26
テオバルトもエマの隣に座る、視線は海と海沿いの崖の上にある領主の館を見ていた
「私はまだまだ未熟です。担当官にも会えず、襲われただけでまだ何も出来ていない」
出張は今までにも経験してきた
宰相補佐として勉強もしてきたし、書類上執務室では何でも出来るほうだった
しかし、こうして王都から離れてみると何も出来ないことに気づかされた
「小さい頃、誘拐されたことがあるんです。それを昨日襲われたときに思い出してしまった
それで・・一人で外に出るのも怖いからついてきてもらったなんて、情けないでしょう?」
エマは暗い顔で下を向いて聞いていた
首を横に振っている
「私はテオバルト様の護衛です、それなのに・そんな思いをさせたなんて・・・それこそ護衛失格です」
ざーんと波の音が聞こえる
まだ日が高く暑い時間のためか周りに人はほぼいない
「あなた、今朝隣にいたでしょう?」
テオバルトのその言葉に真っ赤になるエマ
「え??寝てたんじゃないんですか??」
「寝てましたよ、信じられないくらいぐっすりと」
「え???」
テオバルトはエマを見る
「ありがとうございます」
「え、は、はい・・?」
テオバルトは誘拐されたことがトラウマで
牢から気づいたらベッドにいた
あんなことがあった後、普通なら眠れないのだ
でも昨日は、隣に人がいるのも関わらず眠れていた
テオバルトは護衛として失格という彼女に
隣にいてくれてよかったと伝えたかった
ただいてくれただけで、安心して眠れたのだから
お礼を言われている意味がわからないエマはなんで?
と首をかしげている
「大分、お酒臭かったですけどね」
「す、すみませんでした。なんで起こしてくれなかったんですかぁ!」
「起こしましたが、起きなかったんですよ」
恥ずかしさから
ばしっと軽くエマはテオバルトの腕を叩いた
「私は領主ハリセント・イルムラに直接会いにいこうと思っています」
テオバルトは崖の上の立派な屋敷を見る
「領主はどんな人なんですか?テオバルト様あったことあります?」
「宰相閣下の学院時代の後輩って聞いてますが、あったことは1度もないですね。
滅多に王都に来ないんですよ、他の領地の方たちは王都に家を持っている方も多いのに、キリアンだけは大都市にも関わらず王都に来ることもほぼないですからね・・だからこうして私が来ることになったんです」
「お父様の後輩?お父様は仕事のこと滅多に話さないしなぁ~」
宰相ジョージはエマの父だが
家では母に甘いだけのダメ親父の姿しか思い出せない
「キリアンで何が起きているのか、それを知らないと帰れませんからね」
テオバルトは立ち上がる
エマは立とうとするが、小さな石を踏んでしまったのと
酒がまだ残っているのか足元が少しふらついた
「どうぞ」
テオバルトがエマに手を差し出す
「ありがとうございます」
エマはその手をとり立ち上がる
繋いだその手をなかなか離したくなくてぎゅっと握る
それに気づいたのかテオバルトもすぐに離すことはなかった
「なぜあなたは男装をしているのですか?」
「動きやすいし、元々令嬢服より多くもっているんですが
旅に出るなら危険だから男の格好をしなさいとお父様に強く言われました」
「そうですか・・似合ってますよ。男装も令嬢もどちらも」
テオバルトはエマよりも背が高い
立ち上がり向かいあって目を合わせようとすると
エマは少し顔が上向き姿勢になる
ふと上げた顔をすぐに視線を右にそらした
「ずるいよ…今の何なの…」
エマは心臓が鷲づかみにされたようにぎゅっとなり
息が苦しくなる感覚からテオバルトの手を離した
「ふっ…」
笑った?
テオバルト様今笑った?
一瞬だがテオバルトはエマの顔を見て笑った
だが、すぐにいつもの表情にもどる
「テオバルト様、今笑った?」
「笑ってません。さぁ、行きましょう」
なんで笑ったのかと聞いてくるエマには一切答えなかった
いつもコロコロと変わるエマの表情だが
照れた顔が可愛いと思い、思わず笑ってしまったということはテオバルト自身もまだ気づいていなかった
せっかくだから海に入りたいというエマを
酒が残っているなら危険だから辞めたほうがいいと
テオバルトが説得し、エマは入るのを辞め
目的の領主の館に2人は向かった




