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DIVINE×HEART ― デウスの心臓は偶像の夢をみるか  作者: ponta-kun
第二部 焰の導き
29/40

古き盟約と新たな約束

「ふんふふ〜ん♪」


 リルスはとても機嫌が良くなっていた。

 先ほどまでは、みのり陰惨いんさんたる姿に、それを成した相手に対する多少の苛立ちも覚えていたが、今は兄に自分という存在を知ってもらえたこと、そして新たな名前を得られたことで、どうでもよくなっていた。


 以前の自分のことは覚えている。どういった存在であったかも。

 だが、そんなことは今はもはや関係ない。それが、リルスが至った結論であった。

 とはいえ、リルスがはっきりと思考をできる様になったのは、つい先日だ。

 それまでは、以前の自分の記憶や知識にに引っ張られて、まるで自分という存在を感じられなかったのだ。そう、まるで夢を見ているかの如く、勝手に考え動く自分を眺めている様であった。

 しかし、今は違う。みのりの身体を掌握するのに時間がかかってしまい、みのりに要らぬ怪我をさせてしまったが、しっかりと自分という存在を自分で認められている。

 そして、兄にも認められたのだと、正に生まれ変わったのだと、高らかに歌い踊りたくなるほどに、最高の気分に浸っていた。

 

 だからこそ、あのイナンナに連なる者にも、とても寛大になれるだろうと思いながら、おそらくは所在なさげにしているであろう者達の元へと、足取りも軽く向かっていった。

 

  +++++

  

 奈美なみが目を覚ますと、目の前には半壊したみのりの家があった。

 いったい何があったのだろう? 奈美は首を傾げる。

 

(……いや、それよりもみのりは!? アイツ、確か息してなくて……)


 奈美は周囲を見渡すが、みのりの姿はない。

 近くには、先ほどみのりと戦っていた焰軌えんき紅歌くれか、それに自分を抱きかかえている香貫火かぬかしかいなかった。

 

「……目を覚ましたか」


 焰軌が、奈美に声をかける。

 

みのりは!? アイツ、いきなり爆発して、息してなくて——」

「落ち着け。あの御仁なら無事だ。先ほど妹殿が治療室に運ばれていった」


 状況が把握できずに声を荒げ話す奈美を、焰軌の声が遮る。

 

「妹? みのりちゃんのこと? ここに来たの?」

「……ちょうど戻っていらした様だ」


 焰軌が半壊した家の方に視線を向けると、先ほどの貫頭衣姿のままで、リルスがこちらに向かってきているのが見えた。

 その姿は、すでに翼もなく髪も黒髪に戻っている。奈美もよく知っている『みのり』の姿だ。

 

「みのりちゃん!? なんて格好してるの!? って、それよりみのりはどうなったの!?」


 リルスの姿をみて、奈美は自分を抱えていた香貫火の手を振り払い、駆け寄った。

 

「二日ぶりですかね、奈美さん。兄さんなら大丈夫ですよ。生きてますし、怪我もちゃんと治りますから」

「そ、そうなの……よかった……」


 奈美は、リルスの言葉を聞くと、やっとみのりが無事であると信じられ安心したのか、その場にへたり込んでしまう。

 そんな奈美をリルスは、優しく抱きしめた。

 

「奈美さんに、こんなに心配してもらえるなんて、兄さんは幸せ者ですね」


 リルスの言葉に奈美は顔が熱くなるのを感じ、慌てて弁解する。

 

「ち、違うわよ! アイツは弟みたいなもんだから……」

「ええ、わかってますよ。手のかかる弟ですよね?」


 とても良い笑顔で肯定してくるリルスに、奈美はバツが悪そうな顔をし、視線を逸らした。

 

「さて、では改めて紅歌ちゃんのことについて、あの人達と話しましょうか」


 リルスは立ち上がると、焰軌達の方へと向かう。奈美も遅れて、後を追いかけるのであった。

 

  +++++

  

「——と言うわけで、紅歌ちゃんは私と一緒に暮らしてもらおうと思っていますが、紅歌ちゃんのお父さんとしては如何ですか?」


 昨日からの紅歌とみのり達のやり取りを改めて説明すると、リルスは紅歌を自分の家に住まわせるつもりだと焰軌に伝えた。

 

「はっ、異存などありません。貴女様の傍に仕えるという機会を我が娘にいただき、これ以上のほまれなどありません」

「……ねえ? どうしちゃったの、この人?」


 焰軌の余りにへりくだった物言いに、奈美がリルスにささやく。

 

「……ええと、焰軌さん。私はただの一般人ですので、変な持ち上げ方はしないでください。あと、私には『不動みのり』という名前がありますので、貴女とかではなく名前で呼んでください」

「はっ! みのり様!」

「「…………」」

「ダメっぽいですね……」


 リルスが奈美に視線だけ向けて呟いた。

 すると、奈美がふらつく姿が見える。

 

「奈美さん、大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫。ちょっとフラついただけだから」

「どうやら、随分と疲れている様ですね。幸い、家の奥の方は壊れていないので、寝室でお休みになっていてください」

「そこまでじゃないわ。大丈夫だから——」


 奈美が言い終える前に、リルスが言葉を重ねてくる。


香貫火かぬかさん、奈美さんを寝室に連れて行ってくれませんか? あっ、部屋は紅歌くれかさんが知っているので、紅歌さんも一緒に行って案内してあげてください」

「はっ!」

「えっ? 私も?」


 香貫火は、リルスの言葉を即座に反応し、奈美に向かって歩き出した。紅歌は、急に名前があがって焰軌や香貫火に視線を彷徨わせるが、焰軌が大きく頷くのをみて香貫火の後を追う。

 

「ちょ、ちょっと! 私は大丈夫だから」

「大丈夫じゃないので、大人しく寝ていてください」

「さ、奈美様。いきましょう」

「ちょ、ちょっとぉ!?」


 力が上手く入らないのか、奈美は抵抗らしい抵抗もできず、香貫火に軽く抱きかかえられると、そのまま連れられていってしまった。紅歌も送れない様に後を追うが、残された二人が気になるのか、ちょろちょろ後ろを振り返っていた。

 

「……さて、これで色々と話をしやすくなったかしら?」

「ご配慮、痛み入ります」


 焰軌は、リルスに深く頭を下げると礼を言い、話を始める。

 

「お気づきの通り、みのり様に助けていただいた娘は、我が血筋の者です」

「……それだけではないでしょう?」

「はっ。我が娘です」

「なぜ、貴方の娘さんが、まるで他人の様になっているのかしら? 紅歌さんも知らなかった様だし」

「それは……、古より続く盟約があり、当代となる家の者で炎に対する適性がないものには、その生を許されないのです」

「……物騒な話ね」

「始祖から続く盟約です。そう……みのり様の様な神々との……」

「私は神なんて大それた存在じゃないわ」


 リルスの返答に。焰軌は目を伏せるだけで、肯定も否定もしなかった。

 

「……話を続けさせていただきます。焰奈美ほなみ……あのは、本来は素晴らしい炎の適性に恵まれた子でした。それはもう一族全員が認めるほどの才能でした」


 焰軌は、当時を思い出しているのか、どこか遠くを見る様にして続きを語り出す。

 

「そんな、あのに変化が起きたのは、5歳になったばかりの頃の鍛錬の時でした。その日もいつも通りに鍛錬をしていた際に、あの娘は力の制御を誤って、鍛錬相手だった自分の母に怪我を負わせてしまったのです。あの娘は随分とショックを受けていた様ですが、妻の怪我自体は大したこともなく、翌日もいつも通りに鍛錬を行おうとしましたが、あの娘は炎の力を使えなくなっていました……」


 当時のことを、とても悲しげに語る焰軌に対して、リルスは中々長い話になりそうだなと、自分で振っておきながら、とても失礼な理由で額に汗が滲んでいた。


「数ヶ月経っても、力を振るうことができないままでいるあの娘に、一族の者は次第に廃嫡し、盟約に従い殺すべきだという声が上がり始めました。……しかし、私はあの娘を助けたかった。その思いで、まだ幼いあの娘に対して、無理矢理にでも力を取り戻そうと、本来は元服を迎えてから行うべき、聖人の儀をやらせてしまったのです」


 リルスは、もう少し話を簡潔にしてくれないかなと、また失礼なことを考えながら、半ば聞き流している。本当に失礼なことだ。

 

「……そして、結果は力の暴走でした。蛇ノ黒炎くちなわのこくえんに目覚め、あの娘は自分で自分を焼き尽くす事態に陥ってしまいました。このままでは、あの娘が死んでしまうと思った私は、妻と香貫火かぬかと共に蚕繭封印さんけんふういんをあの娘に施し、力自体を発現できないようにしたのです」


 あと、どれくらい続きはあるのだろうか? と思いつつ、リルスは貫頭衣だけでは、いくらこの丈夫な身体でも寒くなってきたな、この身体って風邪とか引くのかしら? など全く関係ないことに思考を巡らせ始めていた。


「結果として、あの娘は力を使えない身体になってしまいました。一族の者達の結論は殺すべきだという声で固まり、まだ若く当主としての覚悟も足りない私は、一族の声を受け止めきれずに悩み続けていました。そんな私に救いを差し伸べてくれたのが、火太瀬かたせ家の者達です。あいつらは、焰奈美を自分たちが引き取ると、そして一族からも抜けて名を捨て暮らしていくと言ってくれました。私はその救いにすがるしかなかったのです……」


 おお! 終わりか!? とリルスが「なるほどね」と声を出そうとする前に、焰軌の言葉が続く。

 

「あの時の私は、火太瀬かたせ家の者達に、対して一族を抜けるだけの不名誉な罪を着せる、というとても非道なことをしました。それは今だに私に後悔の念を抱かせ続けて居て………。それなのに、あいつらは焰奈美をあんなに立派に——」

「長いわ!!」


 自分語りに入り始めた焰軌に対して、ガマンの限界を迎えたリルスは突っ込みを入れてしまう。

 

「……ごほん、ちょっと長かったかしら。理由は大体わかったわ」

「はっ、すみません……。悪い癖が出たようで」


 リルスはわざとらしく咳をすると、済ました顔で理解した旨を伝える。


「とりあえず、その盟約とやらは、もう忘れなさい。多分、あの子も覚えてないでしょうし」

「は、はぁ。しかし……」

「いいから忘れなさい。必要なら貴方達の一族の前で、私が宣言すれば済むでしょう?」

「は、はっ! 承知しました!」


 随分と威厳のある見た目なのに、どこか抜けた感じのする焰軌に、リルスはここの一族って大丈夫なのかしら? と不安を覚えるが、そういえば紅歌も似たようなものだと思い出し、この件以外ではなるべく関わらない様にしようと決める。

 

「じゃあ、そんな物騒な古い盟約より、私と新しい約束をしましょう」

「は、はぁ」

「……そうね。決めたわ。貴方達の一族は自分の子供達に愛情を注ぐことを約束してちょうだい。二度と子殺しみたいな真似はしないこと。子供達に愛されることの喜びを教えてあげて」

「…………承知しました! 我が全霊をかけて誓わせていただきます!」


 焰軌はリルスの言葉に、その頬に一筋の涙を流し肯定の意を表す。

 

「だから、そんな大層なことに捉えないで、誓わなくていいから、約束してちょうだい」

「はい! 約束させていただきます!」


 まあいいか、とリルスは軽く嘆息すると、焰軌を促し奈美達が待っている半壊した家に向かうのであった。

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