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親たちの麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
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4 舞からのメール

4 舞からのメール


 山花さんとのメールの交信が始まってから、定期的にメールやチャットをチェックする習慣がついてしまった。今日もメールが入っていた。山花さんにはメールとチャットの文章が定かではなくなったようだ。メールの文章が独り言のようになっている。それはそれで面白いし、対話をしなくていいのでこちらとしても気が楽である。


山花:先生、お忙しいところすみませんが、最近舞からメールをもらったことは、まだ先生にはお話ししていませんでしたよね。


(ぼく:そんなこと聞いたことないよ。まあ、それは山花さんのお嬢さんの舞さんからだよね)


山花:近況報告の中で麦川アパートのことを色々と教えてくれたんです。まあ、舞の生活は麦川アパート抜きでは語れませんものね。


(ぼく:それって、娘の舞さんもぼくの小説を読んでいるってことなの? それとも親子で妄想癖があるの?)


山花:娘からの久々の連絡で、舞が元気なことがわかって、家族全員で喜んだのです。


(ぼく:安否がわかって、よかったね)


山花:それにきちんとキャバクラで働いているというでしょ。キャバクラで働いているといったら、田舎じゃあみんな色眼鏡で見ますが、我が家としては働いているというだけで万々歳です。なにしろ、高校を出て就職したのがあの詐欺まがいの化粧品会社でしょう。まがいじゃなくて、詐欺そのものですよね。あれに比べれば、キャバクラは正々堂々とした仕事ですよ。警察にやっかいになることもないでしょうし。ぼったくりバーとは違いますからね。セット料金の明朗会計ですよ。安心です。


(ぼく:確かに、化粧品会社よりキャバクラで働いている方が安心だよね。客を騙しているわけじゃないんだから)


山花:あの通り、口がうまいですから、また詐欺を働いて警察のご厄介になっているんじゃないかと、家族全員心配していたんですよ。山形の警察は騙せても、警視庁は騙せませんからね。警視庁は海千山千の詐欺師たちを日々相手にしていますものね。山形は純朴な市民を騙すだけですから、騙す方の技術もたかだか知れているんですよ。警視庁にかかったら、山形の詐欺師なんて一網打尽ですよ。


(ぼく:山形の詐欺師だってしたたかだと思うんだけどな。そんなに詐欺師の技術に地域格差があるのかな? 確かに詐欺師の技術や能力は騙される方の能力と相関しているかもしれない。双方で能力を切磋琢磨して高め合っているのも確かだろう。でも、訪問販売は別として、オレオレ詐欺なんか、山形への電話は東京や関西からかかってきているそうだよ。地域差は小さくなってきていると思うんだけどな。

それにしても、小説の中の舞は詐欺師の才能があると書いたけれど、山花さんところの舞さんも本当に詐欺師っぽいの? これはぼくの小説の中の舞と偶然の一致なの? はたまた、山花さんが娘の性格を勝手に小説に合せて創作しているの? ぼくの気を引くためなの? そんなことをしてどこが楽しいの? なんてったって、詐欺師だよ)


山花:海に行くのを楽しみしていると連絡がありました。怜奈ちゃんに水着を上げたということもメールに書いてありました。舞はそんなやさしいところもある子なんですよ。


(ぼく:小説の中の小さな場面じゃないか。舞が水着をあげたの、怜奈という名前だったっけ? そんなこといちいち覚えてないよ。それにしても、山花さんが舞さんからメールをもらったのは、海に行く前だから、夏のことなのかな?)


山花:それからも何度かメールをくれています。

地元の秋の文化祭にアパートからも出し物を出そうと提案して採択された、と嬉しそうに教えてくれました。フラダンスを提案したのは、うちの舞じゃないんですか?


(ぼく:あれ、誰だっけ。そんなこと覚えてないよ。ちょっと自分の書いた小説を読み返してみよう。・・・・・・・・フラダンスを提案した人間が誰かなんて書いていないじゃない。とりあえず舞にしておくか。山花さんも喜ぶしな)


山花:キャバクラでいつも舞を指名してくれて、毎回プレゼントをくれる人、誰でしたっけ?


(ぼく:そんなディテールについては、書いてないよ)


山花:そうそう。谷村さん。谷村洋二さんという和菓子屋の旦那さんですよね。旦那って言っても、まだ42歳で独身だって言うじゃありませんか。私も舞に少しくらい年が離れていても、谷村さんと結婚してはどうか、とメールを送ったんですよ。反応はなかったですけどね。


(ぼく:そんな話、小説にはどこにも書いてないよ。山花さんが勝手に創作したんだな。次回作の参考にするか)


山花:舞が上山に帰ってきてくれたら、一番うれしいですよ。でも、山形ではあの化粧品の詐欺事件を忘れていない人がまだいるんですよ。幸いにも娘は不起訴でしたが、家に上がり込んでおばあさんと仲良く話して、法外な値段で化粧品を売りつけたのは紛れもなくうちの舞ですからね。まだ売りつけられた人たちの恨みは、消えていませんよ。化粧品のためにわずかな貯金を使い果たしたおばあさんもいるそうですからね。もう上山に帰ってきて、幸せな結婚はできないでしょうね。それは私どもも諦めています。ですから、よその土地でいいので、幸せに結婚して欲しいと願っているのですよ。


(ぼく:結婚するのはいいよ。でも、谷村さんって実在するの?)


山花:谷村さんは和菓子屋だから、苺大福のように、うちのサクランボやラ・フランスを使ってもらうように舞の口から谷村さんに提案してもらったんですよ。和菓子とサクランボやラ・フランスのコラボは、斬新だと思いませんか?


(ぼく:斬新かどうか知らないが、山花さんも商売っ気があるな)


山花:すると、谷村さんも興味を持ったようで、収穫したらサンプルを送ってくれるようにお父様に伝えてくれ、と言われたそうなんです。そこで谷村さんの住所を教えてくれるように言ったんですが、今のところなしのつぶてなんですよ。


(ぼく:どこまでが本当の話なんだ。いったい谷村さんはどこに住んでいるんだ)


山花:私は谷村さんが舞の結婚相手にいいと思ったんですが、舞はやっぱり若いのがいいんでしょうね。谷村さんからは、鶯餅や桜餅をたくさんもらったそうなんですが、あいつは田舎者のくせしてケーキの方が好きだから、アパートのみんなに全部あげたというんですよ。


(ぼく:田舎者が洋菓子よりも和菓子の方が好きだというわけではないだろう。山花さんは思い込みの激しい人だな)


山花:幸子さんなんか、一回に5個も和菓子を食べたそうなんですよ。幸子さんは和菓子が好きなんですね。


(ぼく:アパートの連中、和菓子を食べていたのか。幸子は好き嫌いなさそうだし、甘いものは特に好きそうだものな。そう言えば、小説の中で女の子たちの好物に触れなかったな。ふれたのはじいさんの好物がピーナツチョコだということくらいだものな。なんか情けないものがあるな)


山花:谷村さんからは、真珠のネックレスや、ヴィトンのバッグ、シャネルの香水なども、いただいたそうなんですよ。でも、谷村さんと寝てはいないそうなんです。谷村さんがかわいそうになってきます。


(ぼく:舞さんも父親に微に入り細に入り話しているな。普通、男と寝たかどうかを知らせるか?)


山花:舞のような小娘に騙されていると思うと、谷村さんが不憫に思えてきます。おそらく、谷村さんの年老いたご両親から、うちの娘はさぞかし恨まれているんでしょうね。


(ぼく:今頃、そんなことで親は恨んだりしないんじゃないの。却って、もてない息子の相手をしてくれて、感謝しているんじゃないの)


山花:舞は客でくる薗田が好きなんじゃないかと思うんです。


(ぼく:薗田なんて男を書いたことないよ)


山花:海にクーラーボックスを運んできた男の中の一人が、薗田なんです。


(ぼく:えっ、そうだったの。書いたぼくが知らないことだよ)


山花:薗田も調子のいい男なんですよ。舞も若いからそんな男に騙されるんですよ。しかし、幸子さんから薗田には気をつけろって釘を刺されているそうなんです。薗田は女に貢がせて紐になるタイプの男だって言われたんですって。さすが、幸子さん、男を見る目がありますね。


(ぼく:幸子、男を見る目があるの? 男っ気がないだけだと思っていたんだけど)


山花:人を騙す側の舞が、男に騙されてちゃあ駄目ですよね。しかし、薗田はハンサムらしいですね。たしか、韓国タレントのパクさんに似ているとか。


(ぼく:そんなタレント知らないよ。そもそも、パクさんなんて韓国にはいっぱいいるんじゃないの。日本だったら佐藤さんっていうようなありふれた名字じゃないの?)


山花:いつか先生には舞の結婚についてもご相談させていただきたいと思っています。でも、焦ってはいけないのかもしれませんね。現在は、舞が麦川アパートで平穏な生活を送っていることだけで良しとしなければならないのでしょうね。先生にはふつつかな舞を麦川アパートに入れていただき、感謝の念に堪えません。これからもよろしくお願い致します。


(ぼく:山花さんのお嬢さんが舞という名前であることは、それはそれでいいけどね。ぼくの小説の登場人物の舞と偶然に一致した名前なんだろうからね。一文字の舞が一致するなんて高い確率で起こることなんだから、珍しくもなんともないよね。だけど、だけどだよ。小説の登場人物が実在する自分の娘だと言われた日には、それは真っ赤な嘘だよね。娘の舞さんと同じように、お父さんの山花さんも詐欺師なの? 娘は父親の血を引いているの? それともぼくの熱烈なファンとしてぼくの気を引こうとして、話を作っているだけなの? もしかするとそんなところかも知れないね。まあ、実害はないのだから、もう少し付き合ってみるか)


               つづく

 

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