山姥ギャルと救急箱
第三部スタートです。
アイドルパートが多めになる予定です。
また、お付き合いいただければ嬉しいです。
バタバタしたバレンタインイベントから、二週間ほど経ちアーキエンジュも新メンバーたる『陽ノ下紅歌』を加えた四人でのライブイベントを行うところだ。
紅歌ちゃんは流石というか、踊りはあっという間に覚えてしまって、すかっりダンスコーチ扱いされている俺も驚いたほどだ。
しかし、歌の方は壊滅的だ。なにしろ緊張のせいか声が裏返ってしまうのだ。
緊張していても踊りだけは精彩をかかず問題ないというのが、また武闘系の家系たる由縁なのだろうか。とにかくリズム感は抜群なんだよな。
それにしても、俺もアイドルとして活動を始めて一年半は経ち、なんとなく業界事情も分かってきたが、このアーキエンジュは随分と優遇されているようだ。
事務所の他の講演とも共用だが、専用のライブ会場があり、事務所自体もいたってホワイト。なんせ俺の姉がやってるからな。資金だけは潤沢だ。
だからなのか、メンバーに入りたいという希望は多いらしく、事務所にはよくプロフィールが送られてくるとの事だ。
そんな話を姉に聞かされた俺は、姉のことだから可愛ければすぐ採用するもんなんだと思ったら、そこは拘りはあるらしく今までオーディションを行って、通った人はいないとの事だ。
その拘りはよくわからないが、確かにメンバーは全員ものすごく可愛いくてキレイな子ばかりだ。
何故、俺がそんなことを今考えているのか。それは俺の腰にしがみついて離れようとしない、今時は珍しいというか絶滅危惧種として保護指定されてもおかしくないような、山姥メイクをしたギャルに捕まっているからだ。
「——だから〜! みのりちゃん! 私もメンバーに入れてくれるように、お姉さんに頼んでくださいっすよ〜!」
「私には、そんな権限ないからね。だから、放してくれないかな?」
何度、同じやり取りを繰り返しているのか。いいかげん疲れてきた。
しかし、この子もしつこいな。そもそも、その出で立ちからしてアイドルをやりたいようなタイプに見えないんだが……。
しょうがない、ちょっと強引に振り切るか。
「もう、いい加減にしてくださいね」
俺はそう言うと、引き剥がそうとしていた力を相手側に一瞬だけ向ける。
「って、わ、わ、わぁぁ!」
ギャルっ子は、急に変わった力の流れに耐えられずに後ろに転びそうなり、そのまま尻餅をつく。
「いったぁ……」
「…………」
尻餅をついたギャルっ子は、思わず痛がっているが、俺は転んだ拍子に捲れ上がったミニスカの中から見える、可愛い動物たちの顔がたくさんプリントされたパンツに釘付けだ。
なんということだろう。このケバいメイクからは想像できないほどの可愛らしいセンスは。
というか子供向けでなくても、そんなデザインの下着を売ってるんだなと。その小麦色の肌と、ピンク地の動物パンツのコントラストに何とも言えない感覚を覚えていると、ギャルっ子からクレームが入る。
「みのりちゃん! 酷いっす! 手をすりむいたじゃないっすか! これはお詫びとしてメンバーに加えてもらうしかないっすね!」
勝ち誇ったような顔で転んだ拍子ついた際に擦り剥いたであろう手の平を見せてくる。
うーむ、怪我までさせるつもりはなかったが、思ったより勢いよく転んでたからな。
流石に手当くらいはしてやるか……。
「……ごめん、ごめん。メンバーの件は無理だけど、手当てするから一緒に入りましょう」
「えっ!? マジっすか!? おっしゃぁ! これでメンバーに入れるかも!」
「いや、だから手当だけだって……」
俺は、この元気なギャルっ子の手当をするために、救急箱のあるであろう事務所スペースにお供を連れて向かうのであった。
+++++
「失礼しまーす」
俺は事務所スペースのドアを開けながら一声かける。
すると、事務員の女の子がこちらに反応してくれた。
「あれ? みのりちゃんがこっちに顔出すなんて珍しいですね」
反応してくれたの、大きめのメガネを掛けたスーツ姿の女性で、文香さんだ。
俺たちのメイクや衣装を担当しくてれている馬場さんとは、子供の頃からの親友らしくよく一緒にいるところをみる。
「いえ、ちょっと怪我しちゃった子がいて、救急箱をお借りしようかなと」
「え! 大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。ちょっと手を擦り剥いただけですから」
「——みのりちゃん! 私も中みたい!」
俺は後ろから中を覗こうとするギャルっ子の頭を抑えて、文香さんと話を続ける。
「その後ろの子かな?」
「ははは、そうなんですけどね。救急箱だけ借りられたら、その辺で手当しておきます」
「入りたいっす〜!」
「ふふ、会議室なら空いてるから入ってもらったら? 私は救急箱持っていくから、先に連れて行ってあげて
「おお! お姉さんはいい人っすね!」
ギャルっ子が俺のガードを抜けて、脇の下から顔を出して文香さんに親指を立てながら満面の笑みを見せている。
「ほんとに面白そうな子ね。じゃあ、みのりちゃん案内よろしくね」
「………はーい」
文香さんがオッケーしてしまったので、仕方なくギャルっ子を連れて、オフィスの中にある会議室へ向かう。
「じゃあ、ついてきて」
「はーいっす!」
オフィスの他のメンバーが山姥ギャルの登場にザワつきだすが、構ってられないので無視だ無視。
って、手を振ってアピールするんじゃない! と内心思いながら、このままだとここから動きそうにないので、ギャルっ子が振っている手を取り会議室に連行する。
「うわぁ! みのりちゃん! 引きずらないで欲しいっすー!」
ギャルっ子の声を無視して、俺は会議室まで移動するのであった。
+++++
文香が救急箱を片手に、事務所を歩いていると横合いから声がかかった。
「文香ちゃん、どうしたの? 救急箱なんか持って」
「灯さんこそ、どうしたんですか? 予定より随分早いですね」
文香に声を掛けたのは、実の姉で、この事務所のオーナーたる不動灯だった。
「こっちは最悪よ〜。セクハラ親父が、金はあるからテナントの優先権渡せって、私の体をジロジロみながら言ってくるんだもの。もうあんなのはソッコーで却下よ! その場で名刺破り捨てて帰ってやったわ! こっちに呼ばなくて良かったわよ。ウチのオフィスが穢れるもの」
もの凄い剣幕で怒りを露わにする灯に、文香はまったく様子を変えずに同意する。
「それは大変でしたね、灯さん。そうだ、みのりちゃんが面白い子を連れてきてるので、ご一緒にどうですか? 気分転換になるかもしれないですよ」
「実が? 何かしら誰か連れてくるなんて珍しいわね………うん! 文香ちゃんが面白いって言うからには面白い子なんでしょう! いくわ!」
「じゃあ、奥の方の会議室にいると思うので、お茶受けとお茶を四人分お願いしますね」
「………相変わらず、さらっと社長をこき使うわね。こないだも——」
灯が何か言おうとするが、文香はそれを無視して話を進めていく。
「あいにく、私は救急箱で手一杯なので、ちょうど灯さんが来てくれて助かりました。では先に行ってますね」
「………ええ、わかったわ」
言おうとしたことを遮られ、どこか腑に落ちないと思いながらも、灯は文香の頼みを了承するのであった。
+++++
「まあ、こんなものでいいかな」
俺は、文香さんが持ってきてくれた救急箱を使って、ギャルっ子の手を手当てしていた。
消毒して、ガーゼをあてて軽く包帯で巻いただけだが、充分だろう。
「おおー! みのりちゃんに手当してもらえるなんてラッキーっす!」
ギャルっ子が大げさに手当てした手を上に掲げて跳びはねている。
「………ちょっと、落ち着きなさいよ」
「いやー、だってファンにとっては堪らないできごとっすよ! もう手は一生このままっす!」
「いやいや、さすがにそれは汚いから止めなさい」
「ふふふ、本当に面白いこですね」
文香さんが俺たちのやり取りを笑いながら眺めている。できればギャルっ子の相手を変わってくれないかなと思っていると、会議室のドアが開いた。
「お待たせ〜。お茶持ってきたわよ〜」
どうやら姉さんがお茶を持ってきたらしい、また文香さんに上手く使われてるんだろう。
この姉は、どうも文香さんに弱いらしく、良く雑用をさせられている。家では絶対にそんなことはしないが、事務所にいるとよくやらされているのを見かけるのだ。
「あら、ありがとう姉さん。その辺置いといて」
「ありがとうじゃないわよ。ちょっと手伝いなさいよ」
「私が手伝いますよ」
姉が俺の言葉に文句を垂れていると、文香さんがささっとお茶を配膳してしまう。
空になったお盆を見つめて文香さんを半目で見ているが、この二人はいつもこんな調子だ。
「ねえねえ、みのりちゃん。あの人がお姉さんっすか?」
「ん? そうよ。って、なんで隠れてるの?」
俺の座っているソファの後ろに隠れたギャルっ子が、頭だけ出して姉の方を見ている。
「いやー、だって。メンバーに入れてもらうには、あの人にいいとこ見せないといけないっすから!」
「そ、そうね………」
このギャルっ子は本気で入る気なのかよ。その格好だと、まず無理だと思うんだが………。
「ところで、実が面白い子を連れてきてるって聞いたんだけど………。確かに面白そうな子ね」
姉は文香さんに話を聞いていたのか、ギャルっ子を探そうと部屋を見回そうとするが、俺の後ろから見える真っ白なボサボサヘアーが見えていたので、すぐに見つかってしまう。
「………ほら、もう見つかってるから、ちゃんと自己紹介したら?」
「えっ!? マジっすか!? まだ心の準備が!?」
ギャルっ子が立ち上がりアワアワとし始めたので、仕方なくふん捕まえて俺の隣に座らせる。
姉さんも合わせる様に向かいのソファに腰掛けると、ギャルっ子に話しかけた。
「はじめまして。私は不動灯。この事務所の代表をしているわ。あなたは?」
「わ、わわわ! み、みのりちゃん! なんて言えばいいっすか!?」
「とりあえず、せめて名前くらい名乗りなさいよ。私も知らないし……」
「あっ! それは失礼したっす! 私は『サラ・ニスリン』っす! 花のJK二年目っす!」
「「…………」」
俺と姉さんは、顔を近づけ小声で話しあう。
「ねえ、この子って外国の子なの?」
「いや、俺もよくわからん。さっきビルの外でアーキエンジュに入れてくれって捕まってただけなんだよ……」
「それにしても、聞いたことある様な名前な気が……あっ! あれか!」
急に声を上げると徐に立ち上がり、姉はそのまま会議室を出て行ってしまった。
「なんだってんだ……」
「お姉さんどうしたんすか!? 私へんなことしたっすか!?」
「いや、もともと変だけど、関係はないと思うから、ちょっとお茶でも飲んで落ち着こっか」
俺は、このよくわからない状況に疲れてきたので、とりあえずお茶で一服することにしたのだった。




