』とタヌキ、四辺境伯に侍従たちの一行に、兵士たちやメイドたちまでがぞろぞろとついていく。

なにしろ魔獣様の出発だ。

一目見たいと思ってしまうのも当然と言えた。


 しばらく直線が続く場所の端まで来ると、タヌキは足を止めた。


「おうい! しばらく街道にははいらねぇでくれ!」


 遠くにいる農夫らしい人影に声をかけ、さらに周囲のものたちをかなり後ろまで下がらせてタヌキはトンボを切った。

次の瞬間あらわれたものに、驚きの声があがる。

大きな翼をぴんと張った、金属製のなにか。

羽を広げて伏せた蝶にも似た形だと思ったものもあった。

ただし彼らの常識からするとばかでかすぎる。


「さぁ、俺の中に荷物積んでくれ」


 ぱこ、とその鉄の蝶の頭にあたるような場所、透明なガラスがスライドした。

そこが席であるらしい。

自前の翼を利用してレオンシオが荷物を中に入れようとしたが、前後合せて二人分くらいしか座る席が無い。


「なんか、大きさの割に席がすくねぇな」

「うん、空を飛ぶってのは、それだけおおごとなんだよ」


 荷物は後部座席にくくりつけられた。

続けて、ウツギの蔦に持ち上げられる形で、前の座席に『魔王』が降ろされる。


「シートベルトをつけてくれ。こう、胸の前で留める形になってるだろ? しっかり留めてくれよ」


 命にかかわるからなと言われれば、レオンシオとウツギ二人がかりで二度三度と引っ張って確認してしまうのも当然だろう。

さらに巻き付けるようにして毛布を、その上からさらに革のマントを着せかける。


「この形でニンゲンの国まで行ってくる。数日がかりになるけど大丈夫か?」

「お任せを」


 遠征の話を出した日から、『魔王』は前倒しにできる仕事はすべて進めてきた。

それに政務や急な戦闘などは今は任せられるたのもしい人材がいる。


「よし、準備できたら離れてくれ」

「いってきます」

「くれぐれも御気をつけて」


 外からの手が離れるのにあわせて、ガラスの殻が元の位置に戻る。

中で何かの指示があったらしく、黒いガラスの目覆いを『魔王』がつけるのが離れていく二人にも見えた。


 それから、街道近くにいる者たちに離れるようにと指示が出る。

全員が十分な距離をとると、ようやく金属の蝶は動き始めた。

大きな翼は羽ばたくことはなく、するすると街道の上を走る。


 タヌキの中で『魔王』は身を縮めるようにして席についていた。

顔に付けた黒いガラスはまったく外が見えないし、どうなることかまったくわからない。

厚着の理由もわからない。

今の『魔王』の体で出ている所は目の辺りだけ。

そこを黒いガラスで覆っている。


「さぁ、行くぞ!」


 竜のときはただはばたくだけで上に舞い上がっていたが、この乗り物はそうはいかない。

街道を走る、走る、走る、その末に、さらにぐっと加速した。


「テイクオフ!」


 タヌキの声とともに、加速によって『魔王』の体にかかっていた力の方向が変わり、身体も上向きになった。

ふっと「足の下が無くなった」と『魔王』は感じた。

体は相変わらず椅子に固定されているが、浮いた、と思った。

空に吸い込まれる……そんな目まいのような感想が『魔王』のあたまに浮かぶ。


「よし、このまま飛ぶぞ」


 聞こえたタヌキの声に、思考が途切れていたことに『魔王』は気づいた。

気絶していたのにも近いかもしれない。


「気持ち悪くないか? 眩しかったら毛布をもっと深くかぶって……そだ、寝ちゃってても大丈夫だからな」

「だいじょうぶ、です」


 『魔王』はそれだけしかいえなかった。

自分が雲の上にいることに気が付いたから。

竜での移動時はここまで高い所にきたことはなかった。


「キャノピー……この屋根の所がなかったら、外はすっげぇ寒いんだよ」

「……そうは見えないです。まぶしくて、暑いように見えます」

「うん、でも空のすげぇ高い所は寒いんだ。レオンシオとか飛べる奴は知ってるかもな」


 そう言われて、『魔王』は念入りに毛布を整えてくれたのがレオンシオであったことを思い出した。

タヌキはいう。

お前、たぶんこの世界のなかで初めてここまできたヤツだぞ。

この世界のニンゲンは、誰もここまできたことなんかないはずだ。

初めての世界。

その言葉に『魔王』は一瞬、自分の胸に押し寄せた感情に呑まれた。

雲と空以外になにもない世界。

そう、何もないのに。


 『魔王』は震えるような吐息を零した。

ここに来たかったのかもしれないと、そんな考えすらふと浮かぶ。

「ここに来る」ことなんて、そもそも想定していなかった。

だからそんなことを望むなんて……


「魔王」


 タヌキの呼びかけに『魔王』は我に返った。


「ずーっと行くと、陸地だ」


 自分はどれほど長く深く考え込んでいたのかと。


「上陸したら、そうだな、ちょっと速度落とせるものに化け直して、一旦ニンゲンのいるあたりから離れて……そうだな、山に降りよう」


 いよいよ、敵の本拠地……。

読んでいただきありがとうございます。


小型ジェット機(武装無し)です。

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