青い髪の少女と土下座
リルスは、焰軌を奈美達が待っている部屋に案内すると、扉をノックする。
「みのりです。開けても大丈夫ですか?」
——どうぞ
扉の向こうから了承の旨が返ってきたので、扉を開けると部屋の中では奈美がベッドの上で寝息を立てていた。
「奈美さんは、やはり随分と消耗されていた様ですね」
「はい。ベッドに横になられてすぐに眠ってしまわれました」
リルスの言葉に香貫火が同意してくる。
そしてリルスの後ろからは、焰軌が中の様子を確認するべく顔を覗かせる。
「……そんなに気になります? じゃあ入りましょうか」
「え、いや、はぁ」
焰軌はリルスの揶揄いに、照れくさそうに頭を掻くと、一緒に部屋に入った。
「……焰奈美は、大丈夫な様だな」
静かな寝息を立てる奈美の様子をみて、焰軌は改めて自分の娘の無事に安堵の息を漏らした。
「…………あの、お父様。姉というのは? それに焰奈美という名は? この方は、奈美さんですよ?」
「そうだな、お前にもちゃんと説明をしよう」
焰軌が紅歌からの問いに、経緯を説明しようとし始めるが、リルスが待ったをかける。
「ちょっと待って! その話は長くなると思うから、一旦お三方で家に帰ってから話した方がいいんじゃないかしら。ここには奈美さんも寝ていることだしね」
「……たしかに、そうですな。では、この娘はお預けしても?」
「ええ、構わないですよ。私が責任を持って、回復するまで付き添います」
「はっ。ありがとうございます…………では、我々は一旦失礼することとしよう」
焰軌とリルスのやり取りに、紅歌は自分の事がどうなるのか疑問を心に浮かべるが、今は持ち出すことでもなさそうだと、何か言いたげな表情を浮かべながらも肯首する。
そんな様子をリルスは見逃さず、フォローを入れた。
「そうだ。紅歌さん、貴女さえよければ、私の家で一緒に暮らしてみませんか?」
「え? 本当にいいんですか?」
「もちろんです。それに私の家に居れば、兄に会う機会もいっぱいありますよ」
「えっ!? いや、それは嬉しいです……」
リルスの発言に顔を赤らめ、発した言葉の最後は消え入りそうになっていた。
「焰軌さん達も、それでいいんですよね?」
「はっ。先ほど通り、異存などあるわけがありません」
「じゃあ、今後のことは紅歌さんに連絡しますね。兄が連絡先を知っているはずなので」
「承知いたしました。では、我々は失礼させていただきます」
焰軌はリルスに一礼すると、香貫火と紅歌に視線を送る。
それに応え、香貫火も一礼し、紅歌も慌てて後を追うように一礼をする。
そして、焰軌達は部屋を出て、来る際にも乗っていた車に向かい帰路についた。
(危ないところだったわ。また長話に付き合わされるところだった……。さて、私は兄さんの様子でも見に行きますか。奈美さんはしばらく目を覚まさないでしょうし)
リルスは内心ごちると、地下の研究室へと足を向けた。
+++++
研究室のメンテナンスカプセル内では実が薬液の中で眠っていた。
「どう、兄さんはどれくらいで起きるかしら?」
『マスターの回復率は、現状で25%程度です。意識の回復には、およそ10時間程度かかる見込みです』
「わかったわ」
リルスはDALIに確認したいことを確認すると、研究室の奥にある保管庫へと移動する。
「たしか、この奥よね」
保管庫の更に奥にある扉までくると、リルスは躊躇いもなく扉を開いた。
途端に、扉の開いた箇所から冷気が下りてくる。
「寒っ! せめて着替えてからくるべきだったわ……とはいえ、みのりの衣装部屋は吹っ飛ばしちゃったしな……。まあいっか」
リルスは少々どころではないほどに冷えた部屋に、貫頭衣姿のまま入っていく。
部屋の中には、メンテナンスカプセルに似た形状の設備が並んでおり、その内のいくつかはランプが灯っており稼働中だと見て取れた。
「どの子がいいかしらね……」
リルスは稼働中と思わしきカプセルの上部にある、小さな窓らしき箇所から中を順に伺っていく。
五つ目のカプセルを覗いた時、リルスは足を止めた。
「……この子がいいわね」
リルスが足と止めたカプセルには『N-00.β』と記載されていた。
+++++
「……ん? ここは? ……研究室か。あれからどうなったんだ? みのりじゃない、リルスのやつは……」
俺はメンテナンスカプセルから出ようとするが、自分の手がみのりの手であることに気付く。
「あれ? いつの間に身体が変わったんだ? DALI? どうなってるんだ?」
『おはようございます。マスター。マスターの本体は現在、修復を完了し、強化調整中となります』
「強化調整? なんだそれ? 充分強化されてたから、もう必要ないだろう」
『いえ、二度とあの様な事態にならないよう、人類という種の限界を超えて強化するべく調整を進めています』
DALIからの返答に俺は一瞬フリーズしそうになるが、ここで負けてはダメだと自分を奮い立たせる。
最近はDALIに良いように言いくるめられすぎたが、今回はダメだ。種の限界を超えるとか無茶苦茶すぎる。こいつの良いようにさせたら、俺はその内に目や口からビームを出したり、足から火を出して空を飛びかねない。なんとしても止めねば。
「ちょっと待て。DALI冷静になれ。何も俺がそんな化け物の様な存在になる必要はないだろう。今の時点ですでに十分すぎるくらいに強化されている。これ以上は不要だ」
『いえ、私は天人の脅威度指数をかなり下方に見積もっていました。今回の反省を活かし。より上方修正した脅威度にてシミュレートしなおし、マスターの死亡確率を極限まで下げるための強化を実施します』
「いや、でもね。俺、人間は辞めたくないので、ほどほどにして欲しいななんて……」
『ご安心ください。見た目は分からないようにします』
「安心できねぇよ!?」
——クスクス
俺とDALIが掛け合いをしていると、研究室の隅から笑い声が聞こえてくる。
「誰だ!?」
思わず俺が誰何すると、一人の少女が姿を現す。
その髪は生来ではあり得ない、透き通る様な碧色をしていた。
そして、瞳に同じ碧色の光りを湛え、こちらに笑顔を向けている。
「なっ、その身体は……?」
「私よ、兄さん。リルスよ」
「なに!?」
俺はその返答に思わず、驚きの声を上げた。
と言うよりも、その身体が動いていることに驚いている。
あれは『N-00』シリーズだ。この『N-01』シリーズの前にテストベッドとして作っていた実験体で、俺が初めて女性を目で追うようになってしまった頃、そう中学生頃の奈美をモデルにした素体だ。
だが、身体の大きさ的に放熱機構や、求める運動性能などを搭載しきれないと判断したので、そのままテストベッドにもならずお蔵入りになったものだ。
そもそも『デウスの心臓』もなしに、どうやって動いてるんだ?
(たぶん、色々疑問が浮かんでいると思うけど、動力源となる心臓は私が新たに作ったわ)
(脳量子通信まで!?)
(ええ、私もDALIと繋がってるからね)
(おい、DALI! どういうことだ!?)
(『イエス、マスター。リルスの持つ技術的情報がマスターの強化に有効であったため、取引条件として譲歩しました』)
(……なんか最近、自由すぎない?)
(『すべては、マスターのためです』)
(ふふふ。二人は本当に中がいいわね。あっ、心臓を作ったと言っても、その心臓と同じ物は、この星に材料もなければ、設備ももう残ってないから作れないから、あくまで似たような物だけどね)
(……それでも、その身体に収まって動かせるだけの効率を持った、軽量な動力源は作れるってわけか)
(ん? 今、私の体重量った? ちょっとレディに対して失礼じゃない!?)
(うるさいな。お前絶対すげえ年齢だろ。レディというには些か若さが足りんわ)
「……いい度胸してるわね? 女性に対して年齢の話を持ち出し、あまつさえ若さが足りないと? いくら兄さんとは言え、お仕置きが必要ね。DALI?」
『イエス、リルス。マスターの意識を一時的に本体にリンクします』
「えっ? おい、DALI!? どういうことだ!?」
『今の発言はマスターに非が認められます。大人しくお仕置きを受けることを推奨します』
「なにを——って、いったぁぁあっぁぁぁ!!」
俺は突然の激しい痛みに床をのたうち回る。
しばらく、俺が痛みにのたうっていると、ようやく痛みが引いた。
「い、痛みだけで、し、死ぬかと思った……」
俺が安堵の息を吐きながら、四つん這いになっていると後ろから声を掛けられる。
「どう、ちょっとはレディに対して失礼なことを言ったという、罪の重さは理解できたかしら?」
「……はい。二度と年齢の話はしません」
俺はこの小さな姿をした、恐ろしい悪魔に屈服する。こいつ、絶対にすげえ年増のくせに、とは思っても二度と口にはしまい。
「……ちょっと、心の声も少しはわかるんだけど、もう一度お仕置きする?」
「誠に申し訳ございませんでしたぁ!! 貴女様は私の妹ですので、年増な訳がありません!!」
俺は即座に地にひれ伏し、キレイな土下座をかます。
「はあ、もう少しカッコイイところを見せて欲しいわ……」
「すまんな、今のところカッコイイと言われたことは人生で一度もない」
俺が、胸を張りながら自慢げに言うと、リルスの視線が俺の胸に向かった。
「……とりあえず、服着たら兄さん」
「…………」
俺も視線を自分の身体に向けると、立派な双丘が目に入る。
どうやら、ずっと裸のままだった様だ……。
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