表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親たちの麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
7/18

6 テレビ電話

6 テレビ電話


 年を越して正月気分もいえた頃、山花さんからメールが入った。


山花:寒い日が続きますが、先生におかれましてはご健勝のことと存じます。

 旧年中は、先生に舞の事を色々と教えていただき感謝しております。


(ぼく:教えてもらったのは、ぼくの方だよ)


山花:そこで、近々先生に直接お会いしてお礼を申し上げたく思っているところです。


(ぼく:冗談じゃない。会う気はさらさらないよ。だって、山花さんはずいぶん怪しい人でしょう)


山花:私が直接東京に赴いて先生にご挨拶するのが筋ですが、この新型コロナ禍におきまして、東京に行って感染することが心配であります。家の者たち、特に私の両親が「東京に行くのだけはよしてくれ」と言っており、山形県からも農協を通して、東京に行くのは極力自粛するようにとのお達しが出ております。そこで、大変申し訳ありませんが、テレビ電話でお話しすることはできないでしょうか? ご検討いただければ幸いです。


(ぼく:まあ、いいか。リモートだったら、私がどこに住んでいるかわかりゃあしないし。チャットで返しておくか)


ぼく:メールありがとうございました。私も一度山花さんのお顔を見ながらお話ししたいと思っていたところです。では、時間を指定していただければありがたいです。


山花:私も先生とお会いするのに、散髪屋に行って身だしなみをきちんとしなければなりませんので、今すぐにというわけにはまいりませんので、先生のお仕事のご都合もおありでしょうから、来週の日曜日、1月31日の午後2時ということではいかがでしょうか?


(ぼく:午後2時か。昼の日中だけど、まあいいか。それにしても、散髪屋に行くの? ぼくも行かなければいけないかな? 年末にしたからいいじゃないかな)


ぼく:1月31日(日)午後2時で承知しました。


山花:先生のご尊顔を拝見できることを楽しみにしております。


ぼく:尊顔とはかけ離れた顔をしておりますが、画面越しですが、私も山花さんとお会いできることを楽しみにしています。


(ぼく:山花さん、張り切っているな。それにしても、山花さんっていったいどんな人物だろう。田舎者を装っているけれど、本当は東京に住んでいる若者じゃないんだろうな。もしかすると、東京の一部の若者の間で小説と現実をリンクさせたゲームが流行っているのかもしれないし・・・。別にかれらには他人からお金を巻き上げようとする意図はないのかもしれないな。でも、そんなゲームだとしても、のりの悪いぼくじゃあ、ゲーム相手として不足なんじゃないかな。それに顔を晒したら、相手が若者だということがばれるじゃないか。それでゲームオーバーになってしまう。メールの慇懃な文面からして、やっぱり年配の人なんだろうな。でも、まともな人じゃないことだけは確かだな。いつでも山花さんとの関係を切れるようにしておかないといけないな。それにしてもぼくは猜疑心が強すぎるのかもしれないな。これも小説家の特性なんだろうか。あっ、自分のことを小説家と言ってしまった。山花さんにのせられて、ぼくも少し調子に乗っているのかな。自重しなくっちゃあ。少し倒錯するようになったかもしれないな)


1月31日午後2時になった。スマホの画面上に山花さんの顔が登場した。68歳にしてはずっと若々しかったが、若者ではない。髪の毛は黒々として整髪料でてかてかと光り、それにスーツを着て、背筋をまっすぐに伸ばしている。なぜかパスポートの写真を撮影する時のように椅子に座っているように見えた。


山花:先生、お初にお目にかかります。私、山花と申します。本日は先生にお会いできてとても嬉しく思っております。


(ぼく:そんなに緊張しなくてもいいんじゃないの)


ぼく:いえ、こちらこそ山花さんにお会いできて大変うれしく思っています。山花さんはきちんとした格好をされているのに、こちらはラフな格好ですみません。


山花:いえ、決してそんなことはありません。やっぱり作家の先生はそのようなカジュアルな服装じゃなければ、芸術家らしくはありませんからね。


ぼく:芸術家だなんて、滅相もありません。以前申しましたように、素人の小説書きなだけです。


山花:いえ、私の尊敬している美祢林太郎先生がただの人だなんて、決してそんなことはありません。いつかきっと歴史が証明してくれます。


ぼく:歴史なんて仰々しい言葉を出さないでくださいよ。それに、そんなに真顔で言っていただくと、気押されしてしまいます。これまでもメールやチャットで話してきたんですから、もう少しリラックスして話しませんか。


山花:興奮してしまってすみません。小説家の方とお話しするのは初めてなもので、緊張しています。


ぼく:舞さんの履歴書に載っていましたが、山花さんのお年は68歳でしたよね。髪もふさふさとされ真っ黒で、お世辞でなく、十歳以上若く見えますよ。


山花:ありがとうございます。昨日山形市の散髪屋に行って、十年ぶりに黒く染めてもらったんです。家族の者も驚いていました。ついでに先週直しを頼んでおいた新品の背広を店屋から引き取ってきたんです。先生に失礼のないようにと思いまして。


ぼく:よく似合ってらっしゃいますよ。


山花:普段は農作業のために、一日中作業着を着て働いています。白髪頭も放ったらかしで、ぼさぼさです。


ぼく:冬はお仕事どうされているんですか?


山花:晴れた日は果樹の剪定をしています。それに毎日、毎日、雪が積もりますもので、家の周りの雪かきに追われています。


ぼく:ごくろうさまです。


山花:この度は、直接先生の元に赴いてご挨拶しなければならないところを、ご無理を言って、テレビ電話での対面になりましたこと、まことに申し訳ありません。


ぼく:いえ、決してそんなことはありません。このコロナ禍ですからね、しかたありません。


山花:そう言っていただくと、私も助かります。こうして映像が写りますので、この機会に家族の者を紹介したかったのですが、誰も恥ずかしがって、出て来てくれません。お許しください。外が晴れているので、折角ですから、上山の雪景色を見てもらいましょうかね。東京は雪が降りましたか?


ぼく:雪ですか? まだ降っていませんね。


山花:では、これからスマホを持って外に出ます。ちょっと、背広の上にオーバーを着させてもらいますね。


ぼく:随分寒いんでしょうね。


山花:今日の最低気温はマイナス9℃で、今年一番の寒さでしたが、今は日が差してきて、温かくなってきました。


ぼく:すごい雪ですね。きらきらと輝いて美しいですよ。


山花:わかりますか?


ぼく:わかります。新雪の上の雪が光っています。


山花:そんなに喜んでいただいて、私も嬉しいです。


ぼく:それがラ・フランスの樹ですか?


山花:そうです。いまは何もなっていないですが、今年の10月末には先生に一番いいところを送らせていただきます。


ぼく:楽しみにしています。


山花:あの向こうのビニールハウスがサクランボです。こちらは6月に送ります。


ぼく:サクランボはビニールハウスで栽培されるんですか?


山花:ビニールハウスでなければ、実割れして商品になりませんからね。


ぼく:それは手がかかって、高いわけですね。


山花:舞もうちのサクランボが好きだったんですが、家を飛び出して居所がわからなくなったので、この何年も食べていないはずです。今年こそは食べさせてやりたいですね。お世話になっている麦川アパートのみなさんにも是非食べていただきたいですね。


ぼく:冷えてきたんじゃないんですか。そろそろおうちに入られた方がいいんじゃないですか?


山花:こんな寒さたいしたことありませんよ。でも、先生に雪を見てもらってよかったな。この雪国で舞は生まれ育ったんですよ。


ぼく:そうなんですね。


山花:次回作とは言いませんが、次次回作には是非とも舞を使ってやってください。雪国育ちの舞はいい素材じゃないんですか?


ぼく:まあ、参考にさせていただきます。日が陰ってきたようですから、家に入ってくださいよ。


山花:では、そうさせていただきます。


ぼく:家はモダンなんですね。


山花:どこの農家も最近は、床がフローリングでソファの生活ですよ。私のような年寄りもこのような洋風の生活が楽ですしね。


ぼく:そのテレビの置かれている台の上の写真は、ご家族の写真ですか?


山花:そうそう、これは家族全員で写した写真です。小さくてわからないでしょうけど、これが私でこれが女房。じいさんとばあさんと長男と次男。そしてこれが舞ですよ。


(ぼく:えっ、舞さんが写っているんだ。それにしてもまだ子供じゃないか。山花さんもずいぶん若いし)


ぼく:これはいつ頃の写真ですか?


山花:この写真は舞が5歳の七五三のお参りの時の写真です。


ぼく:もう少しカメラを写真に近づけて、よく見せていただけませんか?


山花:見えますか? 集合写真なので舞の顔がよくわからないかも知れませんね。名残はありますかね?


ぼく:小さすぎるのでよくわかりません。高校生の頃の写真はありませんか?


(ぼく:モニター越しに山花は少し困ったような表情に見えた)


山花:すぐに手元にはありませんので、今度女房に探してもらいます。


(ぼく:まずいことを言ってしまったかな。もしかして、写真がないの? そんなことはないだろう。しかし、高校の頃にぐれていたと言っていたから、反発して親に写真を撮ってもらっていないかもしれないな。親としては高校の頃の写真がないとは言えないしな。でも、どこかに一枚くらいはあるだろう)


山花:本日はお休みのところを、私に付き合っていただきありがとうございました。画面越しとはいえ、先生と直接お会いできましたこと、大変感謝しております。これからも舞ともどもよろしくお願い致します。


(ぼく:突然、終わりなの。ぼくは何かまずいことを言ってしまったかな)


ぼく:いえ、こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきました。これからもよろしくお願いします。今日はありがとうございました。


山花:コロナが明けましたら、是非とも東京に行きまして、先生に直接会ってお礼を申し上げたいと存じます。それに、先生に置かれましては、是非とも山形にいらしていただければと存じます。山形にも蔵王や山寺という観光地がありますので、案内させていただきます。コロナが明けたら、お待ちしております。


ぼく:ありがとうございます。コロナが収まりましたら、是非山形にも伺いたいと思います。


山花:では、本日はありがとうございました。


 山花さんが上山のサクランボ農家であることは間違いないな。ここに嘘がないんだ。


               つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ