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親たちの麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
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2 舞の父

2 舞の父

 

 数日経って山花さんからメールが来た。それが驚く内容だった。

 

美祢林太郎先生


 山花進です。

 突然で驚かれるかもしれませんが、私は先生の小説『麦川アパート物語』に登場する舞の父親でございます。いきなりのことでたまげていらっしゃることでしょうが、これは冗談でもなんでもなく、本当のことでございます。

 まずは舞を先生の素晴らしい小説の中の登場人物にしていただきましたこと、誠に感謝申し上げる次第でございます。これはいくら感謝しても感謝しきれない程の喜びです。


(ぼく:いったい山花さんは唐突に何を言い出すんだ。『麦川アパート物語』は架空の話で、登場人物のモデルは誰もいない。山花さんはぼくをからかっているのだろうか?)


 タレントになるんだ、と言って舞が家を飛び出し東京に行った時は、親として心配したものでした。いくら親の欲目でも、タレントになれるようなきれいな顔はしていません。男に騙されて風俗に売られるのではないか、と妻と毎日心配ばかりしていました。それが先生の小説に登場しているではないですか。妻にも小説を見せて、二人で手に手を取り合って喜んだものです。妻がすぐに先生にお礼を言いに東京に行かなければと申しましたが、いきなりでは失礼だろうと言うことで、メールを差し上げた次第です。私が以前から先生の小説のファンであったことに嘘偽りはありません。決して、娘を登用していただいたからといって、俄かファンになったわけではありません。以前から先生の小説を楽しみに拝読させていただいておりましたことは、本当でございます。


(ぼく:娘を小説の登場人物にしてくれてありがとう、と礼を言われても、ぼくの小説はノンフィクションじゃないんだから。あくまでぼくの頭の中の空想の世界なんだから。それをまるで映画やテレビ、演劇のキャストに採用されたかのように喜ばれたって。勘違いも甚だしいよな)


娘を採用していただいた上で、こう言うのもなんですが、


(ぼく:えっ、何かけちをつけるの? まさか、クレイマーの本領発揮というんじゃないだろうね)


はっきり申しまして、小説の中で舞の登場回数があまりにも少ないんじゃないかと思うんです。私も、根が地味な舞ですから、名前を見つけた時から端役にすぎないだろうと思っていました。端役でもアパートの住人A、B、Cではなく、きちんと舞という名前が出ただけでも、デビューとしては御の字だと思いました。舞い上がるくらいうれしかったのです。でも、登場人物を紹介する文章を読んでしまったら、期待するじゃあありませんか。舞はですね「口がうまくて詐欺師だったんじゃないか」という紹介があったのです。こんな紹介されたら、詐欺師を生かして重要な役を与えてもらえると期待しても不思議じゃないでしょう。それがですよ、なんら詐欺師のような役回りもなかったし、舞の口のうまさも生かされませんでしたからね。


(ぼく:しょうがないだろう。ぼくは萌と幸子で手一杯だったんだから。この二人だけじゃ話が盛り上がらないから、とりあえず美咲と彩乃を少し活躍させたんじゃないか。麦川アパート物語を長編にしたのならば、舞も活躍してもらう機会があったかもしれないよ。でも、中編の世界だったから、舞まで活躍させる余裕はなかったね)

 

 舞の名前を検索しても、登場回数はたったの6回ですよ。


(ぼく:えっ、そんなの数えたの? 信じられない。マニアックだな)


11章で舞が「この記事を見てよ」と言うでしょう。続いて「これ私たちのことなのよ」という台詞を言う場面があるじゃないですか。


(ぼく:悪いけど、そんな言葉を単独で切り出されてもわからないし、どの場面で誰が言ったのかさえも覚えていないね。でも、こんなこと山花さんには言えないよな。おれ一応作者だし。読者は作者は小説の中身を全部覚えていると思っているんだろうからね。書き終わったらすぐに忘れてしまうって言えないよな)


あのセリフを舞は陰で何度も何度も練習したんでしょう? 本番は何回目でOKが出たんですか?


(ぼく:だから、小説は演劇じゃないの。セリフにリハーサルも何もないの)


いきなり舞の登場回数を増やしてくれっていっても、もう終わったことですものね。


(ぼく:そうなんです。わかってもらえましたか。今更、頼まれても『麦川アパート物語』を書き返えたりすることはありませんから)


 ですから、次回にお願いしたいんです。『麦川アパート物語』は爆発的にヒットしたので、


(ぼく:いえ、していません)


読者から続編の要望が強いと思うのですよね。ですから、続編にはうちの舞をよろしくお願いします。


(ぼく:続編の予定はまったくありません)


次回作では、幸子さんを追いかけて、ニューヨークに行くというのはどうでしょうか? 次回作の主役は、前作で評判のよかった幸子さんを前面に出して主役にした方が良いと思うんですよね。

得意技もジャイアントスイングだけでなく、卍固めもいいんじゃないですか。技を極めた時に右の拳を握って見えを切る表情が、アントニオ猪木のように絵になると思うんですよ。卍固めをかけるには幸子さんの足が短すぎますかね。そこはなんとか頑張ってもらうことにして。それに早くシュワッチの技の正体も見たいですね。

いえ、舞をプロレスラーにして欲しいわけじゃありませんよ。舞は幸子さんのように体が立派ではありませんし、どちらかというとひ弱で、親としてもプロレスラーになって体がボロボロになるのは望みませんからね。でも、口のうまさを生かして幸子さんのマネージャーの役はどうかと思うのです。ああ、わかっています。マネージャーは七海さんですよね。舞に七海さんの役ができるとは思っていません。彼女はマネージャーとはいっても、リングに上がって体を張っているじゃないですか。以前はザ・スワンとしてマスクを被っていたレスラーでしたものね。


(ぼく:勝手に次回作を女子プロレスにするんじゃないよ。それにしても、ぼくが忘れたことを、よく覚えているね)


ですが、プロモーターとギャラの交渉とか、ホテルや飛行機の手配とか、仕事は色々あると思うのですよ。確かに、舞は英語はできませんよ。満足に高校も行っていないのですから。でも、地頭はいいんですよ。小学校6年生の時は校内の弁論大会に出て、一位になって表彰されたくらいですから。


(ぼく:どこまでも、現実と小説の中がごっちゃになっているな)


勝手なことばかり言ってお気を悪くされたのではないでしょうか。どうか、親バカと思ってお許しください。


(ぼく:魔法の呪文ではないんだから、親バカと言えば何でもかんでも許されるわけではないよ。それにすでに親バカの域を越しているでしょう。演劇に出演したのならわかるよ。小説だよ。それもモデルにしたわけじゃないんだから。たまたま舞という名前が一致していただけなんでしょう。この舞という名前だけで自分の娘だと思う人が世の中にいるの? 普通、誰もいないでしょう。頭がおかしいんじゃないの? そもそも、舞という名前の女の子は、全国にどのくらいいると思ってんの。何万いや何十万人もいるんじゃないの? しかし、その誰もがぼくが小説で書いた舞とは違うことくらいは、わかってんじゃないの。繰り返すけど、モデルじゃないんだ。

ぼくは小説を書くときにまったく舞を重要視していなかったので、年齢や容姿は頭の中には入っていないんだよね。アパートの部屋を満杯にするために12人をそろえ、その人数合わせのための一人にしか過ぎなかったんだから。それは舞だけでなく、明日香や亜美だってそうなんだ。もう登場人物の名前さえ忘れそうになっているんだから。登場人物に実在のモデルがいるわけじゃないんだから、誰に対しても失礼なことをしたという後ろめたさはないんだけど)

 

 突然山花さんからLINEが来て、それを使って会話形式で交信することになった。


山花:舞は元気でやっているでしょうか?


ぼく:いや、舞さんは小説の中の架空の人物ですから。今どうしているかとお尋ねになられましても、返答に困ります。


山花:実は、舞から麦川アパートの生活についてメールが送られてきたのですが。


(ぼく:えっ、親子して頭がおかしいの? 娘もぼくの小説を読んでいるの? それで親にメールを出したの? おかしいのは娘の方か? 親は娘の言うことを信じているの?)


ぼく:『麦川アパート物語』はあくまで小説でして、決して芝居の脚本ではありません。ですから、『麦川アパート物語』の芝居やドラマはやっていないですし、これからやる予定はありません。ですから出演するということはありえないのですが。


山花:小説のモデルどころではなく、実際に萌さんたちと一緒に麦川アパートで生活しているという連絡を寄こしてきたんです。


ぼく:それはおかしいですね。


山花:では、うちの舞の生い立ちをできるだけ詳しく書いて送ります。それを読んでいただけると、舞のことを思い出していただけるのではないかと思います。


ぼく:そんなことをされても。


 山花さんからの返信は途絶えた。


                    つづく

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