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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
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生贄魔王と千変万化の獣

 某ノベルゲームでタヌキの面白さを知ってしまい、書きたくなった話です。

同時連載の話と同じ週1ペースで更新をしていこうと思っています。

「おうおうおう、寄ってたかってとはひっでぇ奴らだな!」


 ああ、何も取り返せずに、自分は死ぬんだ。

そう考えた瞬間、彼の耳に入ってきた声はその場の雰囲気とは全く違う、けた違いに陽気な声だった。

覚悟して閉じていた目を開くと、自分と敵の間には小さな獣が後ろ足を使ってヒトのように立っていた。

呆気に取られているのはその獣以外のその場にいるすべての者。

だが、敵の一行の方が堰を切ったように笑いだした。

対して、彼は呆然と獣の茶と黒の背中を見守るばかりだ。

その背に、侍従の少年をかばいながら。

今死ぬ、と今まさに殺せる。

直前の心理の違いだろう。

そしてその嗤いこそが、獣にとって敵味方を分ける決定打になった。


 むぃっと、革袋に空気を入れたように獣が膨らんだ。

ぶわああああああ、とその体が膨れる、膨らんでいく。何倍にも。

天井にも届きそうなほどに。


「あ?」


 嗤い続けていた者達が動きを止める。

次々と、血の気を喪っていった全員の口から、喉が裂けるような悲鳴が上がる。

獣は大きくなっていっただけだというのに。

パニックに陥った一人が杖を掲げて、その先に火球を生み出して、獣へと投げつけた。


「あ、バカ!」


 それがどういうものかは、その声をあげた者以外もわかっている。

この火球は、着弾と同時に爆発する……。

とっさに獣以外の敵味方双方が伏せた。

獣がどんな性質のものでも、負傷は重いものになるはずだ。


「おらよっ!」


 釣鐘を落としたような、いや若干軽い。

ボウルを伏せた時の音を何倍にも膨らませたような音がした直後、くぐもった爆発音が響く。


「ひゃー。バクハツブツショリの人達って、すっげぇな」


 人の背丈ほどもあるかという、本当にあの音に相応しい大きさのボウルが、地面に伏せていた。

そして、ボウルが獣の声でしゃべっている。


「うそ、今の、お城だってふっとばせるくらいの」

「ここが一階でよかったなぁ。上の階なら床抜けてたぞ!」


 勝気な声が獣の健在を知らせる。

どろん、と煙とともに獣は再び巨獣となってそこにいた。


「お前らじゃ俺には勝てないぞ。俺はお前たちより、いっくらでも強くなれるんだからな!」


 爆発の火球がどれほど威力が高いかを、使い手でなくとも知っている。


「いっぺんこっきり、見逃してやる。でもアレをもっぺんやるってんなら」


 くわ、と口が開いた。

ぞろりと並ぶ牙は、獣が馬やロバのような食性の持ち主ではないと教えている。

情けない悲鳴があがったのは、意外にも一行の中で最も後方に位置していた男、つまり一番牙から遠いはずの場所からだった。

一人が逃げれば、後は雪崩だ。


 そうもなるかと彼、『魔王ディータイク』は妙に鎮まった心の中で思った。

本来であれば、魔王城の魔物たちを蹴散らし、魔王の首を悠々ととることができる、という筋書きだった。

命の危険も無く、ただ決められた手順に従えば、選ばれた自分たちは魔王を必ず倒すことができるという筋書き。

それがあっさりと覆されたのだから。


 騒々しい客は去り、珍客だけがその場に残っている。


「大丈夫か?」


 その珍客はといえば、さっきとはうってかわった心配そうな声を彼に向けている。

「……はい、ありがとうございます」

「ええー?」


 その声が、彼の返答にひっくり返る。


「お前、お前、子どもなのか?」

「今年で十五になります」

「そんな格好してるのに?」

「服や靴で、体格なんかはいくらでも誤魔化せますから」

「だけどよぉ」


 すっかりと縮んだ獣は、またしても後ろ足で立ち上がり『魔王ディータイク』を見上げた。


「うーん……このことは後だな! ちょっと休めるとこいこう! ぜんっぜん、だいじょぶそうじゃねぇから」


 そう、きらきらした目で。

そんな希望に満ちた目は、よほどの子どもでもない限りこの国では誰も持っていないものだった。


 タヌキのコータと名乗ったその獣によれば、彼は巡礼や修行と呼べる旅の最中らしい。

生まれた地の賢人に学び、その妻の聖女に魔法の手ほどきを受けたのち、その地の頭領に弟子入りしてさらなる魔法の研鑽をつんで一人前と認められた彼は、有名な魔法使いや賢人、聖者や頭領を訪ねる旅に出たのだという。

とある島では幻術を、とある寺院では楽器を、また別の寺院では器物を介した魔法を、というぐあいに。

ついには、最初に弟子入りした頭領の子である賢人が、楽器を学んだ寺院ゆかりの姫君を娶って治めている北の地へと至り、学びながらさらなる外の地へと渡るチャンスを待っていたところ、ふいに彼の前へと『飛ばされた』のだという。

歩きながら聞かされた話にある、『魔王ディータイク』の知識にはない名称の数々に、彼はこれが獣の世界の話か、異国の話なのだろうと見当をつけた。


 彼にはこの獣の出現は、千載一遇のチャンスに思えた。

これを逃せば、次は無い。

そう断言できるほどの。


「コータ様、どうぞそのお力で、わが国をお助けください」

「ふえ?」

「九十五年の支配からこの国を独立させ、……王として、これ以上の暴虐と略奪を終わらせたいのです」

「ふぉ……」


 自分の予想を超える話になってしまったと思ったのだろう。

獣は口をぱくぱくとさせていたが、ぎゅっと目を閉じた。


「任せろ!」


 それはなんらかの決意を固めるためのものであったらしい。

きりっと―――それでも目はつぶらで、険しいという表現が全く似合わないのであるが―――眦を決して、タヌキは前足を拳のように握った。


「俺はお前の味方だ。お前を助けてやる。でも俺はお前を助けるだけだ。この国そのものは助けられねぇ」


 国そのものは助けない。

だがそれは、諦めさせるためのものではない。


「この国をってんなら、この国のモンであるお前がこの国をどうやって助けたいか、お前が王様としてどうしたいかが大事だ」


 全部やってやる、全部任せろ……それは無責任だと、言っている。

そう『魔王』は理解した。


「はい!」

「よし! んじゃさっそくだけど、ちゃんと詳しいこと教えてくれよ。俺、ぜんっぜんわかんねぇから!」

 お読みいただき、ありがとうございます。


 作中のタヌキの履歴を固有名詞を使って説明すると、「金平狸から学問を授かり、お袖狸から化け術を手ほどきしてもらい、穏神刑部狸に弟子入りし、そののち屋島や證誠寺などの名だたる狸やその一族を訪ね歩き、北海道の本陣狸を訪ねたのち、この世界に飛ばされた」になります。

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