家族と石の心臓
俺の家は資産家だ。それもかなりの資産家だ。結構な名家の家系らしく、歴史も古いらしい。おかげでずっと自由気ままに過ごしてきた。
家族は、親父とお袋、五つ上の兄が一人、一つ上の姉が一人の五人家族だ。そんな家族だったが、昨日の夜に親父とお袋を乗せた飛行機が海上で墜落し乗客乗員全員が死亡したと知らせが入った。
今は兄も姉も海外にいるため、通夜は俺が仕切ることになった。葬儀には二人とも間に合うらしい。
俺は本当に好き勝手やってきたが、親父もお袋も大好きだった。
俺がどんなに周りからアホだと言われることをしていても、自分のやりたいことをやればいいと常に応援してくれていた。
だからなのか、涙が止まらない。俺は通夜が終わると、葬儀が始まるまで久しぶりに何も考えられない時間を過ごした。
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あれから葬儀も無事終え、兄弟でこれからのことを話すことになった。
「実、通夜を仕切ってくれてすまなかったな。それに見違えるほど大きくなっていてびっくりしたよ」
ちょっと小太りでとても人の良さそうな顔をした男が俺の前に腰掛け話しかけてきた。俺の兄の「不動 縁」だ。
親父そっくりの体型と性格で、若くして親父の企業グループで頭角を現しているらしい。俺の知る限り、根っからの善人だ。よく世界的企業の経営にかかわれてるなと思ってしまう。
「父さんも母さんも遺体も残らなかったなんて、本当に可哀想だわ……。あんなに優しい人たちだったのに。神様はなにしてたのかしら……」
いつもは強気でハイテンションな姉も今日ばかりは沈んでいる。
「まあ、事故なんて誰のせいでもない。いたとしても神様は皆に平等だ。誰かに肩入れすることもなければ、手を差し伸べることもないだろう。それにこの事故では他にも何百名の人が死んでいるんだ。世の不条理を嘆いているのは皆一緒だ」
「……」
姉は何も言わずに俯いている。
「灯の言う通り、親父たちの骨すら埋葬することはできないが、せめて心安らかに眠れる様に、俺たちが元気に生き続けよう」
「そうね。二人とも、私たちが元気でないと安心して眠れないわね」
姉が顔を上げ頷く。
「さて、湿っぽい話はここまでにして、これからの事だ」
空気を変えるべく、兄貴が声量をあげて話し始めた。
「遺産についてだ。俺はシンプルに三分割でいいと思っているんだが、どうだ?」
「イヤよ」
「反対」
姉も俺も間髪入れずに答える。
「はぁ〜。そう言うだろうと思ってたよ……」
兄貴が大きなため息を吐きながら、やっぱりなという顔をする。
「二人がそういうと思ってたから、会社関係は全て俺が継ぐよ。二人には有形資産のリストを送っておくから、そこから欲しいの選んどいてくれ」
「さっすが! 兄さん! わかってるわね!」
「俺たちには、経営とか面倒くさいことは向いてないからね」
「ただし! 現金資産は別だ。きっちり三等分するからな。必ず受け取る様に!」
「「はーい……」」
俺たちはそろって頷く。
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葬儀から一週間経った頃に兄貴からメールが届いた。どうやら資産の一覧らしい。
「へー、うちってこんなに土地とかもってたんだな」
俺は膨大な数に上るリストに目を通しながら、今後の事を考える。
「研究に没頭するのには、街の喧噪からは離れたいし、この奥多摩の山間部一帯とかいいな」
あまりに大量にあるので、いくつかの土地をピックアップし、後はいくつかの機械設備や操業してない工場やら、テナントの入ってないオフィスビルとかをメールに転記していく。
「これくらいでいいかな」
まあ、ダメとか言われても何にも困らないし、そのまま送っておく。
数日後には返事がきていた。さっそく相続手続きを開始するとのことだ。どうやら選んでいたものを全部相続することになっている様だ。
この実家は兄貴が使うだろうし、土地も手に入ったことだから、山の中にでも研究施設を建てて引きこもるかなと俺は考える。
「せっかくだし、家の設計から初めてみるか」
俺はドラフターの前に行き、家の設計を始めた。CADも使えるが最初のイメージは手で書いた方がストレスがないので、ドラフターはバリバリの現役で使っている。
数日掛けて書いた設計図をCADでデータに落とし込み清書する。できたデータを我妻さん宛のメールに添付し送っておく。
我妻さんは親父達に仕えていたスーパー執事さんだ。親父達が死んでからも引き続き実家を守ってくれている。俺も昔から何かあれば頼っていたので、今も頼ってしまっている感じだ。
「さて、これで忘れた頃には家ができあってるだろ。身体の設計進めるかな」
俺は高校を卒業してから二年ほど研究している人工ボディの設計を再開する。そう、俺は気付いたのだ。女装ではなく、女性そのものにならなければならないと。
この研究をはじめてからは完全に引きこもりになり、寅次郎達とも会ってない。偶にメールでやりとりはするが、それだけだ。それほどに俺は人工ボディの開発に没頭しているのだった。
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山奥に建てた研究室の使い勝手にも慣れた頃、机の上に突っ伏して寝ていた俺は、大きな揺れによりイスから転げ落ちて目を覚ました。
「なんだ!? 地震か!? かなり揺れたよな」
まあ建てたばかりだし、設計的にも強度的にも大丈夫だろうとは思いながらも家の中をチェックしていく。
「とりあえず、中は大丈夫そうだな。念のため外からも見とくか」
俺は上着を羽織り外へ出る。辺りをざっと見回すと家から少し離れた場所の木がごっそり無くなっていることに気付いた。
近くまで行くと完全に斜面が崩れており、どうやら地崩れがおきたらしい事が判る。
「ここんとこ、やたら雨が降ってたからな〜。まあ地崩れくらい起きるか」
家の裏側の斜面を念のため補強しておこうと思いながら、崩れてむき出しになった地面を眺めていると違和感を感じる。
「ん? なんだあれ?」
それは地面から露出した石の塊だった。遠目に見る限りはただの石に見えなくもないが、どうも人工的なニオイを感じる。
俺は近くで確認するために無事な斜面を登り始めた。精々50mぐらいしか移動していないが、それなりの急斜面を引きこもりが登るのは堪える。
「はぁはぁ……、ぜぇぜぇ……」
ゆっくりと息を整え石を調べて見ると、やはり人工物の様だ。ただ、かなりざっくりした作りだし、石も自然石をただ大雑把に削ったりしただけの様で、確実に近代のものではないだろうことはわかった。
石の周囲の土を少しずつ取り除いていくと、石はどうやら一つだけではなく組み合わせて石壁になっている様だった。
「これ結構大きいな……」
俺がごちりながらも更に土を取り除いてくと、石壁の上に1mくらいの高さの構造物らしきものが出てくる。
「これは祠か? 祠自体も石組みなのか……。うーん、この根っこが絡みついてたから崩れもせずに残ってたみたいだな」
祠の石組みは木の根に絡まれ一体と化していた。木の根を傷つけない様に更に土を取り除いていると、スコップから土とも根っことも違う石よりもより硬質なものに当たった感触が返ってきた。
俺は何かあると思い、スコップをしまい手で土を取り除くことにした。
「つっ……!」
どうやら木の根のささくれで指を切ってしまった様だ。俺は大した傷じゃないことを確認してそのまま作業を続ける。すると金属のような光沢を放つ物体が土の中から見え始める。
「やっぱり何かあるな。祭器かなにかか?」
その物体を確認するべく作業を続けると、すぐに全体が露わになった。
「なんだこれ? なにかの心臓? 化石ってわけでもなさそうだな……。石って言うより鉱石? いや加工された金属にも見えるな?」
出てきた物体を手に取りながら、太陽にかざしたりして確認していると足下が揺れ始めた。
また地崩れか!? と思った瞬間、立っていた地面が崩れ、俺の身体は宙に待っていた。
うぉお!? 高さは20m位はあったよな!? 流石にケガじゃ済まないか!?
俺はちょっとした浮遊感を味わいながら状況を分析しようとするが、どう考えても何かする前に落ちる方が早いだろうことは明白だった。
——トクンッ……
俺は右手に違和感を感じ、顔を向ける。
——トクンッ……
それはさっきの心臓に似た物体だった。
——トクンッ……
それが今淡く発光している。
なんだ、なにが起こってる? 俺、今まさに落ちてるんだよな?
すでに地面に激突してもおかしくないくらいの時間が経っているはずなのに、俺は未だに空中にいた。
「って、俺浮いてない!? なんで浮いてんの!?」
——トクンッ…………
と叫んだ瞬間、浮力が弱まり俺は地面に近づいていく。
地面に無事両足で着地した俺は、右手の中にあるモノを見つめる。
「これ……、だよな? さっきまで発光して動いてなかったか? まさに心臓のように……」
俺はしばらく右手の中のモノを見つめたまま立ち尽くしていた。