報告する一族とお姫様
「——是非とも相談させていただきたいことがございます」
エルギリスさんが、ここからが本題ですよと言った顔で話を切り出した。
「貴女は恐らく、イレギュラーな存在です。そう本来は存在し得ない役目を持たない御使い様だと言えます。しかし、だからこそ出来ることがある」
「だからこそ?」
エルギリスさんの話は回りくどいなと俺が思っていると、ウィルがまるで俺の心を読んだかのように口を挟んできた。
「……相変わらず、兄上は話が長いですねぇ。回りくどい言い方をせずに要点を早く話して欲しいものですねぇ」
「お前は黙っていろ。私は今、御使い様とお話ししている」
「先ほどから礼儀がなっていませんねぇ。御使い様ではありませんよ。みのり様です。兄上はみのり様の名乗りを聞いていなかったんですかねぇ?」
「黙れと言っている! お前のような人道を外れた者が礼儀を語るな!」
最後の言葉は、まあ同意しないでもないが、話が変な方向に向かう前に止めておくか。
「ウィル。やめておいて」
「はっ」
「あと、エルギリスさんも御使い様と呼ばれるのはちょっと抵抗があるので、ウィルの言う通り名前で呼んでください」
「……承知しました、みのり様」
「ちょっと、まだお話は長い様ですし、一度休憩を入れませんか?」
「そうですね、しばし間をおきましょう」
エルギリスさんがそう言うと、その隣に座っていた霧島さんがすっと立ち上がると一礼をして入ってきた扉とは別の扉に入っていった。
紅歌ちゃんもいそいそと立ち上がると入口に向かって早足で移動して部屋を出て行く。
あれはお手洗いかなと思いつつ、俺はこの時間の間にDALIとリルスと話しておくことにした。
(DALI、今までの話について現状での裏取りはどうだ?)
(『イエス、マスター。現状では確定的な記録はないため、公開されている範囲の伝承や遺跡情報などと照らし合わせた推測になりますが、事実としての可能性は48%程度になります』)
(そんなに高いのか?)
(『イエス、マスター。コード「ウィル」の能力をより大規模に実施できた場合や、そもそもマスターの力だけでも方法によっては地球の人類生息地域を水没させることは可能です。御使いという存在がマスターと同質の力を持っていた場合に、それができないとは言えません』)
(そうか……。おい、どうせリルスも聞いてたんだろ? 実際の所どうなんだ、エルギリスさんの推測は合ってるのか?)
(そうね、ずっと眠っていた私には何があったのかまではわからないけど、御使い様とやらがやっていることをやりそうな相手には心当たりがあるわね。そいつがそれだけの事をできるだけの力を持っているということもね)
(……となると、相談とやらはちゃんと聞いておいた方が良さそうだな)
流石に人類の大半が滅亡するかもしれないという話を無視はできない。
別に人類は俺が守らねば! とかヒーロー願望を持っているわけではないが、俺の研究には俺の視線を吸い寄せる様なナイスバディな女性の存在は必須だ。
そんな女性達がいなくなってしまうかもしれないという自体は避けねばなるまい。
とは言え、それが千年後の話ですとか言われたら、そんな先の事なんて知らんがなとしか言えないが。
しばらく俺が思考に耽っていると、霧島さんがティーワゴンを伴い戻ってきた。
手際よく各自の冷めてしまった紅茶を取り替え、追加で茶菓子を配り終えると、ティーワゴンを部屋の隅に置き自席へと戻る。そつがない動きは、まるで完成された執事さんの様に思える。なぜこうできる感じの執事さんはかっこよく見えるのだろうか? やはり洗練された動きなのか? 俺も今度練習してみようかな。
そして紅歌ちゃんも戻り、皆が一服したところで話が再開した。
「さて、そろそろ話の続きを始めさせていただこうかと。みなさんよろしいですね?」
ウィル以外の皆が頷くことを確認し、エルギリスさんは続きを話し始めた。
「みのり様にご相談といいますか、お願いしたいことはいくつかあります。その中でも特に重要でみのり様にしかできないことを、まずはお聞きください」
俺は頷く以外に選択肢がないので、肯定の意味で頷いてみせる。
「最も重要なお願いというのは、神との対話です」
「神との対話? そんな方法が?」
「ええ、そもそもが神に報告をする必要がありますからね。連絡手段はあるという事です。ただ、その方法はとても限定的で、とある一族にしかできません。しかも一方通行です。そう神への報告のみで、神からの返答は聞けないのです」
「それじゃあ、対話はできないじゃないですか。というより、その一族の方にしかできないことなら、私にどうしろと?」
「ここからは、あくまで私の推測も混じった話になりますが、報告者から人類の状況を伝えられた神は実際の状況を自分たちでも確認したくなるはずです。なにせ神の求める事が達せられているかは神にしかわかりませんからね」
俺はフンフンと頷き、続きを促す。
「そこで確認のために遣わされるのが、御使い様という訳です。御使い様は人類の状況を悉にお調べになるでしょう。そして、その内容は神に知らせられる。もし、その内容から現生人類はもはや目的に達することはないだろうと神が判断されたとしたら、神は人類を洗い流す役割も持っている御使い様にお伝えされるでしょう。人類をリセットしろと」
話の流れは理解できるが、現生人類が目的に達するかもしれないという判断もありえるだろうから、一概に滅びが待っているという訳でもないだろう。なんで決まっているかの様に話してるんだ?
「神に伝え、神から伝えられる。そう、御使い様は神と互いに話せるはずなんです。だからこそ御使い様と同様の力を持っているであろう、みのり様に神との対話をお願いしたい。人類にはまだまだ発展の余地があると、神の望む目的を達する可能性はあるということをです」
「なるほど、私の役目はわかりました。ですが、いくつか疑問があります。まず、そもそも報告者の一族の方に報告をさせないという事はできないのですか?」
「素晴らしい、その通りです。それができることが一番です。もちろん我々もそうしたいのですが、それが難しいのですよ」
「どういうことですか?」
「……お恥ずかしい話ですが、我々天人の間でも色々な考え方があり、ぶつかり合いが生じることもあります。それは報告の役割をもつ一族の中でも一緒でして、現時点で大半の者が神への報告を今すぐにすべきだと言っているのです。しかも悪い意味での報告を」
「なるほど、そうなると何故未だに報告されていないのですか? 先ほど、報告はされていないと断言されてましたよね」
「それは報告する際に、その力持った三名が揃う必要があるからです。そして神への報告を行える力を持った者は現在三名のみ。その内の一名が反対派に属しているのですよ」
エルギリスさんは、そこで一息つくと改まって俺の方に視線を向け直してくる。
「その一名は元々神への報告には消極的でしたが、完全に反対するようになったのは貴女が現れてからなんです」
「私が?」
「そう、平たく言いますと貴女のファンになったらしくてですね。自分も人々を救うと言い始めたそうです。さらには貴女のお仕事にも興味を抱いたらしく、最近お邪魔していると伺っていますよ」
「それって、まさか……」
「サーラ・ファザル・ニスリン・バラライン。神へ報告する役割を持った一族、バラライン王国の第一王女です」
あのギャルっ子がお姫様だったのかよ……。
「みのり様には、彼女を我々の……そう人類の、現文明の存続を望む者達の側に取り込んで頂きたい。併せて、そのお力を持って彼女をお守り頂きたいと思っています」
「守る? 取り込むというのは守るというのは?」
「彼女は、一族の大半の意思を無視して、神への報告に明確に反対してしまいました。そして、あの一族には力を持った者が三名揃っている時には、新たな力を持った者は産まれません。そうなると彼女を殺して、新たな力を持った者が産まれるのを待った方が早いという判断もありえるということです。実際にすでに何度か襲撃を受けています」
マジかよ……。というかサラが襲撃される恐れがあるってことはアーキエンジュのメンバー全員が対象になり得るんじゃないか?
俺や紅歌ちゃんはともかくとして、亜衣ちゃんや凛花ちゃんは自衛なんてできないだろう……。
サラを放り出すって手段も取れそうにないし、こりゃ何か考えないと拙いな……。
「もちろん、我々でも護衛は出しますが、あちらには西方教会が全面的に協力しています。そこの愚弟のような者、十二使途が出てきた場合には、こちらに直接的に対抗する手段があまりないのが実情……。しかし、みのり様であれば直接的に対抗できる! いや、それどころか圧倒できることは既に示されています!!」
「は、はあ……」
エルギリスさんが力説し始めたが、俺は生返事を返すしかない。
圧倒とか言われても、ウィルの時でも結構ギリギリだったんだが、あんなのがちょこちょこ来られたら堪ったもんじゃないんだが……。
「圧倒できるということは抑止力にもなるということです! みのり様が彼女の側にいるだけで、あちら側は途端に動きづらくなるでしょう! ですので、是非ともご協力いただきたいのです! 何卒お願いいたします!!」
エルギリスさんは立ち上がると俺の方に歩み寄り、最後には土下座をかましてきた。
やべえ、もう断るという選択肢が見えないくらいに俺のコマンド一覧からグレーアウトしている気がする。いきなり土下座は断りづらすぎるだろ……。
まあ、しょうがないか。なんだかんだで、あのギャルっ子も見捨てられんし、なにより人類が滅びるかもしれんと言われたら応じるしかないしな。
「わかりましたから立ってください。私はあなた方に協力します」
俺は椅子から立つと、頭を地面に着けたままのエルギリスさんの側に屈み、顔を上げさせ協力することを伝えた。
すると、エルギリスさんは勢いよく立ち上がり、嬉しそうに話し始める。
「ありがとうございます! 素晴らしい! これで人類は救われる! では、現在の世界について詳細を更にご説明しましょう!」
……切替はええな。なんかちょっと騙された感があるが、もう乗りかかった船だ。できる限り平穏なまま住めばいいんだがな。
この後もしばらくは俺の知らなかった事を色々と聞き、結局は晩飯までご馳走になってしまったのだった。




