エメ子ちゃんと立ちこめる暗雲
「あったあった! これよね!?」
会議室のドアが勢いよく開かれると、俺の姉である不動灯が何かの書類をもって入ってきた。
姉は持ってきた書類を机の上に広げると、どうやら履歴書の様だった。
「なにこれ?」
「アーキエンジュを含めた、ウチへの登録オーディションのエントリーシートよ!」
「あっ! 私の送ったやつっす!」
俺は履歴書を含めたエントリーシートをいくつか読んでみた。
「たしかに、サラ・ニスリンって書いてあるわね。……このバラライン王国ってところが出身地?」
「そうっす! 海に囲まれたとってもステキな国っすよ! みのりちゃんも遊びに来るっす!」
「それにしても、日本に来たのって二年前なのね。その割に日本語上手ね。クセは強いけど……」
「めっちゃくちゃ勉強したっす! 師匠にも完璧って言われたっすよ〜」
「師匠って……」
「学校の先輩っす〜。日本文化も色々教えてもらったんすよ!」
俺はろくでもない事を吹き込んだであろう先輩とやらに、なんて迷惑なことをしてくれたんだと思いつつ、内心ため息をつく。
「それにしても、この写真はないでしょ……」
「え〜なんでっすか? とってもよく撮れてるっすよ」
「いや、目のどアップとか歯のアップに、鼻の穴とか写してもしょうがないでしょうに」
散々たる写真の数々に、盛大なため息をつきたくなるがグッとこらえていると、姉さんが俺に同意してきた。
「そうなのよね〜。写真自体は面白かったんだけど、流石にその写真だとイタズラだと思って書類選考で落としちゃったのよね〜」
姉の言葉に文香さんも頷いている。
「そりゃないっすよ〜。私は本気っすよ! みのりちゃんと一緒にアイドルしたいっす!!」
俺たち三人は、ソファから少し離れ小声で話し始めた。
「姉さん、この子どうするの? 多分入れるまで動かないわよ」
「面白い子なんだけどね〜。アーキエンジュには合いそうにないのよね。ギャルタレントとかならイケそうだけど」
「私は意外にイケるんじゃないかと思いますよ。メイク変えれば可愛くなりそうですし」
「「そうかしらね……?」」
俺と姉とは違い文香さんは有りだと思っているようだ。
その言葉に何か思いついたのか、姉さんがなにやら提案してくる。
「まあ面白そうだし、ちょうど今度のライブで使う予定だった物が届いてるみたいだから、それに入ってもらいましょうか」
「ああ、それは面白いかもしれないですね」
「使う予定の物ってなに?」
二人だけで通じている物が何か分からないので、俺は質問する。
「ふふーん、着ぐるみよ。アーキエンジュのマスコットキャラクターとして作ったの!」
「マスコットキャラクター?」
「そう! エンジェル冥子ちゃんこと、『エメ子』ちゃんよ!」
「……酷い名前ね」
「なにがよ! とってもプリティーじゃない! じゃあ、サラちゃんには今日から早速エメ子ちゃんになってもらおうかしらね!」
そう言うと、姉はギャルっ子ことサラの正面に座りなおし、着ぐるみに入ってならアーキエンジュと一緒に活動できるということを説明し始めた。
説明を聞いたサラは二つ返事で了承を返してきたが、流石に未成年を保護者の同意なしに働かせられないので、その辺りの説明と手続きをするために文香さんに連行されていった。
うーん、本当に大丈夫なんだろうか? とても心配だ。できる限り関わらない様にだけするか……。
+++++
「紅歌さんって、大学生なんですよね!? 女・子・大・生! 憧れの響きです! 羨ましいなぁ〜」
アーキエンジュの元気担当こと亜衣ちゃんが凛花ちゃんと一緒に、新メンバーである紅歌ちゃんと話している。
「ええ、そうですよ。とは言っても貴女たちも、二年後にはそうなってるんじゃないですか?」
「なれてるのかな〜。私、あまり成績良くなくて……」
「亜衣は、もうちょっと休みに勉強した方がいいわ。いつも休みは遊びに行こうって言ってくるんだもの」
亜衣ちゃんが自分の成績を気にしていると、凛花ちゃんが注意を促す。
「だって〜。勉強って楽しくないんだもん。紅歌さんは、受験ってどうしたんですか?」
「私は、大学付属の高校だったので、特に受験はしていないんですよ」
「え〜、いいな〜。羨ましいですぅ。私も附属高校に行けば良かったですよぉ」
「亜衣は高校受験の勉強も嫌がって、今のところに行ったんだから、どうせ無理だったんじゃない?」
「凛花ちゃん! それはヒドイです! 私だって将来の苦労よりは目の前の苦労を取るときだってありますよ!?」
「じゃあ、将来苦労しないために大学受験の勉強を頑張りましょ」
「う〜、上手いこと誘導されてしまったですぅ……」
——ガチャリ
仲良しコンビが掛け合いをしていると控え室のドアが開いた。
「みんな元気〜? 今日からウチでエンジェル冥子ちゃんこと『エメ子』ちゃんを担当することになったサラちゃんよ!」
「どもっす! サラ・ニスリンっす! 花のJK2年目っす! アーキエンジュに憧れてたっす!」
入ってくるなり、ポーズを決めて自己紹介してくるギャルっ子ことサラと、そのサラをどうだと言わんばかりに胸を張って紹介してくる我が姉に、部屋に居た全員がキョトンとした顔をしている。
「姉さん。そのエメ子ちゃんってモノが何かも分かってないのに、いきなりサラの紹介してもしょうがないでしょ」
「ん? そういえばそうね! エメ子ちゃんはとってもプリティーな天使ちゃんなのよ! アーキエンジュのマスコットキャラとして今日からイベントに参加するから、よろしくね!」
「「「…………」」」
姉の適当な説明に、当然の様に三人とも理解が追いつかない様だ。まあ無理はない。
仕方ないので、俺が補足することにする。
「私が補足するわね。私たちの公式マスコットとして、着ぐるみを作ったらしいのよ。それで、その中身に入る子が、このギャルっ子ことサラね。サラは二年前から日本に留学してきてる外国の子で、亜衣ちゃんと凛花ちゃんとは同学年だから、仲良くしてあげてね」
「は、はい! よろしくです! 私は伊吹亜衣です!」
「私は、空知凛花です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「陽ノ下紅歌よ。この中では一番年上だけど、入ったばかりなの。お互い新人同士よろしくね」
「アーキエンジュのメンバーに入れるなんて感激っす! みなさん、よろしくっす!!」
四人のやりとりに、ウンウンと頷いている姉は控え室の隅に向かって歩き始めた。
「——と言うわけで、これがエメ子ちゃんよ!」
姉は控え室の隅の方に、いつの間にか置かれていた馬鹿でかい段ボールを指差し声高らかに宣言する。
すると、サラが段ボールに向かって駆け出すと、バリバリと段ボールを開け始めた。
段ボール中から、金髪に真っ白な羽を背中から生やした天使を思わせる二頭身くらいの人型の着ぐるみが出てくる。
「おおー! これがエメ子ちゃんっすね! さっそく装着するっすよ!」
「ええ! 着てみて頂戴!」
この二人って、実はもの凄く相性が良いんじゃないかと思えるほどに息が合ってるな。
それにしても、天使って言ってる割に、真っ黒なドレスに、なんで手には三つ叉フォークみたいな真っ黒な槍を持たせてるんだ? どちらかというと装備品が悪魔っぽいんだが……。
——サラが着ぐるみことエメ子ちゃんの中に入ると、エメ子ちゃんの目がキラリと光り内蔵されたスピーカーから声が響く。
『ふっふっふっ! 我こそはマジカルエメ子っすよ! 今ここに爆誕っす!』
「素晴らしい! 素晴らしいわ!! やっぱり、とってもプリティーよ!!」
「「「「……」」」」
宣言と同時に、背中の小さい翼が可愛らしくピコピコと動く。
なんというかしゃべり方も相まって、とってもシュールだ。
姉以外の俺たち四人は、そのシュールな装いに口を半開きにして突っ込むことさえできないでいる。
それに無駄に目が光ったり、翼が動くギミック入れてたりと、コストだけは掛けてやがるな。
姉のことだ、他にも何かを仕込んでいる可能性がありそうだが、こいつをまさかステージ上に立たせる気か? と思っていると、まさにそうだと姉が宣言し始める。
「今日のステージには、このエメ子ちゃんも上がってもらうからね! 紅歌ちゃんも加わって、更にこのプリティーなエメ子ちゃんがいれば、アーキエンジュの人気は爆上がり間違いなしよ!!」
「おお! 頑張るっすー!」
「じゃあ、さっそくリハ行くわよ!」
「おおー!」
呆然とする俺たちを置き去りに姉が、エメ子ちゃんことサラを連れて控え室を出て行く。
——ガッ
「な、なんすか!? 動けないっすー!?」
「エメ子ちゃん!?」
しかし、サラことエメ子ちゃんはドアにその大きな頭が引っかかり動けなくなっていた。
俺はその光景をみて、どうやってエメ子ちゃんを控え室に運び込んだのかが気になってしまう。
それにしても、始まる前から今日のステージに暗雲が立ちこめ始めているなと思わずにいられないな……。




