ムッツリと初恋
「ところで、俺の身体の強化とやらはいつ頃までかかるんだ?」
俺は、リルスが吹き飛んだ衣装部屋を漁って集めてくれた、まだ着られそうな服を着ながらDALIに質問する。
『イエス、マスター。完了予定は、1,145,214秒後、約二週間後です』
「長いな!?」
「まあ、そんなもんでしょ」
同じく無事だった服に貫頭衣から着替えたリルスが、俺とDALIの会話に入ってくる。
「しかしだな……」
「あっ、そろそろ奈美さんが目覚める頃かも、様子見に行ってあげてよ」
俺が文句を言おうとすると、話を逸らすかの様にリルスが奈美のことを伝えてきた。
「そういや、奈美が寝てるんだっけ? 別に怪我とかはしてないんだよな?」
「ええ、全然健康体よ。多分、前より身体の調子は良くなってる位じゃないかしら」
「……前より健康とか、次やらかしたら俺ホントに死ぬんじゃないか?」
「今は、みのり姉さんなんだから大丈夫でしょ。そもそも兄さんがムッツリなのが悪いのよ」
くそっ。ぐうの音もでないという状況を味わうハメになるとは……。
確かに、子供の頃は分からなかったが、今なら俺がムッツリだというのは分かる。なんせ魔法使いの称号を戴いているほどだからな。
しかし! しょうがないのだ! だって、当時はまともに性教育の話など聞いてなかったし、アダルトなコンテンツのことなど知らないまま育ってしまったんだから!
しかし、みのりを作成するに当たって、調査を進めることで俺は知ってしまったのだ。エロという桃源郷を!
一時は、研究を止めて街に繰り出し、素晴らしいお体をしたお姉さんに声を掛けてみたものだが、視線がキモいと言われ、あえなく撃沈しつづけた……。
そう! だからこそ俺は自身の視線を御さねばならない! その為には、なぜエロい視線に世の女性が気が付けるのか? その理由の解明が必須なのだ!
うむ、久しぶりに初心に戻れた気がする。たまにはぐうの音も出ないという状況も悪くないな。
「…………あのさ、兄さんってバカなのかな? 心の声が少しは分かるって言ってるのに、心の叫びは丸聞こえなのよ。DALI!」
『イエス、リルス』
「ぎゃああああああ!!」
俺は、また男の身体に襲ってきている、身体の中身を作り替える様な激痛を精神的に味わうことになり、心の声をコントロールする方が先だなと思うのであった。
「——で、リルスは行かないのか?」
痛みから解放された俺が、改めて奈美の様子を見に行こうとするが、リルスは動こうとしないので聞いてみる。
「ええ、まだ私はしばらく表には出ないわ。そもそも兄さんの身体の強化は私も手伝わないといけないしね。ここを動けないの」
「そうか。まあ、その身体なら食事自体はしなくても大丈夫だろうが、血液はどうしてるんだ? 『デウスの心臓』と似たような仕組みなんだろ?」
「ああ、兄さんのストック使ってるから大丈夫よ」
「……まあいいや。じゃあ、奈美の様子を見てくるけど、あんまり機材を弄ったりしないでくれよ」
俺はリルスに軽く手を振ると、研究室から地上に上がる。
改めて半壊した家を眺めて、大きくため息を吐くが、まあ上の部分はあくまで生活スペースだしなと、奈美がいるであろう寝室に足を向けた。
+++++
俺は奈美の寝ている部屋の扉をそっと開けて、中の様子を伺う。
まだ寝息を立てている奈美をみて、飲み物ぐらいは用意しておくかと、壊れず無事に残っていたダイニングキッチンに向かい、自分が飲むコーヒーと一緒にハーブティーを用意し始める。
「さて、持っていきますかね」
俺がカップを二つトレイに載せたところで、ダイニングに奈美が現れた。
「あら、おはようございます。奈美さん」
「……みのりちゃん? そっか、アタシあの後寝ちゃって——って、今何時!?」
まだ完全に起きていなかった奈美は、今の状況を思い出そうとして、壊れた壁の向こうに見える暗がりに時間が気になった様だった。
「えっと、もうすぐ夜の10時ですね。あれから14時間くらい経ってますよ」
俺の回答に口を半開きにして固まった奈美は、数秒して再起動すると慌てて寝室の方に戻っていった。
「なんだってんだ? まあいいか、起きたなら戻ってくるだろ」
俺は、ダイニングテーブルに座り、淹れ立てのコーヒーの香りを楽しみつつ、少しずつ口に運びながら奈美が戻るのを待った。
——数分もしないうちに奈美は戻ってきて、ハーブティーを飲み始めていた。
「ごめんね、みのりちゃん。どうやら迷惑掛けちゃったみたいで……」
「いえ、全然大丈夫ですよ。それより、奈美さんは体調大丈夫ですか? 痛いところとかあれば言って下さいね。一応治療できる設備はあるので」
「ううん、全然大丈夫。しばらく寝てたからか、今はすごく身体が軽いわ」
どうやらリルスの言っていた通り、前より調子が良くなっているらしい。男の身体で会うときは要注意だな。
それにしても、こいつってやっぱり綺麗だよな。再開したのは数年ぶりだけど、子供だった頃の俺じゃ恥ずかしさもあったし、なにより生意気な妹って感覚が強かったから気付かなかったが、俺はコイツが好きだったんだろうな。
今、彼氏とかいるのかな? いたら流石に男の家に泊まりに来ないよな? 俺が死んだと思ったときに我を忘れてたみたいだし、意外に俺のこと好きだったりして。……って、何を童貞みたいな思考に走ってんだ俺は! って魔法使いの称号を得ている立派な童貞だった……。
俺が心の中で、自分で自分に突っ込みを入れていると、奈美が不思議そうな顔をして声を掛けてくる。
「? どうしたの、みのりちゃん? 何か考え事?」
「い、いえ何でもないです!」
「? そう、それならいいけど。ところで家がこんな状態の中で悪いんだけど、今から車貸してもらえないかな?」
「いいですけど、どうしたんですか?」
「今日は、流石に帰らないといけないから。今から帰りたくて。電車はまだあったでしょ?」
「はい、電車はまだあったと思いますけど、今からだと新宿までは行けないかもしれないですよ」
「大丈夫、途中の駅で迎えに来てくれることになってるから、最終便に前に合えばいいわ」
「そうですか、じゃあもう出ないと拙そうですね」
「ええ、そうなの。家の片付けとか手伝わすに申し訳ないけど……」
奈美が申し訳なさそうな顔をするが、ここまで壊れている家の片付けに人が一人二人いたところで、どうにもならないので、気にするようなことでもないんだが。
「全然気にされないでください。家は業者を呼んで直してもらいますから。じゃあ、駅までは私が送りますね」
「! ありがたいんだけど、運転は私がするから! みのりちゃんは隣にでも座ってて!」
「? でも奈美さん、倒れてから起きたばかりですし、無理はしない方が……」
「全然大丈夫! もうとっても元気だから! じゃあ、荷物まとめてくるから、ちょっと待っててね!」
奈美のやつ、流石に病み上がりって訳じゃないが、倒れた直後だから心配なんだが……。そんなに車の運転が好きなんだろうか? 乗り物弱いくせに。
それにしても、さっき変な事を考えた所為か、やたらと奈美が気になってしまう。
今はみのりの身体だから、変に意識することもなくて助かるが、男の身体に戻ったときにどう接すればいいのか分からなくなってきた。いつも通りってなんだ? その感覚を思い出せん。うーん、この制御できない変な気持ちは、俺が魔法使いの称号を持っているからなのか? いや! 俺は僧侶にクラスチェンジしたはずだ! この程度の心の乱れなど我が棍を使えばたちまち収まるはず! ……って、今みのりの身体だから、棍がない!? まずい、どう落ち着ければいいんだ。なんか考えれば考えるほど、アイツの事を意識してしまう! くそっ! 落ち着け落ち着くんだ!
「——みのりちゃん! 大丈夫!? みのりちゃん!」
「ぅわぁぁぁ!!」
「きゃっ! ——って大丈夫? 随分と深刻な顔してたけど。実になにかあったの?」
俺が思考の坩堝に陥っていると、急に奈美の顔が目の前にあって驚いてしまった。
落ち着け、今のおれは『みのり』だ。『実』じゃない。
「い、いえ大丈夫です。すみません、ボーッとしちゃってたみたいで」
「そう? ならいいんだけど。じゃあ悪いけど、駅まで一緒に来てもらってもいいかな?」
「はい、もちろん。では行きましょうか」
家を出て、車に向かう途中に奈美が話しかけてきた。
「……ところで、実は本当に大丈夫なの? 聞くのが怖くてさっきは聞けなかったけど、アイツ心臓止まってたし、息もしてなかった……。それに全身に酷い火傷してたから……」
「……大丈夫ですよ、兄は丈夫ですから。火傷も研究室の治療設備を使えば、すっかり綺麗に治りますし」
「それはスゴいわね。アイツってそんな事まで研究してたんだ。……それなら良かった」
奈美が少し笑った様に見えたが、周りが暗くてハッキリは見えなかったが、その薄らと輪郭の見える横顔に俺はしばらく見蕩れていた。
+++++
「じゃあ、ありがとね」
「こちらこそ、お気を付けて!」
——プシュー
最終電車の扉が閉まり、動きだす電車の扉の窓から手を振る奈美に、俺も手を振り返す。
電車は定刻通りに駅を出発し、闇の中に灯りの軌跡を残して消えていった。
俺はできる限り、奈美を意識しないように、少し詩的な感じの思考を張り巡らせようとするが、すぐにアイツの顔と胸やお尻に脚が浮かんできて、頭を埋め尽くしてしまう。
(兄さんの初恋は実るかしらね〜)
(ぬぉ! 人の頭の中を覗くんじゃない!)
突然、脳内に響いたリルスの声に驚くが、人の頭の中を覗くとはマナーのなっていないやつだ。人のことを兄と言うからには、しっかりと説教せねばと、俺は家路についた。
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