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親たちの麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
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5 いじめ

5 いじめ


 今日は、山花さんからチャットをしてきた。山花さんとのチャットは長くなる。


山花:ご存知ですか、以前麦川アパートでいじめがあったことを。


(ぼく:いきなりドキッとするようなことを言わないでよ。いじめのことなんか、書いていないんだから、知るわけないでしょう。山花さんの妄想がどんどん拡がっているな。それともメールを寄越している山花さんのお嬢さんの舞さんの作り話なの? 山花さんは娘可愛さでそのほら話を信じ込んでいるの? それとも信じ込んでいるふりをしているだけなの? いずれにしても、麦川アパートじゃなく他の名前のアパートの話ならいいよ。たとえば米川アパートとかさ。それだったらぼくの預かり知らないことだもの。山花さんの娘さんが麦川アパートに住んでいなければ、何の問題もないんだよ。でもまあ、話を聞いてみることにしよう)


ぼく:おたくのお嬢さんの舞さんは本当に麦川アパートにお住まいだとおっしゃっているのですか? もしかしたら他のアパートの名前じゃないのですか? 一字違いの米川アパートとか麦山アパートというんじゃないんですか?


山花:何を疑っているのですか? 間違いなく麦川アパートですよ。娘のメールを何度読み直しても麦川アパートと書いてあります。先生が疑っては話になりませんね。やっぱり先生は、うちの舞を軽く見ているんじゃあないですか?


(ぼく:ここは質問を繰り返して山花さんを刺激してはいけないな)


ぼく:いえ、決してそんなことはありません。それじゃあ麦川アパートで起こったいじめについて具体的に教えてください。


山花:やっぱり先生もご存じないんですね。いじめは隠れたところで密かに行われるものですからね。


(ぼく:隠れてもなにも、山花さんかあるいは娘の舞さんかの勝手な創作でしょう。それとも、別のところで舞さんに実際に起こったいじめを、ぼくの小説に重ねているのだろうか? そうすることで山花さんはぼくに何かを訴えようとしているんだろうか? ぼくは社会派の小説家じゃないんだけどね。それが狙いならば、もっと他の作家さんをあたって欲しいね)


ぼく:確かにそうですね。若い女性ばかりの共同生活で、いじめが起こらないのが不思議なくらいかも知れませんね。ぼくが完全に見落としていました。ぼくの監督責任です。すみません。


山花:先生がそこまで責任を感じなくてもいいんじゃありませんか。誰かが自殺したわけでもなく、いじめが収まった後は、今もみんなで仲良くやっているようですから。しこりがあるようにも思えませんし。


ぼく:それはよかった。誰かのトラウマになっていたら嫌ですからね。それで、いつ頃、どんないじめが行われたのですか。


山花:いじめが始まったのは、彼女たちが麦川アパートに入居してすぐの頃だそうです。そして何度かの紆余曲折があって、それが完全に収まったのは、じいさんが地元の人たちに人さらいに間違われた頃だそうです。まあ、外に共通の敵ができたので、中で結束が高まったのでしょう。そういうことって、よくあるじゃないですか。

見知らぬ個性の強い者たち、それでなくてもずっと虐げられてきた者たちが集まったんですから、最初の頃はギスギスしますよね。先生はそこのところに全然触れておられませんでしたが、読者は薄々わかっていました。あそこらで、アパートで起こった話を挟んでくるのかと思っていたら、先生は完全にスルーしましたものね。まあ、いじめのことを克明に書かれても読者は引いてしまいますからね。先生の健康な小説にいじめは似合いませんよ。舞もいじめがあったことは、なにか小さな出来事としてしか捉えていないようですし。なんでもかんでもいじめを主題にすりゃあ、小説が売れるというわけでもありませんからね。なんて言っても、いじめにかかずらわっていては、先生の小説のテンポの良さが削がれてしまいますからね。アパートの住人は、アパートに来るまでに散々いじめられてきたんでしょうから、そちらのいじめが強烈で、すでにいじめの免疫ができていたんですよ。


ぼく:それで誰がいじめられていたんですか?


山花:最初にいじめのターゲットになったのは、コンピュータおたくの未来さんらしいですよ。みんなコンピュータのことなんかわからないから、知らないコンピュータ用語を駆使する未来さんを無視するようになったそうなんです。小説の中では未来さんの友達だったゲームオタクの亜美さんも、この時はいじめに加担したそうなんです。でも、コンピュータおたくの未来さんは完全に無視されても全然落ち込む風ではなく、いつも自分のパソコンをいじくっていたそうなんですけどね。次に、なにかのきっかけで、何のきっかけか舞もわからないそうなんですが、どうせつまらないことでしょう。とにかく、次にゲームオタクの亜美さんがいじめの標的に代わったそうなんです。彼女は無視されるだけでなく、面と向かって罵倒されたり、暴力を振るわれたそうなんですよ。舞が見てても結構つらく当たられていたそうなんです。でも、彼女にはコンピュータおたくの未来さんが味方に付いたそうなんです。分からないものですね。一緒にラーメン屋で働いていたから、仲良くなったんでしょうね。お客さんにはゲームオタクの亜美さんの方が受けがよかったので、仕事で未来さんをかばっていたからですかね。


ぼく:それで山花さんのお嬢さんの舞さんは、いじめに合わなかったのですか?


山花:うちの娘ですか? そこはうまく立ち回って、いつもいじめる側にいたそうなんですよ。いじめられる子を守るなんてかっこいいことはできませんよ。そんなことをしたら却っていじめのターゲットになりますからね。子供たちはよく知っているんですよ。でも、あのなんていうおばさんでしたっけ。ああ、名前が付いていませんでしたね。あの横暴なおばさんの登場で、若い連中は一致団結するようになって、一度はいじめがなくなったそうなんです。共通の敵の登場によって求心力を増しますよね。宇宙人が地球を侵略しに来たら、地球上の人間は国や宗教を越えてまとまると思うんですよ。まさにそれですよ。でも、その平安も一時で、そのおばさんがいなくなったら、またいじめは起こったようなのですけどね。ほとんど一巡したんじゃないですか。


ぼく:まさか幸子もいじめに加担したということはないでしょうね?


山花:幸子さんや萌さんはいじめに加わっていないようですよ。さすがに二人とも先生が見込んだだけの人物ですよ。人格者ですね。幸子さんはプロレスの修行時代にずいぶん先輩にいじめられてたんでしょう。時々、みんなにその頃の話をしてくれるらしいんです。集合が遅いと言われて、スクワット千回、先輩が彼氏から電話がかかってこないと言って、コンクリートの上で受け身を百回、雪が降ったからと言って素足で公園の階段を百往復、ちゃんこの味が薄いと言って、腕立て伏せ千回、今日は寒いからと言って、川で服を着たまま水泳。壮絶だったらしいですね。

 幸子さんのように徹底的にいじめられた人は、いじめの痛みを知っているので、他の人をいじめたりしません。いや、これはきれいごとですね。幸子さんのようにいじめられる人は、後輩をいじめない人と、その反対に後輩に自分がやられたことと同じかそれ以上のいじめをする人との、二種類がいますね。後者がいるからいじめの連鎖はなくならないのですよ。幸子さんみたいな人ばかりだと、すぐにいじめはなくなるんでしょうけどね。世の中うまく行きませんね。


ぼく:いじめが起こっている時に、萌はどうしていたんですか? 彼女は知っていたんでしょうか?


山花:いじめは幸子さんや萌さんに知られないように行われていたそうですが、鈍感な幸子さんはともかく、萌さんは知っていたと思いますよ。でも、彼女は時間が経てば、いじめも収まると思っていたふしがあって、見て見ぬふりをしていたそうです。決して自分に禍が及ぶことを恐れてのことじゃないと思いますが。先生もご存じのように、萌さんはそんなやわな人間じゃありませんからね。いえ、これもうちの舞から聞いた話なのですが。


ぼく:そうですか。萌はいじめを受けたり、加担したりしませんでしたか。安心しました。


山花:萌さんは先生のお気に入りですものね。


ぼく:いえ、そんなこともないのですが。萌は外見が幼いでしょう。ですから、心配なのですよ。


山花:今回は麦川アパートでもいじめがあったということだけ、お知らせしておきます。これは先生の胸の内にしまっておいてくださいね。でないと、舞がチクッタと言われて、麦川アパートに居づらくなっても困りますので。


ぼく:もちろんですよ。誰にも言ったりしません。


(ぼく:いったい誰に話すというんだよ。小説の中の人物はすべて架空の人物だよ。そんな人たちに話しても、それは独り言か妄想の世界でしょ。変質者みたいだよね)


山花:先生、チョイ役の未来さんや亜美さんにもドラマがあったんですよ。


(ぼく:登場場面が少なかったことをよっぽど根に持っているな)


ぼく:誰にでもドラマはありますから。


山花:そうですよね。先生はよくご存じのはずですよね。


ぼく:また何かあったら教えてください。


山花:はい。今日はこれで失礼致します。


          つづく

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