アイドルの休日と災害の日
ハイジャック事件から三週間経ち、昨日は久しぶりのライブだった。
そんなライブ翌日、俺を含むアーキエンジュの三人はプライベートの買い物を楽しむため渋谷に遊びに来ていた。
「みのりさん、これなんてどうですか?」
凛花ちゃんが俺に淡いピンク色をした、ちょっと拡がった裾にフリルっぽいヒラヒラが付いたロングコートを進めてくる。
「ありがとう。でもちょっと私には可愛すぎないかな?」
『みのり』の身長は、男である俺が違和感を感じない程度の高さに設計しているので、それなりに高い。そんな『みのり』に、このヒラヒラが似合うのかは疑問だ。
「そんなことないですよ。みのりさんの方がもっと可愛いですから」
凛花ちゃんは俺をじっと見つめながら言うと、急にポッと顔を赤らめモジモジし始めた。一年も一緒に活動していてわかったが、この子は見た目や雰囲気よりずっと乙女だ。今もまた自分の言ったことに自分で照れてるんだろう。
凛花ちゃんとしばらく服選びをしていると、お手洗いに行っていた亜衣ちゃんが戻ってきた。
「いやぁ、さすが祝日ですねー。トイレがすっごい渋滞してました」
ちょっと疲れた感じで亜衣ちゃんが言うので、俺は休憩を提案してみる。
「長いこと待たされて大変だったでしょ。近くにいいカフェがあるの。そこでちょっと休憩しない?」
「いいですね! 行きましょう、行きましょう!」
「はい、私も疲れてきたなと思ってたので、ちょうどよかったです」
二人の同意がとれたので、私は二人を連れて知り合いのカフェに向かう。
俺の知り合いのカフェは渋谷の駅前からちょっと離れたところにあって、そんなに客足も多くないこぢんまりとしたお店だ。
——カランカラン
俺は『喫茶 タイガー』の扉を開けると、マスターに手を振って挨拶をする。
「こんにちは、寅次郎さん。テーブル席って空いてる?」
そう、この店は俺の悪友である寅次郎の店だ。タイガーとかいうネーミングセンスもアホの寅次郎らしい。
「おう! みのりちゃん、いらっしゃい! 奥のが空いてるから、そっち使ってくれ」
私は軽く会釈をして、二人を伴い奥のテーブル席に向かう。二人はちょっとキョロキョロしながらも付いてきて、一緒にテーブル席に腰掛けた。
「なんか、とっても雰囲気のあるお店ですねー」
「うん、お母さんが持ってるDVDのドラマに出てくるお店みたい」
二人が、昭和感ただよう店の内装を興味津々に眺めている。
「はい、これ今日のメニューね」
寅次郎がメニューを持ってきてくれたので受け取ると、そのまま話しかけてきた。
「ところで、実のやつは最近どうしてるんだい? 連絡しても返ってこないんだよな」
「実兄さんは、また研究に没頭してるみたいです。落ち着いたら顔出すように言っておきますね」
寅次郎は俺のことを俺に確認してきた。まあ、同一人物だとは伝えてないので当然なんだが。
「しっかし、未だにあいつにこんな可愛い妹がいたとは信じられないよ」
「ふふ、ありがとうございます」
ふと横を見ると。亜衣ちゃんと凛花ちゃんが、俺と寅次郎を交互に見ながら何か言いたそうにしていた。
「ん? どうしたの? 二人とも」
「あ、あの! 実兄さんって、同じ名前のお兄さんがいるんですか!?」
亜衣ちゃんが興味津々といった目をしながら聞いてくる。
「ああ、そういえば二人には話してなかったわね。私には年の離れた兄が二人いて、寅次郎さんは次男の方の兄と同級生なの。その次男の名前の読みが一緒なんだけど、兄は果実の『実』という漢字で『実』で、わたしはひらがなで『みのり』って書くのよ」
俺が姉と考えた設定を説明すると、二人は「へぇ〜」といった顔で頷いていた。
「そういや、メニュー出したところだったな。話しかけちまって悪かった。決まったら呼んでくれ。一杯目はご馳走するよ」
寅次郎はそう言って、カウンターに戻っていった。
俺たち三人はメニューを見ながら、何を注文するか悩むのだった。
+++++
休憩を経て買い物を再開した俺たちは、五時間ほど買い物を続け、日が暮れた頃には、それぞれが両手両肩に荷物をひっさげていた。
若い子達の買い物パワーを侮っていた俺は、精神的にはかなり参っていた。正直女の子との買い物は二度と御免被りたい。
俺のそんな内心は伝わることなく、二人ともこれからの晩ご飯をどうするかで話合っている。
「んー。やっぱり、こないだオープンした激辛ラーメン屋さんに行ってみたいです!」
亜衣ちゃんは激辛党だ。今日も新しい激辛ラーメンのお店を見つけてきていたらしい。たまに「お尻が・・・」とか言う時があるので、とても心配だ。
「でも、こんなに荷物もっててラーメン屋さんはキツいと思うんだけど。普通にファミレスの方が無難じゃないかしら?」
凛花ちゃんは意外と食へのこだわりは少ない。なんでも美味しくいただけるタイプの様だ。だからかドリンクバーのあるファミレスとかは安くてゆっくりできるとかでお気に入りだと以前言っていた。
二人がああだこうだと話しているが、どうにも平行線の様なので一つ提案してみる。
「二人とも、どっちかに決まらないようなら、私の家で食べる? 大体の食材は揃ってるから、食べたいものは作れると思うわよ?」
二人の首がもの凄い速度でこちらを向いた。
「えっ!? みのりさんが手料理作ってくれるんです!?」
「しかも、みのりさんの部屋にお呼ばれ……」
「「是非、そうしましょう!」」
さっきまで意見が一致しなかったとは思えない程、息ぴったりに提案に乗ってきた二人に若干ヒキながらも、俺は都内にある『みのり』の自宅に案内するのであった。
+++++
俺の自宅は、千駄ヶ谷駅にほど近いマンションの一室だ。最初は姉に秋葉原の近くにすれば? と言われりしたが、電車移動における周りからの視線を感じるという検証のためにも、この場所にした。ここなら秋葉原へも電車で一本だし、本当の自宅への移動も楽なので、ちょうど良かったのだ。
そんな部屋に上がった二人は、さっきから落ち着きなく視線を彷徨わせていた。
トイレだろうかと思い、二人に声を掛ける。
「お手洗いなら、そこの扉をでて左にあるよ」
「ち、違いますよ〜。ちょっと、みのりさんのおうちが思っていたよりもスゴくて驚いてたんです」
亜衣ちゃんの言葉に同意するように凛花ちゃんも頷いている。
「ああ、確かに女子高生が一人で住むにはちょっと広いかもね」
二人が激しく頷いている。言われるとおり、確かにこの部屋は女の子の一人暮らしだと考えると無駄に広い。いや、一般的に考えても普通にかなり広いんだろう。
しかも、実際にはこの部屋というより、この12階建てのマンション全てが俺の持ち物だ。この最上階のフロアを全て居住スペースとしているが、他のフロアや部屋は様々な設備や物資の他、研究スペースやデータセンターフロアとして利用している。
まあ、俺が相続した廃倉庫の一つを潰して作り直しただけなんだが。
「とりあえず、私は晩ご飯を作るね。メインは激辛ラーメンにするつもりだけど、凛花ちゃんもそれで構わないかな?」
「はい。私も辛いものは嫌いじゃないので、大丈夫です」
「じゃあ、できあがるまでは好きに寛いでおいて。飲み物は冷蔵庫に入ってるの好きに飲んでいいから、自分でお願い」
「「はい!」」
二人は元気よく返事をすると冷蔵庫の中を物色し始めていた。
俺は早速調理を始めるべく、パントリーから材料を選んでいく。
激辛ラーメンだし、太めの乾麺使うかな。スープは適当に鶏ガラと豚骨を圧力鍋で煮出すとして、スパイスのブレンドをどうっすっか……。
俺は内心でごちりながら、調理を進めて行く。
料理については実は自信がある。研究以外での唯一の趣味だからだ。
どこか科学技術と似通ったところのある料理は面白くて、結構ハマって様々なジャンルに手を出したものだ。そのため、この部屋にも調理道具は一通り揃えてあるし、食材も揃えている。
俺が調理をしていると、二人がこちらにやってきた。
「ん? どうしたの?」
俺は調理の手は止めずに二人に顔を向ける。
「あの〜、おうちの中って見てみたりしてもいいですか?」
亜衣ちゃんが上目遣い気味に聞いてくる。特にこの部屋に変なモノも置いてないので、好きに見ていいよと伝えると、二人は嬉しそうに頷き合い小走りで隣の部屋に突っ込んでいった。
ああいう所を見ると、やっぱり年相応の女の子なんだな〜と感じてしまう。ステージの上だと結構大人っぽい感じがするので、ちょっと新鮮に感じるな、とオッサンくさいことを考えていた。
二人が探検を終えて戻ってきた頃には激辛ラーメンができていたので、さっそく三人で食べていると、俺のスマホが震えた。
画面を見ると姉からだったので、お行儀は悪いかもしれないが、ラーメンをすすりながらスピーカーモードで電話に出る。
『ちょっと! 実!? テレビ付けて! テレビ!』
スピーカーからはいきなり姉の大声が聞こえてきた。
「わかったから。ちょっと待ってよ」
俺は相変わらずラーメンをすすりながらリモコンでテレビの電源を入れる。
するとテレビでは緊急報道番組が流れていた。画面に流れる光景にラーメンを食べていた俺たち三人の箸が止まる。
画面には秋葉原を上空から撮影している映像が流れていた。その映像には『LIVE』の表示があり、俺たちのライブ会場があるビルが脆くも崩れ去っている姿を映し出していた。
『どうしよう〜。私たちの事務所が〜。ステージが潰れちゃった〜〜』
スピーカーからは姉の泣きそうな声が木霊していた。