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親たちの麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
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3 舞の履歴書

3 舞の履歴書 


父親が履歴書を送ってきた。


氏名:山花舞やまはなまい

性別:女

年齢:28歳(令和2年12月1日現在)

住所:〒999-0001 山形県上山市権現町字山中111-10


学歴

平成4年(1992)7月1日 山形県上山市生まれ (この日、山形新幹線開業。福島以北は新幹線と言いながら踏切があり、特急料金です)

平成8年(1996)4月1日 私立木の実幼稚園 入園 (この年、渥美清さん亡くなる)

平成10年(1998)3月31日 同園      卒園 

平成10年(1998)4月1日 上山市立中央小学校 入学(この年、宇多田ヒカルさんメジャーデビュー)

平成16年(2004)3月31日 同校       卒業

平成16年(2004)4月1日 上山市立城下中学校 入学 (この年、新紙幣発行)

平成19年(2007)3月31日 同校      卒業

平成19年(2007)4月1日 私立月山高校  入学 (この年、沢尻エリカさん舞台挨拶でふて腐れる)

平成22年(2010)3月31日 同校      卒業 (この年、AKB48大活躍)


職歴

平成22年(2010)4月1日 みちのく化粧品株式会社 入社

平成23年(2011)3月31日  同社         退社

平成26年(2014)(?)    駅前キャバクラ(?) 入社(?)

平成30年(2018)(?)     同社(?)     退社(?)

平成30年(2018)(?)   社団法人麦川ファーム  入社

現在に至る


家族構成(みんな同居しています。四世代住宅です)

祖父:山花太一(90歳)

祖母:  マサ(87歳)

父:山花進(68歳)

母:  圭子(65歳)

長男: 進一(40歳)

長男の嫁:睦美(35歳)

長男の子供:小百合(10歳)

次男: 進ニ(38歳・独身)


身長:160.7㎝(高校2年生の健康診断の記録)

体重:50.8㎏(同)


免許・資格等

書道初段


長所

話がうまい。


短所

あきっぽい。


特技

・誰にでも話を合わせることができる。

・明るい。

・男に好かれる。


運動歴

中学時代はバスケットボール部に所属


芸術歴

・小学校3年生夏休みの宿題で提出した写生が学内で金賞になる。


好物

・上山市のサクランボとラフランス

・山形牛


嫌いな食べ物

・ピーマン

・ニンジン


 なんのつもりで履歴書をメールに添付してきたのかわからないし、沢尻エリカがふて腐れたことをどうして書き込まなければいけないか理解しがたかった。ぼくが小説を書く上で時代背景を知らせたかったのだろうか。まあ、そこを突っ込むと説明が長くなりそうなので、触れないことにした。だが、この履歴書だけでは、山花舞の人となりがわからない。


ぼく:舞さんの履歴書を送っていただきありがとうございました。これは就職の時に使われたものでしょうか? 残念ながら、これでは舞さんの人となりがわかりません。個人情報のこともあると思いますが、もう少し具体的に教えていただけないでしょうか。


(ぼく:成り行きでこんなことを書いてしまったけど、どうしてぼくが舞さんのことを詳しく教えてもらわなくっちゃあいけないの? ぼくは彼女の小説を書くつもりはまったくないからね)


山花:はい、わかりました。小説に書いていただこうと考えているのですから、個人情報なんてありません。恥ずかしいことも包み隠さずお話しします。麦川アパートに住み始めて以降は、先生の方がお詳しいでしょうから、山形にいた頃のことを具体的に書いてみます。文章を書くのは素人なもので、おかしなところがあっても大目に見てください。質問は随時よこしていただければ、分かる範囲でお答えします。


ぼく:よろしくお願いします。


(ぼく:定型の受け答えだけど、どうしてぼくがお願いしなくっちゃならないの)


山花:履歴書を見てお分かりのように、舞は3人兄弟の末っ子で、上に二人の兄がいます。舞は私が40の時の子で、すぐ上の次男とは10歳離れています。長男の進一夫婦は私たちと一緒に果樹栽培をしてくれています。立派な跡取りです。次男の進二は、いまは上山市内の製菓会社で働いています。豆菓子で有名な会社で、係長をしています。営業のために全国を飛び回っているので、まだ独身なんです。先生、良い女性はいませんかね。


ぼく:ここは舞さんのことだけに集中しましょう。


山花:そうでした。すみません。田舎者はついつい寄り道をしてしまうもので。舞が生まれた時は、祖父母を含め家族全員で大喜びしました。蔵王産科医院で生まれたんですけど、目鼻立ちがくっきりして、そりゃあかわいい赤ちゃんでした。舞が生まれた平成4年は、日本人宇宙飛行士として、初めて毛利衛さんが宇宙を飛んだ年です。バルセロナ五輪で14歳の岩崎恭子ちゃんが平泳ぎで金メダルを取って「今まで生きてきた中で一番幸せ」って言いましたよね。可愛いかったな。松井秀喜が甲子園で5打席連続敬遠されたのは、かわいそうでしたね。


ぼく:山花さんは凄い記憶力ですね。それで、舞さんの話に戻しませんか?」


山花:失礼しました。舞は子供の頃から果物が好きでした。ですが、サクランボを食べ過ぎるとお腹に悪いのは、先生もご存じでしょう?


ぼく:いえ、知りません。


山花:サクランボは小さくて可愛らしい果物でしょう。それで実に対して皮の量が相対的に多いんですよ。ですから、食べ過ぎると皮を消化できなくて、下痢をすることがあるんですよ。これはあくまでたくさん食べた場合ですよ。普通の量だとそんなことはありません。パックひと箱くらい食べても大丈夫です。うちのようなサクランボの生産農家にはたくさんのサクランボがありますからね。舞が幼稚園に上がる前でしたね。サクランボを食べ過ぎて下痢したのは。


ぼく:そうなんですか。それで舞さんはサクランボを嫌いになったのですか?


山花:そんなことはありませんよ。サクランボを嫌いな人なんて、これまで聞いたことがありませんからね。


ぼく:そう言われれば、そうですね。


山花:舞の額に小さな傷があるのを、ご存じありませんか?


ぼく:いえ、知りません。


山花:あれは幼稚園の時でしたね。幼稚園にあった大きな柿の木に登りまして、落ちた時につけた傷なんですよ。お転婆だったんですね。いまでも、麦川アパートの前にある桜の樹に登ったりしていませんか? 高いところが好きなはずですよ。


ぼく:アパートの住人はみんなもういい歳なので、誰も桜の樹に登ったりはしません。


山花:そうですよね。もう大人ですものね。先生もご存じのように、舞の頭はそんなによくありません。学校の成績も悪かったですから。でも、舞は勉強はできなくても、挨拶だけは元気な声でしていましたものね。近所のお婆さん連中にも「舞ちゃんは良い娘に育ったね」っていつも褒められていたんですから。子供は勉強よりも挨拶ができることですよね。


ぼく:まあ、そうですね。


山花:挨拶ができれば、それで十分じゃないですか。子供に多くのことを望んではいけません。

舞は小学校3年生の時に好きな男の子ができましてね。名前を柳沼敬っていうんですよ。敬君の親父が自転車屋を経営しておりまして、その店から舞の自転車を買いました。舞の誕生日には、女の子ばかりの中を敬君も家によんだんです。敬君が誕生日プレゼントにリボンをくれた時には、舞がみんなの前で敬君の頬にキスをしたんですよ。ませてるでしょう。居合わせた女の子たちは、みんな唖然としていましたからね。でも、舞は後々まで敬君が初恋の相手だって言っていました。

中学2年の夏でしたか、家出しましてね。何が不満だったんでしょうね。家の中でトラブルがあったわけではないので、学校でいじめられたんですかね。仙台の私の妹のところから電話がかかってきて、二三日そちらで世話になりました。舞からこの話は聞いていませんか? 先生はあまり舞に興味がないようですからね。いつも、萌さんや幸子さんばかりだから。いえいえ、単なる愚痴ですから。決して先生を恨んでなどいません。田舎者のうちの舞を取り立ててくれただけで感謝しています。


ぼく:お嬢さんに興味がないなんてことはありませんよ。なにぶんアパートには13人もいましたもので。みなさんを平等に扱うわけにはいかなかったのですよ。そこのところは理解してください。


山花:わかっています。


ぼく:舞さんのお友達のお話を聞かせてください。


山花:舞の友達ですか。小学校の低学年の頃は近所の田中良子、山田泉、東海林美緒ちゃんがいましたね。断っておきますが、東、海、林と書いてトウカイリンと読みます。東海林太郎のショウジではありません。山形ではトウカイリンなんです。


ぼく:はい、わかっています。


山花:さすが小説家の先生ですね。こんなローカルな名字の読み方までご存じなんだ。


ぼく:たまたま、大学の友達に山形出身の者がいたんですよ。その友達も東海林の呼び方について話していたもので、覚えていたんです。


山花:そうだったんですか。先生は山形とは縁があるんですね。


ぼく:そうかもしれませんね。


山花:その東海林美緒ちゃんとは小学校の高学年になっても付き合っていたようですが、良子ちゃんや泉ちゃんとは疎遠になったようです。代わりに岩波知恵ちゃん、佐藤理恵ちゃんなんかとよく遊んでいるようでした。中学校に入っての友達は・・・。


ぼく:もう友達の名前はいいですから、中学校ではどんな部活に入られましたか?


山花:中学校では、バスケットボール部に入りました。それも友達の岩波知恵ちゃんが入るから一緒に入ったようです。あまり一生懸命じゃなかったようで、部活にはあんまり出なかったようです。せっかくバスケットボールを買って、家の庭に、あれなんて言うんでしたっけ、ゴールポストでしたっけ


ぼく:バスケットと言うんじゃなかったでしたか?


山花:そう、そう、さすが先生です。そのバスケットを庭に設置したのにですよ。すぐにやめちゃうんですから。庭でいったい何回くらいボールをついたでしょうね。本当に飽きっぽいんですよ。いまでも、錆びて庭にあります。


ぼく:部活をやらずに何をしていたんですか? 学校が終わったらすぐに家に帰ってきたのですか?


山花:いえ、いえ、まっすぐに家に帰るわけではなく、上山の駅前でたむろしていたようです。上山の駅は「かみのやま温泉駅」といいます。上山は昔から温泉で有名ですから。先生もご存じのことでしょう。


ぼく:知っています。有名ですよ。


山花:下大湯を始めとした街中の共同浴場の入浴料は大人150円ですからね。


ぼく:安いですね。


山花:洗髪料は別に100円かかります。


ぼく:それにしても安い。


山花:面白いのは、洗髪料を払うと大きな木の札の付いた水道の栓を貸してくれるんですよ。その栓を蛇口に差して水を出すんです。浴槽の湯で頭を洗ったら反則なんです。


ぼく:そうですか。温泉の話はまたにするとして、話を舞さんに戻しませんか。


山花:そうですね。かみのやま温泉駅は新幹線が停まりますが、駅前には何もありません。そんなところをうろついても面白くないだろうと思うんですけどね。


ぼく:勉強はできなかったとおっしゃいましたが、実際のところどうなんですか?


山花:勉強ですか。するわけないじゃありませんか。親に似て、勉強はしませんよ。私も勉強しろと言ったことはありませんね。勉強しなくても、良い男を見つければ女は幸せになれますからね。都会は違うかもしれませんが、田舎はいまでもそんなものですよ。だから、人付き合いだけは大事にして欲しかったですよね。先生もお書きになられているように、舞は愛嬌があって、話が面白いでしょう。それで十分なんですよ。私は舞の性格が歪まないように、いいところを伸ばすように教育してきたつもりです。


ぼく:女は愛嬌ですよ。


山花:やっぱりそうですよね。やっぱり先生はわかっていらっしゃる。


ぼく:高校生活はどうされていたんですか?


山花:履歴書では高校を卒業したことになっていますが、まともに学校には行っていません。毎日、山形の街に出て悪ガキたちと連れ立って遊んでばかりでしたからね。朝、登校時間になると毎日家の近くで悪ガキたちが車の中で舞を待っているんですよ。帰宅するのは深夜でした。私は何度も注意しました。でも、駄目なんですね。それで勉強の成績が悪いのはもちろんですが、出席日数が足らなかったんですよ。それでもいい加減な学校だったので、担任から卒業前の一週間だけ学校に来てくれれば、集中授業を受けたことにして、卒業させると言ってくれたんです。退学者が多いと生徒募集にも影響するそうなんですよ。実際、クラスの半分の生徒がまともに出席しない学校でしたからね。少子化で学校経営も大変なようですよ。


ぼく:それで高校を卒業されて、化粧品屋さんに就職されたんですか。


山花:株式会社と言っても、個人経営の小さな店ですよ。舞の悪ガキ仲間の親が社長をやっていましてね。既成の安い化粧品をドラッグストアで3種類くらい買ってきて、それを混ぜて、法外な値段で売って歩くんです。私はそんな詐欺まがいな会社で働くのは止めろ、と口を酸っぱくして言ったんですが、舞はそこが面白いと言って入社したんです。出来高払いということで、張り切って各家庭に訪問販売して、精力的に売り歩いたんです。それがあいつに向いていたんでしょうね。社長が言うには、あなたの娘さんは営業の天才だと言うんですよ。詐欺師のお墨付きをもらったようで、嬉しくなかったですけどね。先生も小説の中で舞が詐欺師の才能があることは、見抜かれていましたよね。それはこの頃に磨かれたんです。私は舞にうちの近所では売り歩かないでくれと念を押して頼みましたからね。近所の人を騙したとなると、我々もここに住めなくなりますからね。

正確な給料は教えてくれませんでしたが、ひと月に百万はもらっていたんじゃないですかね。二十歳前の女が仙台のホストクラブ通いですよ。散財して貯金などありませんよ。


ぼく:それでもそんなに仕事がうまくいっていたのなら、どうして娘さんは失踪されたんですか?


山花:化粧品のいかさまがばれて、社長が逮捕されたんです。舞も警察から事情聴取を受けて、私も何度か警察に呼ばれました。警察で舞は泣きながら化粧品が偽物だとは知らなかった、と白を切り通したんです。警察もあきれて、舞はおとがめなしになりました。自分の娘ながら空恐ろしくなりました。


ぼく:舞さんのことをいろいろと教えていただき、ありがとうございました。今日はこのくらいにしておきましょう。


山花:先生、これからもよろしくお願いします。


(ぼく:どうしてこの人は娘のことをこんなに詳しく覚えているんだろう。親とはそんなものなのだろうか? いや、いや、そんなことはない。山花さんは一人娘に対する愛情が深すぎるんじゃないだろうか)


               つづく

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