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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
狸と狐編
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異郷:闇の中の声

 キツネの変じた蜘蛛は人気のない廊下を走っていく。

とはいえ蜘蛛だ、足音もほとんどない。

時折周囲を見回すような動きをするのが、蜘蛛らしくないといえばそうなのだが。


 ある程度の人間とすれちがうと、キツネはそのうちの一人に変じた。

そのまま、何事も無かったかのようにキツネは男の姿で彼が出てきた部屋へと入っていく。


「どうした?」

「……ちょっとど忘れしたみたいで」


 通り過ぎるときの会話で、声もコピーしている。

何をしにいこうとしてたんだっけと力を抜いて笑う顔に、室内にいた男も似たような顔で仕方ねぇなと仕事の内容を教える。

礼を言って、キツネはその場を離れた。


 それからキツネは変身を解いて人間に近い姿になると、被衣を深くかぶって建物の中を歩調を緩めて進む。

ときおり見回す様子はまるで物見遊山のようだ。

歩みは、しかし軽いものとはいえない。

用心深く足音をひそめ、しかし耳はせわしなく動いて音を拾おうとしている。

「知ろう」としているという一点においてのみ、物見遊山と同じだった。


 あちこちを見て回ると、キツネは人気のない部屋に入り込んだ。

窓もなく、家具も収納棚ばかりという倉庫のようなその部屋の中で、キツネは小さくなにやらを唱えた。

たちまちその姿はかき消える。




 キツネが再び現れたのはまるで上も下もわからない『黒』のなか。


「ご報告に戻りました」


 彼女は被衣と狐面をとりさり、正座をした上で指をついて深々と頭を下げた。


「ご苦労」

「おもてを上げよ」

「して、どんな場であった」

「つまびらかに申せ」


 暗闇の中でさまざまな声が彼女の重ねてかけられる。

キツネは音もなく、ふところから何かを取り出す仕草をした。

その手のひらから光が三つ、ふわりと舞い上がる。


「まずはこちらを。……残念ながら、攫われたうちの三名はすでに。残り三十名は敵地へ送られたとのことです」

「おお……」

「なんということだ」

「彼らはこちらであずかろう」


 放たれた蛍を思わせる三つの光。

それらは不意に掻き消えた。


「いたましい」

「おぞましい」

「なんとむごい」


 ざわざわとした声にかぶさるようにして、空気が震えた。

波が広がるようなそれに、キツネはさらに姿勢を正し、声は静まり、空気が緊張をはらむ。


「では、学生たちは敵国にとらわれたままであると」

「はい」


 応答のどちらもが沈んだ声だった。

そのまま幾つもの声が幾つものことを問いかけ、狐は応えた。

行った先はおそらくは宗教国家であり、己に教女と名乗った女が最高権力者であろうこと。

教女は己のしていることにまったく疑いをもっていないこと。

タヌキと自分を戦わせようとしていること……。


「タヌキ」

「そういえばあったな」

「一匹行方知れずだと」

「異界に呑まれていたか」


 ざわざわ。ざわざわ。


「しかしなんとおそろしい」

「人の子をまるで使い捨てのように」


 ざわざわ。ざわざわ。

声の中でキツネは口を引き結び、それを開くべき時節を待った。


「まろうど様のおっしゃったとおりか」

「おいたわしや」

「それにしても大人らよ」

「子どもらをかばったか」

「善き人々であった」

「孫と遊園地に行くはずであった」

「子はまだまだかわいいさかり」

「来月友と観劇の予定であったな」

「むごいことよな」

「ゆるされぬ」


 口々に、憤りを、哀しみを籠めた声が響く。

声は攫われた人々を知っているような口ぶりだった。


「まろうど様を正しき座に戻さねばならん」

「おう、それよ。そのためには」

「やはり一度は徹底的に、平らかに」

「なに、まろうど様とは別物、遠慮はいらぬ」

「寄生虫よな。人とて魚の腹の虫は焼き尽くす」

「そうすれば以降攫われるものもない」

「元より人には過ぎたる技術よ」


 す、と声が途切れ沈黙が落ちた。


「命ずる」


 それまでのざわついた会話とはまったく違う、落ち着いた声。


「まず高校生たちを奪還し、のちにまろうど様を正しき座にお返しできるよう、手はずを整えよ。いつわりを頂くものどもは、この時をもって敵とみなす。……つかえ」


 凛とした声が淡々と告げる。

必要があればかの集団を騙して使えというそれに、キツネは静かに頭を下げ、そのまま発言する。


「申し上げます。タヌキはどう対処いたしましょう。教女には打ち倒すようにと」

「タヌキ」

「ああ、件の行方知れずの」


 ざわざわとまた声が会話を始める。


「打ち倒すか」

「殺せとはいわれていないのか」

「……向こうはそのつもりのようでしたが、その言葉で言質を取りました」


 しばらく声が止まる。が、すぐに言葉が行き交う。


「よくやった。それならばよい」

「殺せといわれておらぬなら、多少小突くくらいでよかろうよ」

「それでむしろ契約を早く終わらせられる」

「四国にはこちらから話を通そう」

「北海道は私が請け負おう」

「上野にもいわねばなるまい」


 よしの声にキツネは一息ついて顔を上げた。これで誰憚ることなく……。


「心せよ」


 その緩みかけた気持ちを合唱のように重なった声が引き締めた。


「心せよ」

「まろうど様は弱っておられる」

「早急に御役目を果たせ」

「早急に」


 さわさわと声が収束し、沈黙に変わると、また空気が震えた。

それにまたキツネは深々と頭を下げた。


「おおせのままに」


 顔を上げたキツネは獣面をつけ、被衣をかぶりなおして立ちあがる。

目の前が立ちくらみのように真っ白くなり……キツネの周囲に光と色と地面、世界が戻る。

来た時とは逆の道順をなぞって与えられた寝床にかえると、キツネは何食わぬ顔で毛布と場所を入れ替わった。

見ていた者たちは、入れ替わったことにすら気づかなかっただろう。

読んでいただきありがとうございます。


ネ○フの会議…

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