訪れるカオスと光のステージ
コロナワクチンの副作用で動けなかったため更新が遅れてしまいました。
暫くは堪った仕事もあるため、更新頻度は隔日くらいのペースになりそうです。
俺は、舞台袖で開演前の会場のザワつき方が普段と違うなと違和感を感じていた。
こちらも新メンバーの紅歌ちゃんもいるし、エメ子という怪しい着ぐるみもいるので、普段と違うわけだが、なんというか客席から感じる空気感が違う様に思える。
気にはなるが、始まれば分かることなので気にしていてもしょうがないか。
「さあ! 今日は紅歌ちゃんとエメ子ちゃんのデビューよ! みんな気合い入れて行きましょう!」
「「「「「はい(っす)!!」」」」」」
俺の姉たる、不動灯がアーキエンジュのメンバーに発破をかけると俺を含めたメンバーは気合いを入れた返事を返す。
リハーサルでは、やはり紅歌ちゃんの歌唱パートは厳しそうだったので、俺と亜衣ちゃん、凛花ちゃんの三人でフォローすることになった。
エメ子については、姉さんが舞台裏の大道具質でコソコソ何かやっていたので、何をするのか、いつ出てくるのかとか、全てが謎だ。できれば、そのまま何もせずに大人しくしていて欲しい。
——ブーーー
開演のブザーが鳴り、俺たちは舞台上に立ち位置に移動する。
最初の曲が流れ始めると共に照明がステージを照らし始める。
客席からの歓声が響き、一曲目を俺たちは歌い踊りきる。
この一曲目の間も俺は開幕前の舞台袖での違和感を感じ続けていた。
そしてライブの挨拶をするべく照明が切り替わった時、俺は違和感の正体に気付き唖然としてしまうのだった。
会場の前半分をスーツ姿の男女と、アラブっぽい服装……トーブだったか? を着用し全員が頭を覆う様な布……シュマッグに二カーブとか言った気がする物を被った男女が埋め尽くしている。
会場の後ろ半分には見慣れたファン達の姿が見えるが、前方を埋め尽くす謎の集団の所為か若干いつもより元気がないように思える。
「「「「…………」」」」
この様相に俺たち三人は挨拶も忘れ、数秒固まってしまった。
一人だけ顔を真っ赤にしてアワアワしている紅歌ちゃんを見て、俺は気を取り直す。
「みんな〜! アーキエンジュのライブへようこそ!! 今日は新しいメンバーも加わって新しいアーキエンジュとしての初ライブです! めいいっぱい楽しんでいってね〜!!」
俺がなんとかライブの開始を告げる挨拶をすると、二曲目の音楽がスタートし照明もガラリと様相を変えて客席がハッキリとは見えなくなる。
全員が気を取り直し、二曲目を歌い踊っている中、俺はスーツ姿の連中のことを思い浮かべていた。
あの集団の一番前にいた赤毛は、忘れもしないクソ親父こと紅歌ちゃんの父親である『陽ノ下焰軌』だった。
ということは、あの集団は陽ノ下家一同ということだろう。紅歌ちゃんの初舞台のことを聞きつけて一家総出で見に来たに違いない。
しかし、家族向けのチケットなんて2〜3枚くらいしか配ってないのに、全員分買ったのかよ……。紅歌ちゃんは相当みんなに愛されてる様だ。
もう一つの集団は、恐らくギャルっ子ことサラの関係者だろう。
あいつ確か中東の出身で、留学中だって話だからな。
しかし、あいつの出演というか正確には着ぐるみの中に入ることなんて、数時間前に決まったばかりなのに、どうやってこんなに集まった上にチケット手配したんだよ……。
というか、ここ日本なんだが、なんでこんなに中東の関係者が集まれてるのかが理解できん。俺が深く考えすぎなんだろうか?
+++++
ライブも中盤になり、客層の問題以外は特に問題もなく、このまま順調に進みそうだと思った時に訪れた曲間にリハーサルにはなかった音楽が流れ始める。
——ラ〜ラ〜ラララ〜ラララ〜……
グレゴリオ聖歌か? なんだかとても厳かな感じの曲にスポットライトがステージ上部に集中していく。
そして、そのスポットライトに負けないぐらいの光を背後に携え、寸胴二頭身の黒いドレスを着た天使がステージ上空に舞い降りようとしていた。
えらく手の込んだ演出をしたもんだと、俺を含めた四人はスポットライトに照らされ自分の背後からも光りを放つ天使の着ぐるみことエメ子ちゃんを半目で眺めている。
たっぷり三十秒ほどかけてステージ上に降り立ったエメ子ちゃん。
つか背後からの後光もセットで降りてきてるよ。離れてても熱気が伝わってくるぞ。
サラのやつは着ぐるみまで着てて大丈夫なのか? 熱中症にでもなるんじゃないか? とか考えていると、会場をエメ子ちゃんの声が駆け巡った。
「我こそはエメ子ちゃん! みんなに笑顔を届けにきたっすよーー!!」
俺たち四人は、全員がコケた。
言葉遣いはそのままかい!?
あのアホ姉は何を指導したんだ!?
お客さんも目が点になってんだろうが!?
……って、中東の方々がひれ伏しとる!?
ええ!? どうなってんの!? この二頭身ってあんたらの神様!?
俺が混乱をきたしていても関係なく、エメ子ちゃんの言葉は続く。
「さあ! エメ子ちゃんが贈るこのハッピーステージにみんなひれ伏すがいいっすーー!!」
「ひれ伏すんかい!?」
つい、素で突っ込みをいれてしまった俺にエメ子ちゃんことサラが絡んでくる。
「む! みのりちゃんは、このエメ子ちゃんにひれ伏す気がないっすか!? ふっふっふっ、いい覚悟っす! じゃあ、このハッピーダンスを見て悔い改めるがいいっすーー!!」
サラの、いやエメ子ちゃんの言葉と共にえらく陽気な感じの音楽が流れ始めた。
——ハッピーハッピーエメ子ちゃん♪ み〜んな笑顔にしてくれる♪ ハッピーハッピーエメ子ちゃん♪ とってもステキな天使だよ♪ ハッピーハッピーエメ子ちゃん♪ 後光がとっても眩しいよ♪ ハッピーハッピーエメ子ちゃん♪……
一人、いや一匹というべきかもしれない。もはや二頭身の謎生物のように見えてきたエメ子ちゃんは、盆踊りの様な動きで流れる曲に合わせて踊っている。
舞台上はエメ子ちゃんにのみスポットが中てられ客席は一部のを除いて静まり返っている。
一部とはもちろん先程まで床にひれ伏してた方々だ。今は元気にハッピーハッピーと唱和しながらエメ子ちゃんの動きに合わせて踊っている。
カオスだ。まさにここに今カオスが生まれている。
俺が、このどうしようもない空間になってしまったライブ会場をどうすればいいんだと頭を抱えそうになった時、俺たち四人にもスポットライトが中てられた。
——ドーン!!
同時にステージの後ろから大きな音が響き、金色の花吹雪が舞い踊り、エメ子ちゃんが再び浮かび上がり始める。
「さあ! みんなでハッピーっすーー!!」
エメ子ちゃんことサラが叫んだ瞬間、次に流れるはずだった曲がかかった。
俺たちは慌てて姿勢を正し、流れ出した曲に合わせて踊り始める。
しかし、みのりの身体を使っている俺には、上空でクルクル回って変なポーズを所々に決めてくるエメ子ちゃんが見えてしまっていて、気になって仕方が無い。
いったい何をしてるんだ? ステージで息を合わせてパフォーマンスを見せるアイドル四人と、上空でクルクル回る二頭身。あまりにもシュールだ。
それにしても、このシュールな状況で紅歌ちゃんはソロパートをするのか……。
そう、この曲は新曲じゃないんだが、紅歌ちゃんが加わったことで新たなアレンジを加えてソロパートを用意したのだ。ここで紅歌ちゃんが上手く歌えそうになかったら、三人でフォローすることになっている。
ただでさえ緊張しているだろうに、このカオスな空気の中では上手くいくイメージは全く浮かばないな……。
曲は進み、紅歌ちゃんがセンターにくる配置になった。ソロパートだ! と思ったら上でクルクル回っていたエメ子ちゃんが紅歌ちゃんのすぐ隣に降りてきやがった。
これ以上なにしようってんだ!? とちょっと焦ってしまった俺を無視してエメ子ちゃんは紅歌ちゃんと手を繋ぎ一緒に歌い始める。
——♪……♪……
最初は急に手を繋がれ戸惑いつつ歌い始めた紅歌ちゃんだったが、しばらくするとエメ子ちゃんことサラと、とても美しいハーモニーを奏で始めていた。
なんだろう、このとても気持ちが温かくなるような感覚は?
なんだか薄らと二人が光を纏っている様に見える……って、これ力場か!?
心に直接染み渡ってくる様な感覚はなんだ? まさかサラの力か? 紅歌ちゃんにはこんな力はなかったはず。
それにしても、サラの歌声がこんなに綺麗だなんて。とても、っす! ばかり連呼していたギャルっ子とは思えないな。
客席も二人の歌声に聞き惚れている様だ。
しかし、そろそろ俺たちも入らないといけないんだが、入りづらいな……。
そんな事を思っていると紅歌ちゃんとサラが手を差し伸べてきた。
俺と亜衣ちゃん、凛花ちゃんは頷き合って、二人の手を取り、四人と一匹が横並びに手を繋いだ状態になり、一斉に曲のクライマックスに向けて歌い始める。
すると、俺たちの体からも光があふれ出してきた。
五人から五色の光があふれ、ステージを客席を満たしていく。
その光に包まれた全員がまるで一体になったかのような感覚を味わいながら、ライブは最高潮を迎えた。
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それにしても、今日のライブは色々あった。
結果的には上手くいったといってもいいんだろうが、これからもあんなカオスな状況になるのだろうか? できれば勘弁してもらいたいものだ。
二人の関係者には、今後は注意してもらう様に言っておいたから大丈夫だとは思うが、心配はつきない。
あとは姉とサラには厳重注意が必要になるだろう。
偶々上手く纏まって、あの後も盛り上がりまくってたから良かったが、リハーサルにないことをいきなりやるのは絶対に禁止にしてやる。




